Final Fantasy VI 『蒼い雪』
前書きに代えて
多分。痛いと思います、この話。
それでは、どうぞ。
そうして、世界は壊れた。
霞んで行く視界に映る景色の全てが、崩れ逝く途中にあり。
空も、海も、大地も、割れ。
何も彼もが離れて行きそうで、何も彼もが飲み込まれそうで、全てが、終わりそうだった。
────空も、海も、大地も。
全てが、そうなってしまったから、なのだろう。
遠くに、夥しい噴煙を吐き出しつつ、濁った大地を焦がしながら爆発している、火山が見えた。
……あれが、どの山なのかは判らない。
ここが、何処なのかも判らないのだから。
でも、確かに、数瞬前まで穏やかだったろう山々が、煙を吐き出す姿はそこにあり。
山頂から溢れ出る、赤く燃える『川』の流れは、霞む程遠いのに、辺りは灼熱のようで。
けれど。
空からは、粉塵ではない何かが、静かに舞い降りて来た。
──山は、悲鳴を吐き出し。
空は、濁るしかなく。
海は、うねるしかなく。
なのに。
粉塵に、塗れることもなく。
雪、が。
蒼い雪が。
唯、静かに。
世界の、終焉を告げるように。
その街に住まう人はもう、たった二人きりになってしまった、北の最果ての、炭坑都市だけれど。
モルルが、何時までも自分を待っていてくれるから、そこへ帰るのだ、と言ったモグを。
壊れた世界の、支配者になりたかった男を討ち滅ぼしてより暫し後、飛空艇ファルコンを駆って送り届けてみたら。
北の街にはちらちらと、雪が降っていた。
元々、最果ての地・ナルシェは、通年を通して雪深い土地柄だから、それが舞うことなど決して、珍しくはないけれど。
その時舞っていた雪は、『青い雪』だった。
水を含んだ重たい雪が、海が青く見えるのと同じ理屈でそう見えるようになる、雪国や山国の、春の訪れを告げる理の一つ。
だから、薄らと青味掛かった雪を、ナルシェよりほんの少しばかり離れた草原に繋がれた、ファルコンの甲板にて眺めていた彼、エドガー・ロニ・フィガロは。
「蒼い雪をね、見たことがある?」
操舵の辺りで何やらを漁りながら、再びファルコンを舞い上がらせる為の支度を整えつつある、セッツァー・ギャビアーニへ、振り返ることもなく言った。
「青い雪なら、今降ってるだろう?」
問われたことに。
エドガーを見遣ることもなく、手を止めぬセッツァーは答えた。
「……そうじゃない。『この』雪ではなくて。『蒼い雪』」
故に、唯、空を見上げながら、エドガーは軽く首を振り。
「…………さあな。知らないな」
セッツァーは、首を傾げた。
「私はね。一年前に一度だけ、見たことがあるよ。世界が壊れたあの日に、ブラックジャックから投げ出されて、海に浮かび漂いながら。どういう訳か降り出した、蒼い雪を見たことがある」
「だから?」
蒼い雪など知らない、と答えてみれば。
一年前のあの日に、それを、と彼が言い出したから。
それがどうした、とセッツァーは、仕事の手を止めぬまま尋ねた。
「夢でも幻でもなく。雪国の春の訪れを告げる、青い雪でもなく。確かに蒼い雪を、あの日私は見て、この身に浴びた。…………蒼い雪なんて、普通に考えたら、有り得ない話だろう? だからね。……全てが駄目になってしまって、遠くに見える山は、粉塵を吐き出しているのに、それでも降った蒼い雪を見た時に。……ああ、本当に、世界は終わってしまったんだ、と。私はそう思った」
「……まあ……そうだろうな。俺でも、そう考えたと思う。そんな物を見ちまえば」
セッツァーに促されるまま。
エドガーは、かつて見た、蒼い雪の話を続け。
それに耳傾けつつ、尋ねた当人は、くるりとエドガーへ背を向け、又、何やらを始め。
「ねえ、セッツァー」
「何だ」
幾度かの呼吸を挟み、エドガーはセッツァーの名を呼び。
セッツァーは、それに応えた。
「あの男に。勝ってしまったね、私達は」
「そうだな」
「……私達は。世界を壊して、自ら壊した世界で、神のように振る舞った男を、倒してしまった」
「………そうだな」
「どうして私達は、あの男に勝ってしまったんだろう」
「………………何を言って欲しい? エドガー」
「何を、って?」
「俺達が、あいつに勝った『理由』。……俺達が正しかったから。俺達の方が正義だったから。少なくともあいつが『悪』ではあったから。あいつよりも俺達の方が強かったから。あいつよりも俺達の方の信念が勝っていたから。…………どれがいい?」
「……どれも御免被るよ。どれも、正しくないから。そんなこと、知ってるくせに」
「『だから』、わざわざ聞いてやったんじゃねえか。どの理由も、正しくはないけれど、それでも建前にはなる『理由』ってのを、お前が欲しいと言うなら……ってな」
────彼等二人以外には、今は誰もいない飛空艇の甲板の上で。
背中を向け合ったままのやり取りが、そこまで進んだ時。
やっと、セッツァーは手を止めた。
それでも、未だ彼は、エドガーを振り返ろうとはしなかったけれど。
「私達が勝った理由なんて、どうだっていいよ。勝ってしまったものは勝ってしまったのだし。そんなもの、体よく、運命とか宿命とか言っておけばいいんだし。運命という言葉も、宿命という言葉も、気に入らないと言うなら、成り行き、でもいい。どうでもいい、そんなこと。……私がしたいのはね、そんな話じゃなくって、私達──否、私の心の問題の話。どうして私はあの男と戦おうなどと思って、そしてどうして、勝ってしまったんだろう、という話」
セッツァーが、作業の手を止めたらしいのを察して、エドガーは、空を見上げ続けることを止め。
甲板の手摺に両肘を置き、頬杖を付いた。
「そりゃ、あれだろ。他の連中はどうだか俺は知らないが。少なくともお前の場合は、お前が、どうしようもない馬鹿だからだろう?」
「馬鹿…………。──あのね、セッツァー」
「……何だ、今度は」
「反論の仕様のない台詞を投げ付けるのは、止めてくれないか」
「馬鹿は馬鹿だろう? 馬鹿を馬鹿と言って何が悪い」
身じろぎ、背を丸めたエドガーの気配を感じ、漸く振り返ったセッツァーは。
何を判り切ったことを尋ねてやがる、と、呆れ顔をし。
エドガーの傍らへ歩み寄ると、手摺に背を預け、両手を肘掛け、少しばかり、だらしのない姿勢で。
尊大に、馬鹿は馬鹿だ、と言い切った。