final fantasy VI@第三部
『運命の一夜』
前書きに代えて
某方へのお礼の為に、リクエストを伺って、書き上げたお話。
偶然、戴いたリクエストがセッツァーさんの誕生日絡みの第三部ネタだったので、彼の誕生日企画の一つとして、アップさせて戴く事にしました。
その節は、有り難うございました、Yさん。謝々♪<私信
戴いたリクエストが何だったのか、お読み頂ければ判るでしょう(笑)。
因みにこの話は、コメディです。
では、どうぞ。
余分な一言を、云ってしまった。
すこーーーーしばかり複雑そうな表情を、その刹那に湛えた兄の顔を覗き込んで。
さんさんさんっ! と陽光が射し込むフィガロ城の一室で、マッシュ・レネ・フィガロ二世は、げんなり、と天井を仰いだ。
兄貴の性格は良く判ってたのに、この人がこういう人だって言うのは、じゅーーーーーぶん、承知して……じゃない、承知させられてきたのに、ここの処、頭のネジがおかしくなったまま、延々戻ってこないのだって、これでもかっ! ってくらい認識してたのに、俺ってば、俺ってば、俺ってばっっ。どうして、何時も一言、余分なんだっ!
──なんて、悶々としながら、マッシュは、目の前で起こっている『兄の変化』に、うんざりともした。
……何、事の発端は、些細な事だったのだ。
ほんっとーーーーに、些細、な事。
否、些細と云うよりは、むしろ、楽しい事、の筈だった。
だって。
その時、マッシュが兄である、この国の国王陛下、エドガー・ロニ・フィガロ二世と交わしていた会話は、兄の恋人、セッツァー・ギャビアーニフィガロ空軍大尉の、誕生日に関する物だったのだから。
「もうすぐ、セッツァーの誕生日なんだけど」
「ああ、そう云えばそうだよな」
「でもねえ、何を贈ったらいいのか、今一つ判らなくって」
「……セッツァーだって、欲しい物の一つくらい、あると思うけどな」
「彼が普段使っている物は、彼自身で選んだ愛用品があるし……。デートをするだけじゃ、能がないし。軍人が職業の彼に、ネクタイとか贈ってみたって余り意味がないし……」
「何だっていいじゃん。要するに、気持ちが籠っていればいいんだからさ」
「それは……そうなんだろうけど……。どう云う訳か彼は、私の喜ぶものを見つけて来るのが上手いから、何となく……。同じ事をしてあげられないのは、私の愛が足りないみたいで……引け目、だし……。彼はそんな事簡単に判るくらい、愛してくれてるのに、私ばかりが、その……──」
「…………。はいはい……」
──その会話は、こんな風、で。
どうしよう、と悩む兄の台詞は、最終的には、かるーーく頬を染めつつの惚気になって。
聴いてるこっちが恥ずかしい、と、終いにマッシュは呆れもしたが。
ふっ……と。
「んじゃあさ、兄貴が贈られて嬉しい物とか、兄貴がして貰って嬉しい事とか、そういう路線にしたら?」
彼は、兄の部屋のソファにふんぞり返りながら、思い付いた事を口にした。
「私がして貰って嬉しい事、ねえ……」
さて、そんな事にも、大して心当たりはない、と。
エドガーは、午後のお茶のカップを持ち上げながら、首を傾げ。
「お前は?」
逆に、問い掛けた。
「俺? ……俺は……。うーーーん、ティナがくれる物だったら何でもいいし……ティナがしてくれる事だったら、何でも嬉しいけど。あ、そう云えば、去年の誕生日、ティナがさ、自分の部屋に俺を招いてくれてさ。夕飯、作ってくれたんだよね。あれは、嬉しかったなー」
兄に問われるままに。
マッシュは、つらつらと考え、つらつらと思い出を口にし。
「……ふーん……」
手作りのディナーねえ……と、兄の思案げな顔にも気付かず。
「そう云えば、仕官学校時代だったかなー。あ、仕官になってからだったかな。セッツァーの誕生日にダリルが気紛れ起こしてさ、夕飯拵えた事があったっけ。ダリルって、ぜーーんぜん、家庭的じゃなかったから。料理出来るんだって事が、もう感動でさ。セッツァーの奴、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔したっけ。味は……まあ、正直、そんなに旨いとは言えなかったけど。でも、セッツァーの奴、嬉しそうだったなあ。一緒に御馳走になった、俺も俺だと思うけど」
