final fantasy VI 『scene 2』
このお話は。
『Duende』の、キリ番カウンター『777』を踏んで下さった、『夜中妖子』さんに捧げます。
リクエスト、どうも有り難うございました。尚、この作品は、夜中さんのリクエストにより、FF6のSSの部屋にある、「scene」と言う小説の続編です。お読みになられていない方は、申し訳有りませんが、前作から御賞味を。
このお話は。
隣り合い、うたた寝をしていたにも拘らず、その最中、己が『最愛の恋人』ではない人間の名前を呼んでしまった、かなりの勢いで情けない事態を発端として、やはり、かなりの勢いで情けない喧嘩を始めてしまった、砂漠の国の王様と、世界で一番のギャンブラーが繰り広げた、『剣呑』な言い争いの続きを語ったものである。
まあ、状況からして、禄でもない喧嘩である事を、影の声は否定しない。
故に、お読み下さっている貴方が、目眩を引き起こされたとしても致し方ないかも知れないが、影の声は起こった出来事を忠実になぞっているだけなので、責任は取り兼ねる。
事前に、ご了承頂きたい。
大体。
自分と言うものが有りながら、眠りの淵で、違う人間──しかも、女の名前を呼ぶと言うのは、一体どう言う了見だ、と。
御立腹なさったまま、陛下はファルコンのキャビンへ向かう階段を、がしがしと降りて行った。
優雅をモットーとする王様の行動としては、余り頂けない、粗野なお姿だが、それだけ彼の怒りは深いのだ、と言う事で、御理解を頂きたい。
一方。
とっくの昔に切れた筈の女の事を、人の船の中でした、うたた寝の合間に思い出して抱き寄せるたあ、失礼って奴にも程があるんじゃねえのか、と。
怒りで銀髪を逆立てたまま、ギャンブラーはギャンブラーで、粗野な足取りをなさっている陛下の後を、それ以上に粗野な動作で、追い掛けていた。
外野に言わせれば、どっちもどっちの、お馬鹿、としか言えない、お二方の思考なのだが。
本人達にしてみれば、今日と言う今日は許さない、普段の鬱憤もこの際だ、ぶちまけてやる、と、本気の喧嘩モードに突入する程、先程耳にした互いの寝言は、腹に据えかねたらしい。
……まあ、これって言うのも。
裏返してみれば、過度に積もり過ぎてしまった、愛情故、と言う奴なのだろうけれども。
それにしても………馬鹿馬鹿しい喧嘩の発端である。
ぱたんと、雰囲気に沿わず、可愛らしく閉まったのドアの音が、言い争い、第二ラウンドのゴングの音だった。
「ねえ、セッツァー」
綺麗に表現するならば、壮絶なまでに美しい、正しく表現するならば、不気味、としか例えようのない笑みを、先ず、エドガーが浮かべる。
「何だよ」
それに答えるセッツァーが称えた表情も、にたりと言うか、にやりと言うか、まあ、余り恋人に向けるには相応しくないそれだ。
こんな下らない喧嘩にかけらの疑問も持たず、真剣に取り組んだりするから、勘の良い女性二人に、自分達の関係を悟られてしまったりするのだが、今のお二人にはそんな事にも気付けないらしい。
尤も二人の女性には、遠の昔に『禁断の関係』と言う彼等のそれは、公然の秘密と化しているから、今更って奴か。
「我々は、所謂恋人同士、と言う関係になって久しいのだから。お互い、隠し事をするのは止めようじゃないか。君は、ダリルとそう言う関係だったのかい? ああ、別に、怒っている訳ではないんだよ? 例え本当にそうだったとしても、正直に言ってさえくれれば、過去は過去だ。水に流そうじゃないか」
怒ってる訳じゃない、と云いながらも、確実に怒っている、嘘丸出しのお顔をなさって、陛下は云った。
「そいつぁ、俺の台詞だろう。お前がどーしよーもない『たらし』だったってのは良く知ってるつもりだったが。だが、そうだな、お前の云う通り、嘘は良くない。…で、エドガー。ミーメってな、何処の誰だ」
嘘は良くない、と言いつつも。
