Final Fantasy VI 『Jeff』
2006年の、セッツァーさんのお誕生日を祝って、フリー小説書いてみました企画、だった小説です(長いな、タイトル)。
記念企画中はお持ち帰りフリーの小説でしたが、今はそうではありません。
尚、この作品には、性行為の表現を含んでいる箇所があります。
申し訳ありませんが、そういう類いの作品が苦手でいらっしゃる方及び、御年齢のお若い方は,お気をつけ下さいませ。
又、この小説は、セツエド、と言うよりは、セツジェフです。
宜しくお願い致します。
それでは、どうぞ。
世界が一度、『世界』を失った時。
彼は、世界と、空と、空駆ける舟と、そして、恋人を失った。
…………想い人以外には、誰にも打ち明けられない戀だった。
何者にも知らしめられない相手だった。
秘めるしかない戀で、秘めるしかない人で、全ては、掌中に握り込んだ、ささやかな宝物の如く、隠し通すしかなかった。
けれど。
秘めるしかない戀も、秘めるしかない人も、掌中に握り込み、隠すしかない全ても、彼にとっては、掛け替えのない戀で、掛け替えのない人で、何者にも代え難い、全て、だった。
けれど。
世界が『世界』を失った時。
世界が『世界』を失ったように、彼──セッツァー・ギャビアーニも、世界が失った『世界』のような、恋人を失った。
彼が恋人を失ってから、約一年の年月が流れた頃だった。
一度失った『世界』を、世界が取り戻し始めても、彼は相変わらず、恋人を失ったままだった。
でも、世界が崩壊したあの刹那、真実、恋人を失ってしまったと、彼はどうしても信じられなかったから。
恋人と共に失ってしまった空と、空を駆ける為の舟を、彼は取り戻そうと考えた。
舟を取り戻し、空を駆ければ、戻りつつある世界の何処かに在るだろう、恋人を探し出せるような気がした。
だから、空と舟を取り戻す為に、かつては親友の相棒だった舟を借り受けようと、彼は先ず、港町・ニケアを目指した。
『あれ』以前も、『あれ』より一年が過ぎた今も、ニケアの街は、港町として機能していて、親友の舟が眠る墓に最も近いコーリンゲンの村近くの港も、無事に生きているとの話を、風の便りで聞いたから、セッツァーは、ニケアより、コーリンゲン地方へと向う定期船に乗り込もうと考えたのだ。
──『あれ』から一年が過ぎた、その日その時、彼がニケアを訪れたのに、それ以上の意味も、それ以下の意味もなかった。
目的地への通過点、以外の意味など、そこにはなかったのに。
ニケアの街の片隅で、セッツァーは、『彼』に巡り逢った。
ふらふら、その日の宿を捜していたセッツァーとすれ違った、波止場の方角より盛り場の方へと向って歩いて来た、栗色の髪の男は。
一年前に失った恋人に、そっくりだった。
紺碧色の瞳も、面立ちも、身の丈も、己が恋人、としか彼には思えなかった。
但、セッツァーの記憶よりも──只でさえ細身の躰だったと言うのに──、より細く。
何よりも、決定的に違うのは。
その、髪の色だった。
……セッツァーの恋人。エドガー・ロニ・フィガロという名を持っていた恋人の髪は、黄金よりも尚濃い、黄金色をしていた。
けれど、その向こうからやってくる男の髪は、栗色。
恋人の髪では有り得なかった。
でも。
その男は、恋人以外に、有り得なかった。
「…………エド、ガー……?」
無意識の内に、男の行く手を遮って、眼前に立ちはだかり。
セッツァーは、男に向って、恋人の名で呼び掛けた。
「はあ?」
だが男は、セッツァーの呼び掛けに、彼の恋人らしからぬ、随分と粗野な調子で答えた。
「お前……、エドガーじゃないのか……? エドガー・フィガロ、だろう?」
例え、口調が粗野でも、髪の色が栗色でも。
放たれた声も又、恋人そのものの、それだったから。
セッツァーは確信を持って、男を見下ろした。
「エドガー・フィガロ? 何言ってるんだ? あんた。俺はそんな名前じゃない。俺の名前は、ジェフだ。そんなご大層な名前じゃないし、氏もない。その、エドガーって奴と、俺とを、人違いしてるんじゃないのか」
しかし、男は、自分はそんな人間ではなく、ジェフと言うのだと。
立ちはだかり見下ろして来たセッツァーを、胡散臭気な鋭い眼差しでねめつけた。
「……お前こそ、何言ってんだ。お前、エドガーだろう? ……俺のこと、忘れちまったのか? 頭でも、何処かにぶつけたか?」
「頭がおかしいのは、そっちじゃないのか。俺はジェフだと、そう言ってる。エドガーなんて、知らない。あんたのこともだ」
「…………わざとか? それとも、本当に記憶がないのか?」
「わざとも何も。俺は、産まれた時から今日までずっと、ジェフだが」
こいつは一体、何を恍けていやがる、と。
相手の言い分を、セッツァーは真っ向から撥ね除け、見下ろす眼差しをきつめたが。
ジェフという名の彼も又、決して引き下がらなかった。
「へーーーえ…………」
己の瞳を、じっと睨み据えたまま。
けれど僅か、紺碧の瞳を揺らがせて、否と答え続ける男の言い分に、その時、セッツァーの何処かで、何かが切れた。
………………世界が『世界』を失ったあの日より、一年。
恋人を失ってより、一年。
一年もの間、捜し続け、求め続けたのに、髪の色と、言葉遣いこそ違えど、エドガーでしか有り得ない彼が、その口で、その顔で、自分を知らない、と言う。
エドガーでしか、彼は有り得ないのに。
エドガーではない、と言う。
こんなに捜し続けたのに。こんなに求め続けたのに。
だから、セッツァーの中でその時、何かが切れた。
そして、冷えた。
…………故に、そのまま、彼は。
「え、ちょ……。一寸待てっ!」
自分はジェフだと言い張る男の二の腕を掴んで、人気のない場所目指し、記憶にあるよりも尚細い体躯を、強引に引きずり始めた。