…………そうして、思い出を語りながら、彼は。
又、軽く笑い。
セッツァーの応えも待たず。
「一年前のあの日が、遠くなった頃。偶然ね、私は、私の見た蒼い雪の正体を知った」
瞳で受け止めた青い雪を、瞼で押し流した。
「……正体?」
──蒼い雪の正体。
そう告げられて、セッツァーは訝しげな声を上げる。
「そう。正体。…………あれはね。硫黄の雪なんだ、って。本当に偶然、私は知ることが出来た」
「……エドガー? 蒼い雪の正体が、硫黄の雪だったからって………………────。──……硫黄の、雪……?」
「……ああ。硫黄の雪。……蒼い、雪。硫黄が降らせた『雪』。私に、降り注いだ雪」
「……………おい、お前……──」
「──世界の終わりを告げるような、蒼い雪が降っても。世界は終わらなかった。……でも、あの時『から』、確かに。『私の世界』は終わり始めていた。……終わってしまう世界しか持たない、祖国の王である『英雄』なんて、いてはいけない。小国ではいられない国に、戻ってはならない。でも私は、戻らなければいけない。だから『私自身』は、『勝ちたくは』なかった」
「エドガー……」
「……死ぬ訳には行かなかったから、生き残った私なのに。君の言う通り、死ぬまで、後生大事にフィガロという国を抱えて行く私は、フィガロを置き去りには出来ない。例えそれが、『優しくない』行為だとしても。私には、フィガロを置き去りにする優しさを、持てない。そんな勇気、私にはないから。──………………だからね、セッツァー。私は、あの時、確かに望んだように。死んでしまえれば良かったのに、と、今でも思うよ。全てが終わった、今でも」
…………訝しげだった、セッツァーの声が。
徐々に、深刻さを伴っても。
エドガーの、淡々とした語り口は、何時までも変わらなかった。
どうしたらいいんだろうね、と、何処か気楽に困惑している風な、そんな風情で彼は、決して抑揚を変えず。
そのまま、話を終えた。
「………………なら、どうして。どうして『望んだ』通りに、あの時果てなかったんだ、エドガー」
終わってしまった話への、虚しいだけの問い掛けを、セッツァーはした。
「言ったろう? 間違っていると知っていても、抱えるものを置き去りに出来るような優しさは、私には持てないって。……私が、これでも結構身勝手な質だと、君も知っている通りね。………………何も言わずに、逝けなかった。沈黙を通したまま逝けなかった、それだけだよ。フィガロを置き去りに出来ないように、私は君も、置き去りに出来ない。フィガロに『優しく』在れないように、君にも、『優しく』出来ない。…………だから」
けれどエドガーは、虚しいだけの問い掛けに、『正しく』答えを返し。
「……身勝手も、大概にしろ…………」
セッツァーは唯、苦く吐き捨て。
「たった今、言ったじゃないか。私はこれでも身勝手だ、と。君もそれは、知っている筈だ、と。──……君には、伝えてしまいたかった。私が、『消える』理由(わけ)を。…………だって私には、君を置き去りには出来ないのだもの。……………………御免」
青い雪を押し流してからずっと、閉じたままだった瞼を、エドガーは開いた。
そんな、彼へ。
セッツァーは腕を伸ばし。
伸ばした腕を、存外に細い肩へと廻し。
静かに、引き寄せ。
己が胸に、包んだ。
そうして、世界が壊れた時。
雪が。
蒼い雪が。
『世界』には降り注いでいた。
唯、静かに。
世界の、終焉を告げるように。
そうして、世界が戻った今。
雪は。
青い雪は。
『世界』へと降り注いでいる。
唯、静かに。
世界の、始まりを告げるように。
End
後書きに代えて
……青い雪(作中では「蒼い」ですが)、という物は、本当に降ります。
但し、地球上での話ではないです。太陽系の、他の惑星の衛星での現象。
青い雪は、硫黄の雪、というのも本当。
常識的には、こんな雪浴びたら即死(目線逸らし)。
…………すみません、余り多くを語れません。
──宜しけれ感想など、お待ちしております。