「セッツ……。本当に、セッツァー……?」
抱き締めて来た人の暖かみを、全身で感じ。
本当に、この人が生きているのか、確かめるように名を呼び、確かめるように、抱き返した背を撫で。
「どうしてっ…………っ──」
生きているなら、どうして連絡をくれなかったんだ、何故、無事を知らせてくれなかったんだ、帰って来ると決まったなら、何故、それを、と。
止められぬし、止めるつもりもない涙に暮れながら、エドガーは恋人を詰ろうとしたのだが。
「もう大丈夫なのか? 頭痛や眩暈は収まったか? 吐き気は? 何か思い出せないことがあるとか……呂律が廻らないとか、上手く体が動かないとか……そんなことはないのか? ちゃんと、医者から貰った薬、飲んでるか?」
セッツァーは、エドガーの言葉など、耳に届いていないとでも云うように、唯々、再会した恋人を抱き締める腕に、力を込め続けた。
「……え?」
矢継ぎ早に問われたことは、どう考えてみても、先日『被害』に遇ってしまった時のことに関するもので。
何故それを……と、エドガーは泣きながら首を傾げる。
「え? じゃないっ。向こうでも、流れたんだ、お前が暗殺され掛けたってニュースが。……心臓が凍るかと思った……。第一報が『倒れた』、第二報が『テロだった』、その後、青酸が使われただの、昏睡状態だの、危篤だの……さんっざん、お前の容態に関する話が飛び交って……連絡は取れないし…………。よりによって、俺がいない時に、お前が逝ってしまったらと考えたら……。──だが良かった……。生きてて…。後遺症の方は、もういいのか……?」
が、セッツァーは、きょとん、とした色を泣き顔の中に作った恋人を、一瞬睨み付けて、心配だったんだ、と、金の髪に頬を寄せた。
「え……ちょ、一寸待ってくれ、セッツァー……」
だから、すん…と、何とか涙を堪えて、セッツァーの話を遮り。
「…何だ?」
「君、空爆をする為に出撃した時、あの国の戦闘機と交戦状態になって……今まで行方不明だったんじゃ……?」
エドガーは、問い掛けた。
「…………は?」
すれば、途端、セッツァーからは、場にそぐわぬ高い声が放たれ。
「ああ、確かにあそこの連中と、ドッグファイトにはなったぞ? いきなりの宣戦布告で、致し方なくやっちまったファイトだったが……。そんな程度のことで、この俺が、撃墜される訳がねえだろうが。ツェンの基地だって、被害は最小限だったんだし」
彼の紫紺の瞳は、大きく見開かれる。
「だって……。国内の報道でも、軍の発表でも、君もマッシュも…シャドウのことは、何も発表されなかったけれと……皆、開戦時の混乱で、消息が判らなくって…。ずっと生死不明とされて来たから、君達はもう死人同様で…葬儀をどうしようかって話すら……報道では……。だから……心配で……。生きてるって信じてても、苦しくて……。君とも、マッシュ達とも、連絡は取れないし……っ……」
「──おい、一寸待て。連絡が取れなかったのは、俺の方だぞ? 向こうでは、それなりの戦果が上がってて、このまま行けば今月中には戦闘も終わるって処まで行ってるんだ。フィガロだけの戦いじゃねえし……だから、多少のゆとりも、俺にはあって…。なのに、どうやったって、お前と連絡が取れなかったから。向こうに届く報道見て、焦ったのは俺達の方だ。マッシュもシャドウも無事で、毎日、お前の容態心配して……。戦況が落ち着いて来て、一時帰国の許可が出たから、真直ぐお前の所に……。──ああ……だから、か……」
「……何が?」
「帰国して来た時に、ゴーストでも見るような顔されて、おかしい、とは思ったんだ……。でも、箝口令があるから、向こうの現状を云う訳にゃいかねえし……新聞記者の連中の云うことも理解出来なかったから、うるせえ、ってな、振り切って来たんだが……。……だが、何で…………」
──そうして、彼等は。
見つめ合ったまま、唖然とした表情を浮かべて語り。
「まさか……あの……タヌキ達……っ」
赤く腫らしてしまった目を、恥ずかしそうに隠しながら、考え込んでいたエドガーは、ふと表情を変え、怒りに満ちた声を絞った。
「タヌキ? 元帥達のことか?」
「……ああ。実は……──」
憤った台詞に、繭を顰めた恋人に、彼は、この先日来よりの出来事を語り。
「あの老人達に嫌な顔をさせてやろうと、私が、あんな会見をしてしまったから……国の英雄と皇子を失ったかも『知れない』ことにして、少しでも、戦争を肯定させようと、画策したのかも……。だから、連絡も取れなくて……。こんなことに……」
又、泣きそうな声を出して彼は、セッツァーの背に廻した両手を、己を見詰めて来る人の、頬へと添えた。
「あんなことしなければ、もっと早く、君の無事が知れただろうに……。──でも、良かった……。生きててくれて良かった……。君が死んでしまったかも知れないと思ったら、私は…………」
瞳を細め、唇を噛み締め、セッツァーの頬を包みながら、苦し気にエドガーが告げれば。
「……お前を残して、死ぬ訳がないだろう……?」
同じように、伸ばされた両手で、エドガーの頬は包み返され。
その頭上に、優しい声音が降って来た。
数日後。
短い、一時帰国の日程を消化して、又、戦場へと帰って行った人を、その日の朝、エドガーはきちんと、マンションの玄関より見送った。
「…………さて、どうしてくれよう……」
パタン、と音を立てて扉が閉まった直後。
一瞬だけ、ああ、行ってしまった……と、悲しそうな、寂しそうな、そんな表情を作り。
けれど、大丈夫、無事に帰って来るから、と、つい先程告げて貰えた恋人の言葉を、しっかりと胸の中に落とし直して、エドガーは表情を一変させた。
────南の国で起こった不幸な戦争は、未だ終わらない。
けれど、もう間もなく、終息を見るのは確かなのだろう。
平和が戻って来る日も近くて、恋人や、家族や、弟が、己の傍へと帰って来る日も近くて、戦場にいる、全ての兵士が、『家』へと帰る日も近い筈だ。
傷付いた街を復興させる為に、しなければならないことは沢山あって、己が働き掛けなければならないことも、沢山あって。
やることは、山積みなのだと、彼は城へと戻る為、玄関先より踵を返した。
ふっ……と、その顔を思い出す度、腸の煮えくり返りそうな感情を蘇らせてくれる『タヌキジジイ』達への、きちんとした『返礼』もしなければならない。
だから。
後何日かすれば、再び、この部屋へと戻って来るだろう恋人へ、どうか無事に、と、深い祈りを捧げ。
祖国の王の顔に返って、エドガーは、マンションの扉を開け放った。
End
後書きに代えて
あー…………御免なさい(初手から謝る管理人)。
実はこの話、大部分を書いたのは、2002年の梅雨の頃でしたが。Endマークを打ったのは、今年に入ってからなんです。
何でそこまで空いたのか、と云えば、これ、本当は途中にエッチシーンを入れる予定で、滅茶苦茶そのつもりで書き出して……でも、どーーー足掻いてみても、エッチシーン入れるとおかしくなっちゃって(汗&遠い目&目線逸らし)。
リベンジして来ます……。その内、何処かで、このお話の続きの二人で、エッチシーン、書きます……。うえーーーん、入れられなかったーっ(項垂れ泣き/一寸、尻切れ気味だしね、これ……)。
エドガーさん、苛め過ぎた(反省)。
宜しければ皆様、御感想など、お待ちしております。