「あの男と、戦うことが嫌だった訳じゃないんだけどね」
 傍らへとやって来た、銀髪の彼を、ちらりと横目で見上げて。
 やれやれ、と溜息を洩らしながらエドガーは言った。
「但、出来れば、『相討ち』が良かっただけで」
「なら、そうすりゃ良かっただろ。少なくとも、俺は止めない」
 軽く、前髪を掻き上げ、コートの懐から取り出した煙草を唇の端に銜えながら、火を点け。
 皮肉るように、セッツァーは言った。
「だって、死ぬ訳にはいかないだろう? 皆がそれぞれ、今ここにいる、その始まりが違うように。私には私の、そもそもは祖国の為に、祖国の民の為に、そんな『始まり』があるから。……壊れ果てた世界の彼方で、お前達は一体何を見つけたんだと問うて来たあの男に、国のことしか答えられなかった私が、死ぬ訳にはいかない。…………信念、という物は……、それを、如何なる経緯で抱いたにせよ、信念という物は、厄介な事この上ない。人の命さえ、左右する」
 だが、揶揄している風な台詞が、セッツァーから返されても。
 エドガーは唯、肩を竦めるだけで流して、だって、死ねないから……と。
 幼い子供が拗ねている時に良く似た口調で告げた。
「…………ほんっとーーーー……に、馬鹿だなー、お前は。救いようがない」
 だからセッツァーは、益々、声音の呆れを深め。
「救いようがないから、馬鹿なんだろう? ──ねえ、セッツァー」
 紫煙を燻らせ続ける彼の名を、再びエドガーは呼んだ。
「何だ」
 唇の端で銜えていた煙草を、セッツァーは指先に戻した。
「私は、王でね」
「……知ってる」
「フィガロという国の、国王でね」
「…………そうだな」
「自分でこう言うのも何だけれど。幾ら強大とは言え、かつては南の大陸にあったあの国に、北の大陸の、しかも広大な砂漠の直中にあるくせに、フィガロは、戦いもせずに屈しなければならない程に弱い……本当に弱い、小国でしかなかった」
「……らしいな」
「帝国が仕掛けたあの戦争が、どういう形であれ終わりを見て。あの男を倒した『英雄』の中に、フィガロ国王が在る、ということはね。……もう、フィガロは、『小国』ではいられない、ということだ」
 指先に収まったまま、灰と化していく煙草を見つめながら、エドガーはそんな話を続けた。
「……あのな、エドガー。お前の言うことは、もっともなんだろうが。止めた方がいいぞ、そんな話」
 続いて行く話に、セッツァーは若干、柳眉を顰めた。
 が、しかし。
「──かもね。でも、本当の話だから仕方ない。────致命的、とは言えない程度の被害しか被らずに生き残った国は、この世界に幾つかはあるのだろうけれど。だから何れの国も、条件は差して変わらないのだろうけれど。『私』が在る、という事実が、他国と我が祖国を、決定的に隔てる。……大国としての在り方を、フィガロも、フィガロの民も、私自身も知らないのに。フィガロはもう、かつてのままではいられない。…………だから、私は。あの男と戦うことを、厭おうとは思わなかったけれど、出来れば、勝ち残る、という形ではなくて、相討ち、が良かった」
 ……しかし、セッツァーが僅か、不快そうな顔色をその頬に滲ませてみても、エドガーは淡々と語り続けることを止めず。
「何故? 大国の王である自信がないから? そこまでの責を負いたくはないから? 祖国を導く勇気がないから? それとも、こうなってしまった今、これまでお前が好き好んで抱えて来た、全ての義務を放り出したいから? ……どれだ? エドガー」
 何処となく、冷たいと響くトーンを、セッツァーは放った。
 ……と、エドガーは高らかに笑って。
「まさか。今更ぐだぐだと、そんなことを言い出すくらいなら、祖国の運命がどうなろうと民がどうなろうと、私はここにはいないよ。『判り切っていること』を、今になって訴えるくらいなら、玉座になんて座っていない」
「なら何故、そんなことを言い出す? 間違いなく、お前が死ぬまで後生大事に抱えるんだろうフィガロって国を置き去りにしてまで、あの場所で、あの男と心中した方が良かった、なんて言いやがる? お前が死にたいと言うなら、別に俺は止めない。お前の命だ、お前の好きにすればいい。誰を泣かせても、誰を困らせても、それでも構わない、と思えるだけの覚悟が、お前にあると言うなら。……でも。終わったこの旅に出る前も、今でも。思っても願っても、その手のことは口にしないのが、お前って男じゃなかったか?」
 随分馬鹿な問い掛けをする、と言わんばかりに笑ったエドガーへ、セッツァーは、一言で言うなら『らしくない』、と。
 すればエドガーは、洩れ続ける笑いを納めようともせずに、言葉を続けた。
「…………フィガロは、もう。小国では在れないのに。国も民も私も、大国としての有り様を知らない。それがどれだけ不幸なことで、どれだけ幸福なことか、想像するのは容易だ。でもね。それはそれは幸いなことに。そして、どうしようもなく不幸なことに。我々が、戦いに勝ってしまったから。あの国には、『英雄』と祭り上げられても致し方ない者が、帰る」
「だから? お前の国にしてみりゃ、めでてぇ話だろうが」
「……そうかな? 君は、本当にそう思うかい? ──人々も、国もね。『英雄』を知らなければ、知らないまま生きてゆける。けれど、その存在を一度でも知ってしまうと、それを失った後のことを、人も国も考えられなくなる。……唯の戦で生まれただけの『英雄』ならば、そうまではならないけれど。今後、我々全てに擦られるだろう『英雄』という揶揄の前には、恐らく、『世界を変えた、世界を救った』と付けられる筈だよ。…………だからね。我々のような『英雄』をね……──。──ああ、違うな。我々のような、ではないね。……『私』のような。祖国の王、などという立場にある者が成り果ててしまった『英雄』をね、人は、得てはいけないのに。私は生き残ってしまったから。フィガロは、知らない方が遥かにマシな、そんな存在を、得てしまう」
「エドガー。……お前、何が言いたい?」
 笑いながら語り続ける彼の話に、辛抱強く耳を傾けてみれば。
 少しずつ、少しずつ、エドガーの言いたいことが見えて来なくなったので。
 セッツァーは微かに、声を荒げた。
「…………雪を見たんだ、一年前の、あの日に。蒼い雪を」
 すると。
 エドガーは少しばかり俯いて、又、一年前に見たという、蒼い雪の話をし出した。
 ぽつり…………と。
「さっきの話か? それがどうした? 世界が壊れたんだ、何が起こってもおかしくはねえだろ。例え、蒼い雪が降ろうとも、だ」
 だから、話を難しくするなと、セッツァーはエドガーを真っ直ぐ見下ろしたけれど、銀髪の彼と違い、金髪の彼の方は、人の話を聞く気が、今はないらしく。
「………………夢幻だと思ったんだ。蒼い雪なんて。有り得ない筈の、蒼い雪を見た時に、世界は終わってしまったんだと、そう感じたんだ。……でも、確かにあれは、夢でも幻でもなくて。私は確かにあれを見て、あれをこの身で受け止めて。終わってしまったんだと思った世界は、本当は、終わらなかった」
 エドガーは、俯き加減だった面を上げて、春を告げる青い雪を、見開いた瞳で受け止めながら、思い出を語った。

 

 

 

 

FF6SS    Nextpage    pageback    top