自分へと向けられた質問はさらりと流して、ギャンブラーは恋人に詰め寄った。
彼の中に、やましい事があるのかないのかは知らないが、論点を摺り替えようと言う魂胆なのかも知れない。
……だから。
そもそも、自分達が相手のうわ言の何に対して立腹中なのかを、よーーーーーく考えてみれば、論点を摺り替えるとか、小手先の話術を使うとか。
そんな要らぬ苦労をしなくとも、この言い争いが、即刻止めるべきものである事に気付く筈なのだけれども、と、影の声は思わなくも、ない。
単に、みっともないだけなのにね。眠りの中で恋人が、自分以外の名前を呼んだ事に嫉妬して、腹を立てているなんて事実は。
でも、自分達の怒りと言う嫉妬を手放せない事も、お馬鹿な言い争いを止められぬのも、相手が自分の名前を呼んではくれなかった、と言う悔しさに起因する感情である訳で、お二方はそれだけ相手の事を、深く深く愛されているのだろうから、致し方ない、と言う奴なのかも知れない。
恋は盲目、とは良く言ったもの。
目を塞ぎ、耳を塞ぎ、愛しい相手の事だけしか脳裏で3D再生出来なくなっている程、彼等は恋路に狂ってしまっているらしいので。
双方が、欲しいままにして来た、プレイボーイ、の肩書きが泣く事だけを黙認すれば、微笑ましいってなもんだろう。
「あのね、セッツァー。私は、君の過去がどうであろうと、過去は過去として、水に流すと言っているんだよ。私が昔、数多の女性と入魂だったのは今更語るべくもない事だろう? 多くを語らないだけで、君だって、そうだったんだろうさ。お互い、今更と云う奴のなのだから。せめて私にだけは、いい加減本当の事を、白状してはくれないかな」
陛下は。
影の声が嘆いている隙に、『壮絶なまでにお美しい』笑みに、更に深み──正しくは凄み──を増されて、畳み掛ける様に、セッツァーを問い詰めた。
そんな彼の態度は、今ここで『罪』を認めるのなら、許してやらん事もない、とでも言いたげな、尊大なそれで。
陛下も、多分そう思っているんだろうなあ、と想像出来る大きさと、寸分違わぬ大きさで、自分には一点の非もない、と信じているギャンブラー殿は、恋人の可愛くない態度に、益々臍を曲げた。
「奇遇だなあ、エドガ−。俺も、全く同じ台詞を、お前に吐こうと思った処だ。ああ、よーく知ってるさ。お前がフィガロ一の、どーしよーもない程女ったらしだったって事実はな。ま、俺の女遍歴も、お前と似たようなもんだから? それをとやかく云う程了見は狭くねえ。だからよ。お前も、素直に言ったらどうなんだ? 寝言で俺と間違える程、ミーメって女に熱を上げた事がありましたってな。珍しい事もあるもんだなー、エドガ−。女ったらしが一人の女に入れ込んだら、洒落になんねえぞ」
激しく御機嫌を損ねたギャンブラーは。
エドガ−の問い詰めに、それはそれは挑戦的とも取れる、やたらと長い『一言』を、叩き返した。
どうやら、今の二人には、仲直りをする、と言う発想は、これっぽっちも働いていないらしい。
「……その頭の中の、何処をどう血が巡ったら、そんな考えに辿り着くって言うんだっ。私が折角、過去は過去として水に流そうとしているって言うのに。何で私が、君にそんな事を言われなけりゃならないんだいっ? 大体、君って人は、何時もそうだ。自分の言いたい事だけ言って、それっきり、後はどうでもいいんだからっ。ほんっとーにどうしようもなく我が侭で、いい加減で、適当で、寝ても覚めてもギャンブルの事しか考えてなくってっ。生活もだらしなくってっ。私の言葉に耳も貸さない。君みたいな人をね、世間で何と言うか、教えてやろうか? 自己中心的な快楽主義者って言うんだっ」
