final fantasy VI@第三部
『a scandal』

 

前書きに代えて

 

 大分以前のことになりますが。
 やはり、第三部設定で書きました、『an evening primrose』、と云うお話。
 シリアスでもなく、コメディでもなく、分類不能、の項目の部分に、ひっそりと置かれているアレ。
 あれ、私の思惑を裏切って、思いっきり、『導入部』、と化してしまったので。
 導入部があるのに本編がなくてどうするよ、と、今回は、少々長めの、第三部です。
 あのお話の続き、ですね。
 一見、どシリアスに見えるお話ですが……。三部のお二人、お笑い担当なので。さて、どうなりますことやら(←云いたいこと、お判りですね?(笑))。
 では、どうぞ。a scandal──スキャンダル。

 

 

 フィガロ及びサウスフィガロ連合王国の、首都・フィガロ。
 そのメガロポリスの中心部から、若干だけ外れた場所に聳え立つ、国防総省の、資料室前の廊下で。
 二名の女性職員が、山程の資料を載せたキャリアーを押しつつ、きゃいきゃいと、噂話に興じていた。
「……ほら。噂をすれば何とやら、よ」
「あら、本当だわ。──国防総省に一体、何の所用かしらね。所属はここじゃないのに」
 ──女と云う生き物は、三人寄れば姦しい、と云うが。
 大方にしてこの生き物は、二人寄れば、姦しくなる。
 時には、一人でも姦しい。
 ……故に彼女達は、たった今、己達がしていた噂の当人が、向こうからこちらへと、資料室前の廊下を歩いて来るのを見掛けて、ひそひそ話に、一層の拍車を掛けた。
 廊下の角を曲がり、姦しい生き物の方角へとやって来たのは、マッシュ・レネ・フィガロ陸軍大尉。
 つい二週間程前、どちらかと云えばスキャンダルで誌面を飾り立てる趣向の週刊誌が、彼と、ティナ・ブランフォードと云う名の女史との交際をすっぱ抜いて、今、軍部に所属する女性軍人達は、その噂でもちきりだった。
 唯でさえ彼は、この国の皇子と云う立場や、その他諸々の事情──例えば、Royal Air Force一の問題児である『英雄』殿との友人関係だとか──で、常に周囲は賑やかなのに。
 交際発覚記事のお陰で、彼の身辺は今、殊の外騒々しい。
 だから。
 資料室前の廊下で、計らずも、姦しい生き物達とすれ違うことになったマッシュは。
 ああ、又何か云われてんだろうな……と、げんなりした風情を全身から滲ませて、それでも、気にしない風に、彼女達とすれ違おうとしていた。
 ……が。
「御機嫌如何ですか? Captain・Figaro。──例の方とのお噂、本当ですかー?」
 簡単な会釈で、自分を凝視して来る彼女達を、マッシュはやり過ごそうとしたのに。
 ひやかすような、きゃらきゃらとした声が、ぐさりと耳に刺さって。
「うわっ!」
 つんのめった拍子に彼は、彼女達が押していた巨大なキャリアーに蹴躓いた。
「きゃっ。……ご、御無事ですか? 大尉」
 ずべっと、積み上げられていた資料の山を無惨に崩してコケたマッシュに、彼女達は焦る。
「へい…き、だけど……──。その……からかうのは、勘弁してくれないかな……。もう、あの週刊誌の所為でずっと、俺、周り中にひやかされっ放しなんだよ……」
 ──ぐちゃっと。
 ぶち撒いてしまった為に、何がどれと纏められていたのか、訳が判らなくなってしまった紙の束を乱雑に纏めてキャリアーに載せ直し、マッシュは、げんなりとした顔を作った。
「申し訳有りません、大尉。ですが…あんまり、お幸せそうですから。……ねえ?」
「そうそう。例の方と一緒に写られてたお写真、素敵でしたよ、大尉。照れることないじゃないですかあ」
 だが、彼女達は、めげることなく。
「そ、そんなことよりっ! この資料、色々混ざっちゃったみたいだけど……平気?」
 慌ててマッシュは、彼女達を遮った。
「…ああ。問題はないと思います。ファイリングの際、もう一度確認し直しますし。万が一間違いがあっても、データベースに入力する時に、修正なされるでしょうから」
「そう? じゃ、じゃあ、俺はこの辺で……」
 そして、ワタワタと、彼は、資料のことは気にしなくてもいいと云う姦しい生き物達の弁を引き出すや否や、ダッシュで、資料室前の廊下から消えた。
「おもしろーーーい。……今時、珍しいくらい純朴よねー」
 駆け足で去って行った彼の背中に、くすりと、一人が笑った。
「でも、これで、玉の輿は消えたわよね。……大尉のこと狙ってた人、結構多かったのにねー。家柄、いいもの。ま、いいわ。仕事、片付けちゃいましょう」
 けれどもう一人は、少しだけつまらなそうに、そう呟き。
 ぐちゃぐちゃになってしまった資料の山に、うんざりとした視線をくれ、同僚を促し。
「そうね。そうしましょうか」
 彼女達は、キャリアーの上の紙束と共に、資料室の中へと消えた。
 

