真夜中になるまで、唯。
時計を握り締め、セッツァーを掻き抱き。
エドガーは泣き濡れていた。
腕の中には温もりがあって、胸に頬を当てれば、心の臓の鼓動が聞こえるのに。
セッツァーの瞳は虚ろで、放たれる言葉もなく、指先一つ、動かず。
哀しくて、哀しくて、唯々、哀しくて。
例え、出来る筈などなくとも、生きて行くことそのものを、諦める刹那の訪れを、エドガーは向かえた。
……もう、死んでしまおう…と。
真夜中と云う名の『時』の片隅で、彼はそう思った。
雨が止み始め、時計が動き出したあの時。
全てが終わったのだと、セッツァーは云った。
何も彼もが、終わりを見たのだ、と。
──きっと、あの言葉は、真実だったのだろう。
止まる筈ない時が止まって、それは、永劫に、進む筈などなかったのに。
動き出してしまった自分達の何かが、止まってはくれなかったから。
同じ輪の中を巡る筈だった時が、歪んだ道を正した刹那。
全てのことは、終わりを見ていたのだろう。
晴れた空の下、穏やかだった僅かな日々は、辛くて孤独な時が、詫びの代わりに見せてくれた夢の残像でしかなかったのだろう。
だから。
死……と云う、不本意な形であろうとも、『決着』を付けるのが正しいのだろう。
愛した人と共に。
…………でも。
「あの、日に……。雨の上がったあの日に……私がどういう風に君を好きなのか……──いいや、どういう風に、君を愛しているのか気付いていたら。又、歯車は変わったのかな……。あの日、君とこうして…………────」
もう、これで、命断つなら。
夢の残像を、あの世に託すなら。
せめて最後に一度だけ……と…。
セッツァーの胸に伏せていた面を上げて、エドガーは、セッツァーの、虚ろな紫紺の瞳を、覗き込むと。
乾いた唇に、伝った涙に濡れた己が唇を、そっと重ねた。
今生の名残りに。
それくらいの思い出を得ても、許して貰えるだろうと、信じて。
けれど、刹那。
虚ろな人に、泣き濡れた人が、接吻を捧げた刹那。
許されるだろうと思ったそれすら、罪でしかなかったのだろうか。
パン………と、握り締めていた懐中時計が、掌の中で、爆ぜ。