九龍妖魔學園紀×東京魔人學園伝奇

『始まりの都より ―2005―』

〜そして、風詠みて、水流れし都 ―2004― 外伝〜

──2005年 03月31日──

麗らかな春の一日となった、その日。

二〇〇五年、三月三十日、水曜。

それより半月程前の三月十一日、どうしても出席したかった、私立・天香学園高等学校の、平成十六年度卒業式の開式に間に合うように、JR新宿駅の山手線ホームを全力疾走し、駆け上がった、南口に通じる昇りエスカレーターの頂上で、ぶつかりそうになった老婆を避け損ね、息急き切って昇ったばかりのそこからホームまで思い切り転がり落ち、両脚骨折の憂き目に遭った、国際的なトレジャー・ハンターギルドのロゼッタ協会に所属する若きトレジャー・ハンター、葉佩九龍は、入院先の、桜ヶ丘中央病院を無事退院した。

だから、翌、三十一日、木曜。

九龍と、親友という意味でも、相棒という意味でも、恋人という意味でも、『家族』という意味でも『連れ合い』である皆守甲太郎の二人は、二〇〇四年九月よりこっち、半年間の月日をドタバタと過ごす間に、彼等共に揃って、実の兄達のように慕える関係を築き上げた、緋勇龍麻と蓬莱寺京一の二人に誘われ、新宿駅東口前広場へ向かった。

今生の『黄龍の器』と『剣聖』という、世界中何処を探しても彼等以外に持ち得る者はいない、『珍しい肩書き』を持って生まれた龍麻と京一が、九龍と甲太郎を誘い出した際の文句は、九龍の退院祝いと、彼が入院してしまった所為で繰り延べになってしまっていた、九龍と甲太郎の高校卒業祝いを兼ねた食事でもしよう、だった。

四月一日──明日には、ロゼッタのハンターである九龍と、九龍が宝探し屋を続ける限り、彼の専属バディを務めると定めた甲太郎は、ロゼッタの本部があるカイロへ旅立つ予定だったが、この機会を逃したら、今度は何時、四人揃っての食事が出来るか判らないからと、二つ返事で誘いを受けた。

彼等が在籍していた天香学園の地下に眠っていた遺跡絡みの事件に首を突っ込んだ所為で、自分達の仲間内に、うっかりしたら返し切れぬ程の借りを作ってしまった龍麻と京一も、何とか、相応の借りを返し終えたからと、又、何処へ旅立つと定めていて、その為の支度に追われる忙しい身ではあったけれど、龍麻達は、この機会を逃したら、もう二度と、九龍達には会えないだろうと思い込んでいたので、何とか時間を作り、少年達を誘い出した。

……と、まあ、そういう訳で、三十日に引き続き、麗らかな春の日となった三月最後の日の昼少し前、新宿駅東口で落ち合った四人は、桜の花咲き乱れる新宿中央公園へ先ずは向かい、花見の真似事をしてから、都庁近くにある、ちょっぴり気の利いた食事をさせてくれる店へ傾れ込んで。

「美味しかったー!」

ランチにしては少々重かった食事を終え、店を出た途端、満足そうな声を上げつつ、九龍は、ポン、とおどけながら自分の腹を叩いた。

「俺等も初めて入った店だったけど、確かに美味かったなー」

入口を潜るや否や、何時でも何処でも手にしている紫の竹刀袋を肩に担ぎ直し、京一も、しみじみ頷き。

「正直、京一さんと龍麻さんに連れてかれる店は、ラーメン屋かな? とか思ってましたよ、俺」

「……直ぐそこに、コーコーの頃、殆ど毎日通ってた美味いラーメン屋があるぜ? 王華っつーんだけどよ。……行くか?」

「勘弁してくれ……。──俺も、正直、あんた達に連れてかれる店が、こんな店だとは思わなかった」

「友達に教えて貰ったんだ。美里さんって言う、俺達の母校で国語の教師やってる人に」

満腹で幸せー! な顔をしているくせに、お勧めのラーメン屋が近所に、と言い出した京一を、あからさまに嫌そうに見る甲太郎に、龍麻が、『情報』の出所をバラした。

「成程。女性の口コミって奴ですか」

「うん。食事処のことは、女性に訊くのが一番かなー、ってね」

「女ってな、好きだよな、そういうの」

「……確かに」

店を後にした彼等は、そんな風に他愛無いことを言い合いつつ、暫し歩道を行き。

「………………ん?」

「京一? 電話?」

「ああ。────げ。家からだ。お袋か……?」

ふと、ブルゾンの内ポケットで鳴り始めた携帯を取り出した京一は、開いた液晶画面に浮かび上がる発信者名に、渋い顔を作った。

「出なよ、とっとと。おばさん、京一の前では何も言わないけど、この間、去年の九月には日本に帰って来てたくせに、三月になるまで連絡も寄越さなかった、って、一寸零してたよ?」

実家からの電話だと知るや否や、今にも携帯の電源を落としそうな風情を見せた京一に、彼の両親に気に入られている龍麻は釘を刺し。

「わーってるって。言われなくても、ちゃんと出るっての」

舌打ちしつつも京一は、少年達に軽く詫びてから、歩道の隅に寄り、携帯を耳に当てた。

「はい。……ああ、やっぱお袋…………、って……。……はあ? ────いきなり怒鳴るんじゃねえよ、何言ってんのか判んねえだろうがっ! ……不義理、って……。知らねえっての、問答無用で説教喰らわなきゃなんねえような不義理、俺が何時、誰相手にカマしたってんだ、言えるもんなら言ってみやがれっ! …………あ? 今直ぐ? ……って、おいっ。一寸待てっ! てめぇの息子の話くらい、きちんと聞きやがれっ! この……っっ……。────ちっ。切りやがった……」

と、途端彼は、電話越し、母親との怒鳴り合いを始め、何時ものことと知っている龍麻は、のほほんと、九龍と甲太郎は目を瞠って、怒鳴り続ける彼を見詰めている内に、一方的に、彼の母によって、やり合いは打ち切られたらしく。

「おばさん、何だって?」

「それが……。何言ってやがったんだか、俺にもよく判んねえんだけど、兎に角、今直ぐ帰って来い、だとよ。不義理がどうとか、世話になった人にどうたらとか、訳判んねえことも言ってたな」

「ふうん……。どうする?」

「あの剣幕じゃ、一旦帰らなけりゃ、何度でも電話掛けて来るだろうからなあ……。──お、そうだ。ひーちゃん。お前等も。一寸、俺ん家に付き合え。どうせ、お袋のこったから、実の処は大した用じゃねえ。ちょいと顔出しゃ気も済むだろ」

「ん、判った」

「いいですよー、付き合いますよー。京一さんの実家って、一寸興味ありますし」

「仕方無いな……」

母の言い付けは、きっと、言われた程大したことではない、数分だけ顔を出せば済む用事なのだろうと踏んだ京一は、龍麻や九龍や甲太郎を連れたまま、生家に向かおうと決めた。