泣き続けて過ごした一晩が明けて。
 早朝。
 朝の早いフィガロ城でも、未だ、起き出している者がちらほらとしか窺えない程、早い頃合いに。
 二人は、中庭の片隅に、アイラの墓を作った。
 ……土に還って、何時の日か、再度の生を得られた時、又再び、己の愛する場所に、愛する存在として帰って来てくれたならと、有り得たらならば嬉しい、けれど儚い願いも、ささやかに込めて。
「…………神様なんて、在る筈も無いこと、私は知っているけれど。神様だって、えげつない、碌でもないイキモノだって、知っているけれど。……少しくらいは、叶えてくれるかな……」
 亡骸を埋め終えたそこに、小さな石を乗せて、花を捧げて。
 ぽつり、エドガーはそんなことを囁く。
「……叶えて欲しいって、何を?」
 だからセッツァーは、望みは何だ、と恋人に問うて。
「…………ん? 色々」
「色々、か……」
「そう。色々……」
「…………エドガー?」
「……何?」
「俺は、神なんぞ毛筋程も信じちゃいないし、そんな存在でもないが。一つだけ、俺にも叶えてやれることならあるぞ?」
「え? ……何を…………?」
「お前がな。何を失っても、何を零しても、何を諦めなくちゃならなくても。お前の、最後の慰めくらいには、なってやれる。……俺も、お前曰くの『生き物』って奴だが。俺はお前の、最後の慰めにはなれる。だからもう、思い詰めるな。いいな?」
 ────問うた後。
 セッツァーは、アイラの墓の前に跪いている恋人へ、そう言い放ち。
「……ほら、行くぞ。アイラとは、何時でも会えるだろ? こんな朝っぱらから、冷える場所に何時までも、踞ってるな」
 顎をしゃくるようにして、彼は、エドガーを伴い、回廊へと踵を返した。
 

 

 

 アイラが逝ってしまって。
 セッツァーも又、二週間前と同じ、空を駆ける日常に戻ってしまって、更に、数日。
 エドガーは、噂好きな女官達から、一つの話を聞かされた。
 一ヶ月程前から、城の裏手の食料庫の方から、仔猫の鳴き声が聞こえて来ていて、けれど、親猫らしき姿は見掛けられず、だから、可哀想だけれどその内……と思っていたら、新人の女官の一人が、何の理由でか親猫に面倒を見て貰えなくなってしまった仔猫達を不憫に思って、こっそり、蔵の一つに仔猫達を移し、餌を与えていることが判明した。でも、だからと言って、誰の許可も得ず、城内で野良猫を飼い馴らす訳にもいかないし、が、見捨てて野垂れ死にさせてしまうのも不憫だから、皆で手分けをして、引き取り手を捜しているのだ、…………との話を。
 故に、それを聞き終えた彼は、その時行っていた全てを放り出して、新人の女官が仔猫を『匿っていた』蔵へと向って。
「そんな都合のいい話、ある筈ないと思っていたのに……。どの仔も、アイラそっくりだ…………」
 出ておいで、と一声掛けたら、人慣れしているのか、わらわらと物陰から姿現した、数匹の仔猫を。
 彼は両手で抱き締めた。
 

 

End

  


 

 ……正直、猫という、私の愛する生き物を傷付け、こんな結果を招いてしまうような小説は、私自身、書きたくはありませんでしたし、書いていて、大変辛い思いをしましたが。
 判って頂きたかったんです、生き物はすべからく生き物であり、簡単に傷付き、又、簡単に逝ってしまうものであり。
 喪ってしまった存在は、二度と還って来ない、と。
 『誰か』の愛さぬそれにも、『誰か』の愛情は注がれている、と。
 
 尚、大変蛇足な話ですが、野良ニャンコにエドガーが付けた、アイラという名前は、まんま発音すると一寸違いますが、アラビア語の『家族』から頂いてます。
 

 2005.05.20  海野 懐奈 拝
 

 

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