「てめえっ! どの口でそれを言いやがるっ。ギャンブラーがギャンブルの事しか考えねえのは、当たり前だろうがっ。それを言うなら、お前だって、朝から晩までフィガロ、フィガロって喚きやがるだろっ。俺が我が侭なら、お前は倍掛けで我が侭だろーがっ。ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ、仕事仕事って、うるっせーんだよっ。バテた時だけ懐いてきやがって。てめえは気位の高いお猫様かっ。俺はお前のマタタビかっ? 機械フェチで、女ったらしのエコノミックアニマルっ! 若い身空で過労死しそうな奴に、快楽主義者とか何とか、言われる筋合いは俺にはねえぞっ」
……………………。
これを、世間では。
売り言葉に買い言葉、と言うのであろう。
この喧嘩を聞いている者が、もし、いたとするならば、目眩を覚える程の、掛け値無しに禄でも無い、売り言葉に買い言葉。
果てしなく、果てしなく、当方としては頭痛がするが、二人のこの言い争いが、無限ループの悪循環である事だけは、否めない様で……。
「………………ふぅぅぅん……」
自分が、最愛の恋人に向けて言い放った暴言も、あの世の花畑の彼方に置き去りにして。
ふと、エドガ−は腕を組み、斜に構えてセッツァーを見遣った。
「……何だよ」
「君は、私の事を、そう言う風に思ってたんだ」
「それはこっちの台詞だろ。気位の高いお猫様は、世俗の垢に塗れた人種は、お気に召さないってのが、真相な訳だ」
セッツァーもセッツァーで。
他人を小馬鹿にするような態度を全開にして、煙草を銜えた。
「そんな事、一言も私は言ってない」
「ほう? そうだったか?」
「私は唯。君が、人の話を聞かないって、そう言いたかっただけだ。そう言う君の方こそ、君に比べたら世間知らずな私が、気に入らないと言うのが本音なんだろう?」
「お前が人の事を、快楽主義者だとか言うからだろ。別にお前が気に入らないなんて、言った覚えはねえよ」
「私の事が、嫌いになったんだ」
「……どーして、そう言う発想になるんだ、てめえは」
「だってっ」
──馬鹿馬鹿しい出来事に端を発した、救いようのない喧嘩は。
ここに来て、少し雲行きが変わったのか、とうとう、陛下は拗ね出してしまった。
いい年こいた男の癖して、まるで、女子(おなご)の様だ、と言う思いを、影の声はぐっと飲み込む。
こー言う態度を指して──計算してやっているのか、それとも天然、なのかは神と本人のみぞ知る、と言う奴だが──、セッツァーは、恋人の事を我が侭と評するのだろう。
尤もそんなギャンブラーは、傍若無人に我が侭だが。
唯、こう言う展開になって来ると、どうしたって内心では狼狽えるのが、ギャンブラー殿の長所の一つである。
……本当に、長所だろうか。少し、不安だ。弱点の様な気もする。
「んな事、一言も俺は言ってねえだろうが。何時、俺がお前の事を嫌いになったって、言ったよ」
「さっき」
「言って無い」
「言った。私には、そう取れた」
「エドガ−……」
挙げ句の果て、それまでの勢いは何処へやら、陛下は俯き、悲嘆に暮れた様な表情を作ってしまった。
表情こそ変わらないものの、ギャンブラーはそんな恋人の態度に、少し、声のトーンを潜めてしまった。
そして、こうなって来ると、この手の喧嘩の勝敗は、俄然、陛下へと軍配が傾き出す。
影の声としては、どっちが勝っても構わないので、とっとと勝敗を決して欲しい。
結局、この二人の罵り合いは、どれだけの暴言が飛び交おうとも、所詮、犬も食わない、他人の『舌』には甘いだけの、食えたもんじゃ無い代物なのだから。
「……っとにてめえは……。──悪かったっ。言い過ぎたっ。別に俺は、お前の事が嫌いになった訳じゃないっ。……これでいいだろっ。あーもー、好きにしろっ。俺が悪かったよ。全部、俺が悪い」
──軍配、上がる。
ギャンブラー殿は、銜えていた煙草を苛々と揉み消して、ぶっきらぼうにそう告げた。
内心では、勝った、と、ほくそ笑んだのかどうかは……影の声にも判らないが、その瞬間、パッと陛下はにこやかに笑った。