 

 

 ……そんな、些細な出来事が、国防総省内・資料室前の廊下にて起こってから、暫く。
 ──往々にして、彼の仕事は忙しい、と云うのが相場だが。
 シャドウと云うコードネームを持つ、中央情報局所属の陸軍少佐である『彼』が迎えた、今年の忙しさ、は、少々、質が違っていた。
 そして、その少々質の異なった、最近の忙しさに関することで、今、シャドウは、己が上官の執務室にて、怒りをぶちまけている。
 ──今年度、上半期。
 夏。
 フィガロ軍は、友好国であるドマの軍隊と、両国の、陸・海・空、三軍が参加する、大規模な合同演習を執り行った。
 両国の、陸軍歩兵師団の幾つかと、海軍艦隊の幾つかと、空軍航空軍の幾つか、それに、第…空挺部隊数隊、と云う、この数年の演習の中でも、最大規模の合同演習だった。
 ドマ国にて実施された、それぞれの国にての準備期間と、実際に演習を行う期間を足せば、都合15週間にも及んだ、少々異例な長さの。
 それは、一般のレベル──例えば、極普通の市民とか、マス・メディアとか──で語れば、非難の対象にすらなり兼ねない演習だったが。
 軍部の側に立って語るなら、必要だったのだ、の一言で片付けられてしまうものだった。
 何故、フィガロとジドールの間に勃発した一年戦争が終結して、「……」程が経過した今、不必要ではないかと思われる演習が行われたのか、何故、異例な程、その演習が長かったのか、の理由は、『そこ』にある。
 一般レベルでは決して明らかにされることはない……が、軍部にとっては必要だった、演習。
 例えるなら、新型兵器の極秘実験とか、明確な敵国を『想定』してのシュミレーション、とか、防護、ではなくて、攻撃、を主体としたシュミレーション、とか。
 ……まあ、そう云った、『物騒』な事情が介在する……────。
 では、この演習が行われた今年、何故、情報局と云う、演習とは直接関係のない部署に所属しているシャドウの忙しさが『特殊』だったのか、と云えば、そこにはこれ又、入り組んだ事情が顔を覗かせるのだ。
 世界中、何処も彼処も、表層的には、世界平和へと向かう流れが出来上がりつつある昨今、演習の抱えた『物騒』な事情を、僅かでも一般に洩らすことは出来なかったし、国防と云う面から鑑みても、新型兵器のことや、一度(ひとたび)戦争にでもなれば、直接戦況に影響を及ぼす作戦シュミレーションは、鉄壁の体制で以て、包み隠さねばならなかったから。
 情報局は情報局で、そう云った事情に絡んだ、『特殊』な忙しさを要求されたのだが。
 演習が終わった直後、厄介な問題が一つ、持ち上がった。
 ──今回の演習を行うに当たり、絶対に不可欠だった人員の中に、仮想敵国のスパイがいた──平たく云えば、軍事機密が漏洩されたのではないか、と云う疑惑問題。
 だから、唯でさえ、特殊に忙しかったシャドウの今年の夏は。
 「……前」、久方振りに親子の対面を果した愛娘とのバケーションも楽しめぬ、仕事一色に塗り潰された、味気ないもので。
 とは云え、シャドウと云う男も、エコノミック・アニマル、と例えるに相応しい程、仕事の虫だから、忙しさに対する不平不満が、彼から噴出する事態など、有り得ないのだが。
 その仕事に関することで。
 今、シャドウは、怒り狂っていた。
 

 

「お言葉を返すようですが……──」
 ……ガンっと。
 上等な執務机を、握った拳で叩いて、シャドウは声を張り上げた。
「──異議は認めない。これは、上層部の決定だ」
 だが、部下の抗議を、上官は無表情で受け止め。
 先程から何度も繰り返している台詞を、シャドウへと告げた。
「しかしっ! この件に関しては、作戦の立案時から私が指揮を取ってやって来たことですっ。それを、懸念していた、漏洩疑惑が持ち上がって来た今になって、この任務から外れろとは、どう云うことですかっ!」
 けれど、今年の始めから、フィガロ・ドマ両国の軍事演習に絡む情報局の活動を、一手に仕切って来たシャドウにとって、急に、手を引けなどと云う命令は、到底受け入れられるものではなく。
 執務机を叩く手に、渾身の力を彼は込めたが。
「決定は決定だ。…………命令だと、云っているだろう? 何度も」
 上官の、冷たい態度に、微塵の変化もなかった。
「………………」
「……返答は?」
「……yes…Sir.」
 故に、渋々ながらも、命令に従う言葉を、シャドウは云わざるを得なく。
 悔しさに、強く唇を噛み締め、彼は上官の部屋を後にしたが。
「…上層部の決定、だなどと云う一言で、引き下がれる訳がなかろうっ!」
 決して、諦めた訳ではないと、廊下で一人、低く憤って、彼は、廊下を自室へと急いだ。

  

 

 

FFsstop    Nextpage