何処でも良い、人目に付かぬ場所をと、それだけを思い、『ジェフ』を引きずり進んだら、辿り着いた先は、ニケアの港の片隅の、この上もなく寂れた浜辺だった。
砂浜に、茶色く濁った海の水を、頼りなく寄せ上げる音だけが響く、寒々しい場所。
だが、よくよく耳を澄ませば、彼方から、港の喧噪が届く場所。
そんな場所に辿り着いて、けれど歩みを止めず、更にセッツァーは進み、浜辺の片隅の、岩場の影へ、引きずって来た彼を、乱暴に放り投げた。
「何、を…………」
どうでもいい荷物の如く、砂の上に打ち捨てられ、その拍子に、岩の角に背を打ち付けてしまった『ジェフ』は、痛みに顔を歪めながら、崩折れた躰を支えつつ、不安気に、セッツァーを見上げた。
「……お前は、エドガーじゃないんだろう? ジェフ、なんだろう?」
「…………それが、どうしたと…………」
「だったら。俺はお前の『過去』なんざ、これっぽっちも知らないことになる。……お前も、だ。お前は俺の『過去』なんざ、これっぽっちも知らない。そして、お前がエドガーじゃなく、ジェフである限り。『過去』がそうあるように、俺達の『未来』も、決して重ならない。俺と、『ジェフ』、はな」
「だから……?」
「今までの俺は、お前の中にない。『ジェフ』の今までも、俺の中にない。これから先の俺がお前の中に、これから先の『ジェフ』が俺の中に、残ることもない。……だったら。お前にとって、俺がどんな人間でも、構わない筈だ。見ず知らずの男を、あの日から一年間追い求めた奴と重ねて、そのまま犯しても」
怯えている風に揺れる、紺碧の瞳を。
冷たく光る、紫紺の瞳で見据えて。
酷く凶暴そうに嗤いながら、セッツァーは、身を起こし掛けたまま動きを止めた彼の前へと、跪く。
「えっ…………。何を、言って…………」
「俺が何を言ってるか、あんたには……『ジェフ』には、一つも判らなくたっていい。『ジェフ』なんて奴は、俺の過去の中にはいないし、俺の未来の中にもいない。『ジェフ』が俺を恨もうが憎もうが、どうだっていい。興味もない。俺が興味を持つのも、心の中を見せるのも、エドガーだけだ。…………ああ、悪い。あんたは、エドガーなんか、知らない、んだったな。なら、どうでもいいな、こんな話も」
「どうでも良くなんか……っ」
「何故? あんたはエドガーじゃないんだろう? つべこべ言ってねえで。通り魔にでも遭ったと思って。その、お綺麗な顔で俺を銜えて、女みてぇに細い、その躰でも開けよ、とっとと。……その口振りだ、粗野に生きて来たんだろ? 阿婆擦れみたいに。だったら今更、あんたを抱く男の一人や二人増えた処で、どうってことねえだろ」
跪いたセッツァーの躰が、覆い被さるように迫って来て、『ジェフ』は身を捩り、後ずさったが、それは直ぐに岩に阻まれ、伸ばされた彼の腕に、『エドガーでない男』は、冷たく、うっすら湿った砂の上へと押し倒され。
有無を言わさず、衣装を暴かれた。
茶色く濁った海の水を、頼りなく寄せ上げる音の中に、衣(きぬ)を裂く、甲高い音が混ざる。
「……楽しんだ方が、得だと思うぞ?」
上等とは言えない衣は、セッツァーの力任せの前に呆気なく屈して、簡単に、『ジェフ』の肌を晒した。
「止め…………っ……。ん……っっ」
──────けれど。
衣装を裂かれ、無理矢理に肌を暴かれて、両腕を軽々、押さえ付けられても。
『ジェフ』は、目に見える足掻きを、示そうとはしなかった。
乱暴な言葉遣いは影を潜め、粗野な科白ばかりを吐いていた口からは、一転、弱々しい拒絶が洩れたけれど、抗いは、ささやかで。
酷く掠れた声だけが、『ジェフ』の、唯一の拒否だった。
しかし、それも。
乱暴過ぎるセッツァーの接吻(くちづけ)に飲み込まれ、最後まで音にはならず。
「………………あ……っ……」
娼婦以下のモノを扱う如くの科白で、『ジェフ』を犯し始めた割には、何処か甘い……否、甘過ぎる仕草と愛撫をもたらすセッツァーのそれに、彼は、酷く切な気な声を放った。
「…………………………お願、い、だから……」
「……だから?」
「許し、て……」
「………………お前は? ……誰なんだ……?」
「……え……?」
「…………名前、は……?」
「んっ……く……。……ジェ……フ……」
セッツァーが、その肌を弄ぶ度、『ジェフ』から上がる切な気な声は悲壮さを増して、やがて、切なく悲壮な声に、懇願が混ざった。
だから、と。
蠢きを止めて、セッツァーはその名を問うたけれど。
返される答えは、何処までも。
「そう、か…………」
……決して、変わることない答え。
その答えに、冷たいだけだったセッツァーの紫紺の瞳に、光めいた何かが灯った。
悲し気に。
故に、彼の行いは、一層激しく乱暴になって、けれど、恋人同士の情事のように、甘く甘くなって。
切なく悲壮な『ジェフ』の声から、懇願さえも消えた頃、セッツァーは相手の下衣に、その手を掛けた。
上衣を引き裂いた時とは違い、緩く、下衣を引きずり暴けば、そこには、擡げた『欲』の付け根を覆う、黄金色の茂みがあった。
恋人の、真実の髪の色と同じ、黄金よりも、尚色濃い、黄金色の。
「…………………………お前の、名前は……?」
──隠しようのない、『それ』を目にして。
セッツァーは、泣き出しそうになりながら、『彼』の名前を尋ねた。
「ジェ、フ…………」
返された、応(いら)えは。
何処までも。
「お前は、どうして…………っ」
…………だから。
決して変わらぬ、その応えに。
セッツァーは、声を詰まらせ涙し、『ジェフ』という名の彼の中へ、何も彼もをぶつけるように、荒々しく、その身を沈めた。
「ご、めん………………」
……すれば。
唯、突かれるに任せるしかない波に悶え、絶え絶えの息を零すしかない『ジェフ』の、声が忍んできた。
「……御免…………。セッツァ……、ごめ、ん…………」
「…………どうして、謝る。お前は、『ジェフ』なんだろう……?」
彼が、『ジェフ』であるならば、決して知る筈のない己が名を囁かれて。
セッツァーは、泣き崩れるように、無理矢理に躰を開いた彼を、その身の全てで抱き締めた。
End
後書きに代えて
セツエド、と言うよりは、セツ×ジェフ、でしたが(笑)。
判る人には判る、アンダーキンのお題もクリアしてみた!(笑/すいません、内輪ネタで)。
お誕生日お祝い話が、こんなんですいません…………。
でも! セッツァーさん、お誕生日おめでとう♪
──皆様に、お楽しみ頂ければ幸いです。