────パンっ! ……と。
 掌の中で、時計が爆ぜた時。
 ほんの瞬きの間だけ、エドガーは眩暈を覚えたから。
 ぎゅっと、彼は、きつく瞼を閉じた。
 すれば……。
「──────……もしも、お前が俺のことを、どんな意味でだったとしても、ひとかけらでも、想ってくれているのだとしたら、巡る一日は終わって、呪いの象徴だった時計は動き出して、雨は上がり。お前は、元居た場所に帰るんだろう、そう考えたら……触れられなくなって……。なのに……止まった時間よりも先に動き出した、俺の中の何かは、もう、止まらなくて……っ……」
 ………今にも、泣き出してしまいそうな、セッツァーの声が聞こえ。
 もう一度だけ……と囁きながら、彼の腕が、己へと伸ばされるのを、エドガーは感じた。
「……え…?」
 抱き締めて来た腕に包まれ、胸に凭れながらも、訝しみを彼は払えず。
「…………どうした?」
 戸惑いを受け取ったセッツァーが、己が腕を拒絶されると思ったのか、不安げに、顔を覗き込んで来た。
「いや……何でも……何でもないんだ、セッツァー……」
 紫紺の瞳に、翳りが浮かんだのに気付き、曖昧に、エドガーは微笑む。
 大丈夫、と、彼には安堵を与えつつも、本当は混乱しきったまま、それでも何とか思い巡らせてみれば。
 どう考えても、今、この時は、帰りたいと願った、雨の止んだあの日だと云う結論しか、出すことが出来ず。
 理解出来ない『今』が与える恐ろしさを払うように、彼はセッツァーに縋った。
 縋り付き、恐ろしさを感じながらも、辺りを見遣れば、テーブルの上の時計は、自分の『記憶の中にある「この時」』とは違い、爆ぜた風な残骸を辺りに散らす姿で、壊れていた。
「エドガー? ……本当に…どうしたんだ……?」
 抱き返して来る彼の腕の力に、セッツァーは困惑を露にしたが。
「何でもない……。本当に、何でもないんだ……。唯…ああ、唯、私は君を、愛しているんだって……そう思っただけ……」
 あの刹那に、何故、如何なる意味で彼を愛しているのかに気付けなかったのだと。
 泣き濡れ、死を覚悟する羽目になった後悔だけは、繰り返してはならぬと。
「そう……。君が、好きだよ。……私は、君を愛してる…。多分、誰よりも……」
 それだけを信じ、エドガーは、セッツァーに愛を告げた。
 ────抱き締めてくれる人が、正しい時を生きていた頃。
 世界には、沢山、不思議があって、沢山、不思議な人達がいたと云う。
 彼の昔語りに出て来た彼女が、セッツァーを手放したくない、そんな思いの一途さに、時を止める願いさえ、叶えたと云うなら。
 彼を手放したくないと、泣き濡れた己の思いも又、誰かが叶えてくれたのかも知れない。
 ……恐らく、本当のことなど、考えてみた処で、答えなど出ぬだろうが。
 時が、戻ったと云うなら。
 願ったあの刹那を、取り返したと云うなら。
 もう二度と、彼を壊したくもなければ、失いたくもない、と。
 エドガーは、心を決めた顔つきで、俯き加減だった顔を上げ。
「セッツァー……。愛しているよ」
 掠めるだけの、キスを送った。
「……エドガー…………」
 すれば、ささやかな彼の贈り物の、何倍もの情熱で、セッツァーは接吻を返し。
「…愛してる」
 耳元で、低く甘く、囁いたから。
「…………明日の朝。この館を出よう。何処か、遠い所へ、二人きりで行こう。誰もいない場所で、二人きりで……………」
 エドガーは、『未来』を変える、言葉を放った。
 

 

 ──永遠に巡る、同じ一日。
 セッツァーと云う人を手放さない為に、『彼女』が願ったそれ。
 それを叶える時、『彼女』は。
 その願いの代価に、何も彼もを犠牲にしたと、セッツァーは語って聞かせてくれた。
 自らの命さえ、その代価に変えた、と。
 

 あの刹那に戻りたい。
 彼を、手放したくない。
 『彼女』に良く似た、そんな願いを訴え。
 そして等しく、願い叶えられた自分が一体、如何なる代価を求められるのか、それは未だ、未知だ。
 けれど。
 彼を捕えていられるのなら。
 手放さず、愛し合っていられるのなら、それでいい、と。
 永遠に巡る、同じ一日から抜け出した『翌日』。
 朝靄の中、エドガーは、セッツァーと共に、迷いの森を、後にした。
 未来を、変える為に。
 

 

 

彼等が、永遠に巡る、同じ一日の中から抜け出し、
未来さえ変え、求めた愛の代価が、如何ようなるものだったのか。
今だ誰にも、語る術はない。

  

 

 

 

 ……と云う訳で。
 2002.06.02、未明、と云う時間に(笑)、Duendeのチャットを訪れて下さった皆さんの、統一リクエスト、お届けしました。
 これの何処が、『美女と野獣』を下敷きにしているのか、自分にも、ものすごーーーく謎なんですが(脳内で、美女と野獣の話を、捻り倒し過ぎた、と云う噂は、ある)。
 何箇所かは、うっすらー……と原作を踏まえている所があるので、御容赦下さい(笑)。
 めずらしーーーーーーーーーーく(笑)、とっても弱い&壊れちゃうセッツァーの登場でした。
 合同リクエストの内容を正しく記載しますと、『美女と野獣を下敷きにしたセツエド小説、途中、セッツァーが壊れる』と云う風に相成りますので。

 うちのみやさん、繭魅さん、WMさん、Hayakawaさん。
 楽しんで頂けましたでしょうか&気に入って頂けましたでしょうか。

 

キリ番目次    pageback    Duende top