「本当に、そう思ってる?」
「ああ、思ってる。誓ってもいい。だから、いい加減、機嫌を直せ、頼むから。何も彼も俺が悪かった、それでいいから。お前の言う事なら何でも聞いてやるから。悲壮な発想するのだけは勘弁してくれ」
「……一寸、言葉尻が気に入らないけど。まあ、いいか」
うっかりと、ほとほと、困り果てた様な声を出してしまった恋人に、益々上機嫌そうな、ニコパ、な笑いを陛下は向けた。
そして、彼は。
「ねえ、セッツァー?」
後ろ手に腕を組んで、心底嬉しそうに、セッツァーに近付く。
「何だ」
「何でも、言う事を聞く、と今、言ったな?」
そりゃあもう、楽しそうに陛下は、間近に迫った恋人の顔を見上げた。
「……言った」
「じゃあ、教えて貰おうかなあ。結局、君とmiss.ダリルの関係って?」
「お前、未だそれを言うかっ!」
…………甘い顔をするんじゃなかった、と。
ギャンブラーはこめかみに若干の青筋を立てて、憤慨で染まりそうな紫の瞳を、目蓋で被った。
「……ねえ、結局」
「ん?」
「どうなると思う? この喧嘩」
「さてね。放っておけば、その内に納まるんじゃない? 何時もの事よ。ほんとに馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。同じネタで飽きもせず、言い争ってるんですもの」
「まあ、確かに飽きないで、良くもあれだけ、揉められるとは思うけど。端で聞いてると、ノロケみたいだけどねえ」
「……ノロケねえ。ノロケってよりは──。ま、いいわ。戻りましょ、ティナ。馬鹿な男共の犬も食わない喧嘩なんて聞いてても、切り無いわ」
「そうね。戻りましょっか。飽きちゃったし。それにしても男って」
「馬鹿よねえええええ。あー、御馳走様でした。お腹一杯だわ」
──キャビンの一室で。
エドガ−とセッツァーの二人が、終わりそうもない、無限ループの喧嘩をしていたその時。
扉の外で、じっと聞き耳を立てていた、ティナとセリスの二人がいた。
だが、彼女達は、結局、彼等のやり取りが、取り様によっては、馬鹿馬鹿しいを通り越して、じゃれ合いよりも質の悪いそれだと言う事に気付くや否や、呆れた様に踵を返し、ロビーへと戻って行った。
後々、この冒険の旅が終わった後。
彼等をからかう──又の名を脅迫とも言うのかも知れないが──格好のネタが又一つ増えた事だけに、満足を覚えながら。
「だから、君って人はっ!」
「いい加減にしろっ! 何でそうなるんだよっ!」
「君がそう言ったからだろうっ!」
「それをたった今言ったのは、お前だろうがああっ!」
室内からは、未だ、声高な、二人の言い争いが洩れていた。
まあ、仲が良い程喧嘩をするのだと言う格言も、この世には存在している事だし。
今夜一晩掛けても終わりそうにない、情けない言い争いも、そう思えば微笑ましいのだろう……多分。
末永く、手に手を取って、仲良く罵り合いながら、彼等には人生の道中を歩んで欲しいものだ。
例え、人生と言う名の旅であろうとも、『お笑い三度笠』であった方が、旅は愉快だろうし。…………そう、多分。
そうそう。
最後に一つだけ、付け加えておこう。
ティナとセリス同様、影の声も、陛下とギャンブラーの、果てない言い争いを聞き続ける事に疲れてしまったので。
この喧嘩の決着が、どの様に付いたのかは、当事者以外には、永遠の謎のままである。
ご了承を。
キリ番をゲットして下さった夜中妖子さんのリクエストにお答えして。
『scene』と云う小説の続きを、海野は書かせて戴いたのですが。
申し訳有りません。こんなにこんなにこんなにこんなに、お待たせしてしまって(涙)。しかも、前作同様、余り、意味もヤマも落ちもないかも知れません…………。
やはり私は余り、コメディラインな作品は、向いていないのかも……と思う今日この頃。気に入って戴けましたでしょうか、夜中さん。