彼は、ひじょーーーーーーーーー…………に、余分な一言を、云った。
余計も余計、至極酷く、余計な台詞。
「恋人とか……ガールフレンドとか……そういう存在から、手作りの料理をもてなされるって、やはり、嬉しい事……なんだろうねえ……」
己の思い出話を受けて。
兄が、大層複雑そうな表情を浮かべた事に、気付き。
そこで漸く、もしかして、己は今。
たった、今。
それはそれは物凄く、余分な事を告げてしまったのではないだろうか、と。
双児の兄であるエドガーの思考パターン──それも、セッツァーと結ばれて以降の、少し、否、大幅に回線が狂ってしまった思考パターン──を、これでもか、と熟知しているマッシュは。
激しく、後悔なんぞをしてみたが。
後の祭り、だった。
そう、もう既に、大抵の方の御想像に難くないだろうとは思うが。
セッツァーの誕生日に、どんな品物をプレゼントしたらいいのか判らなかったエドガーは、弟の思い出話を受けて、傍目にも、しっかりはっきりきっぱり、と判る百面相を散々した後に、手作り料理を振る舞うのも悪くはないな、と云う結論に辿り着いた。
あのな、普通、そういう事は、女の子の得意分野であって、男の兄貴にそういう事をして欲しいとか、して貰えたらいいなー、とか、心密かにセッツァーが望んでるって事は、ないと思うけど、と。
エドガーが出した『誕生日プレゼント』の答えを一早く察したマッシュは、フォローとは言えない説得を試みたが。
はっきり云えば、無駄、だった。
見えない耳栓が、エドガーの耳には、しっかりと収められていた。
聴く耳を持たない、よりも、質の悪い現象だ。
……ああ、先に、誤解なき様に、告げておこう。
別にエドガーは、キッチンに立った経験が皆無、と云う訳ではない。
パンをトースターに放り込んだり、朝食の卵料理を拵えたり、と云う程度の事は、一応、出来る。
コーヒーを煎れたり紅茶を煎れたり、と云う事も出来るし、『酒の支度』も出来る。
そう、彼は『料理』が出来なくはないのだ。
但し、これらの事を、料理、と例えても許されるならば、の話だが。
至極残念な事だが、ある一定の年齢以上に達した女性の認識の範疇では、これらの事を、『料理』、とは云わぬだろう。
手慰み以下、だ、そんなん。
ま、目玉焼き一つ焼けぬよりは、マシなのだろうけれども。
とは云え、そんな彼が、恋人の誕生日にディナーを振る舞う、と云うのは正直……云いたくはないし、言葉にも余りしたくないが……。
無謀極まりない話、で。
だが……いい加減、腐れ縁の域に達した戦友の事を思って、考え直せと説得を続けるマッシュを尻目に。
きたるべき、二月八日へ向けて、エドガーは、料理の教本を買い込み、真っ白なエプロンを──彼が買い求めたエプロンのデザインは、敢えて黙したい。語りたくない。勘弁して下さい──買い込み、教本と、何時間にも渡るにらめっこをし。
何がいいかな、どうせ食後には飲むから、ツマミになる物の方がいいかな、でも、ちゃんとした夕食が作りたいし、あ、肉にしようか魚にしようか。肉だったら何にしようかな、あ、メインデッシュを作るなら、前菜なんかも要るのかな、だったら、デザートどうしよう、うーん、うーん、うーん……。
……と、悩みに悩んでメニューを選び抜き。
どこでどう、脳内回線がショートを起こしたのか判らないが、そのメニューのレシピを参照に、愛用のパソコンに向かって、綿密な献立表と、当日の料理手順に関する計画書、なぞも拵え。
これなら何とかなるかな、と、御満悦な笑みを、エドガーは浮かべた。
……そんな事で、やった事もない『料理』が正しく完成へと向かうなら、世の中に、料理で苦労する者はいなくなる筈なのだが……まあ、そんな突っ込みはさておき。
エドガーは、顔にも、全身にも、オツムにも、『春が来たーーーーっ!』……と言うノリにすら思えてしまう程うきうきした声で、恒例の深夜電話で、二月八日当日は、セントラル・パーク前のマンションで過ごそうと、セッツァーに伝えた。