西新宿の住宅街の一角に位置する京一の生家は、長年の風雨に堪えて来た、木造二階建ての少々古めかしい家屋で、食事を摂った店から中央公園を突っ切るルートで、徒歩十数分で辿り着いた日本建築家屋を眺め上げた九龍と甲太郎が、「らしい……」と思わず呟いたのを尻目に、京一と、幾度となくその門を潜って来た龍麻は、ひょいっと玄関から中へと首を突っ込んだ。

「おーーい。お袋ー? 帰ったぜ? 何だよ、用事って」

三和土に立ったまま、京一が声を張り上げ。

「こんにちは」

龍麻が、やはり大きめな声で訪問を告げれば。

一階廊下の東側の突き当たりにある居間より、彼等を出迎える者の気配が湧いた、が。

「…………よう。帰ったか、馬鹿弟子」

「……はあああああ? な、何で、あんたがここに居んだよっ!?」

さして長くない廊下を辿り、玄関へと出、彼等を迎えたのは、京一の母でなく、剣の師、だった。

「……………………で?」

「で? ってな、随分な言い種だな、馬鹿弟子。てめぇの師匠捕まえて」

「うるせぇな。四の五の御託ほざきやがる前に、何がどうしてどうなってるのか、きっちり説明しやがれ、馬鹿シショー」

──京一以外は誰も面識がなかった、彼の師匠の登場に、龍麻や九龍や甲太郎は固より、京一も、「何事?」と玄関先で固まったが、「いいから、とっとと上がれ」と、まるで、ここが己の家であるかの如く振る舞う男に促され、何が何やら、と思いつつ、一同は居間へと傾れ込み。

全員に茶だけを出して、「後はご自由に」と、母がさっさと何処かへ出掛けてしまうのを待って、京一は、この上もなく不機嫌そうに腕を組みながら、対面の師を睨み付けた。

そうされても、師である男は、しれっと、余裕綽々の顔付きで、湯飲み茶碗を持ち上げていたが。

「えっと……、京一? こちらは…………?」

彼等の、馬鹿弟子、馬鹿シショー、のやり取りから、見た目は三十代前半程度の年齢と映る眼前の男は、話には聞いている京一の剣の師匠なのだろうと察し、どうにも師に噛み付きたくて仕方無い風な京一の態度を鑑みて、龍麻が、建設的に話を進める努力を始めた。

「あ、ああ。ひーちゃんには話したことあるだろ? 俺の、馬鹿シショー」

「馬鹿は余計だ、馬鹿弟子。──俺は、神夷京士浪かむいきょうしろう。一応、その馬鹿の剣の師匠だ。お前、緋勇龍麻、だろ? ……親父よりも、お袋に似てんな、お前。…………宜しくな」

相手が相手なのだから、もう少し殊勝になれ、と服の裾を引きつつ尋ねて来た龍麻に、京一は、酷く簡潔に師を紹介し、見遣られた師──神夷は、ずるずると茶を啜りながら龍麻を見返して、弟子が浮かべる笑みとよく似たそれを拵えた。

「え? 親父とお袋って……、俺の、ですか? …………あ! そうか、神夷さん、封龍の里の戦いの時………………」

笑いながら、母親似だ、と言われ、一瞬のみきょとんとし、直後、神夷も又、己の実の父達と共に、二十四年前、中国にて柳生と戦った、との話を思い出した龍麻は目を見開き。

「ほんで? 馬鹿弟子、そっちの餓鬼共は?」

「こっちの二人は、俺とひーちゃんの弟分」

「葉佩九龍です! 初めまして!」

「……皆守甲太郎」

神夷に視線を送られ、九龍は常通り目一杯の親愛を込めて、甲太郎はぶっきらぼうに、名を名乗った。

「ふーーん。弟分、なあ……。……ま、宜しくな」

にこにこしている元気一杯の九龍と、探るような目を見せる甲太郎を暫し見比べ、京一のそれに瓜二つの、赤茶のざんばら髪を掻き上げる風にしながら、神夷は、少しだけ困った感じに口許を歪める。

「あーーーのーーー……」

「ん?」

「神夷さんって、京一さんのご親戚ですか?」

その刹那のみ、神夷が漂わせた困惑の風情を流し、九龍は、先程から訊きたくて仕方無かったことを、好奇心に従い尋ねた。

玄関先で神夷と対面した際、「京一さんの師匠って、実はお父さん? 見た目、京一さんみたいなでっかい子がいるとは思えないけど……、でも、お父さん?」と彼は思わず考え込んでしまったくらい、神夷と京一の面も風情も、それはそれはよく似ていたから。

京一は、今時の青年のスタンダード、と言える格好をしているし、神夷は、人によっては時代錯誤と例えるだろうような、江戸時代の素浪人の如き身支度をしているので、パッと見、彼等の共通点は、赤茶の髪と、似通った声だけだと通りすがりの他人などは思うだろうが、よく見比べれば、瞳の鳶色も、面の造作も、親子と思う者がいても不思議ではないまでに似ていた。

京一が、後十程の歳を取ったら、神夷そっくりになるだろう程に。

「…………いや」

二人を見比べ、思うまま問うた九龍に、神夷は一瞬の間の後、ゆるりと首を振った。

他人の空似だ、と言わんばかりに。

「あ、そうなんですか。京一さんと神夷さんが、あんまりにもよく似てたんで、てっきり」

「九龍。こいつと俺が親戚だなんて、ゾッとしねえこと言ってんな。──で? 師匠。何の用だよ。お袋に、何吹き込みやがった? あんたがここに来たのは、俺があんたに弟子入りするって決めた時だけの筈なのに、何で、てめえの家みたいな顔してここに居やがんだ」

と、ゆるりとした空気で続いて行く与太話に、とうとう京一がキレて。

キレた彼は、ガルル……、と獣のような唸り声を洩らしつつ、又、師を睨み付けた。

「…………ああ、お前は知らねえんだな。もう、二年前、か? 中国の山ん中でばったり行き会ったお前と別れて直ぐの頃から、ここに、ちょくちょく繋ぎ入れさせて貰ってたんだよ。あの時、訊いたじゃねえか。両親ふたおやにくらいは便りをしてるか? って。そしたらお前が、てめぇ自身で言ったろうが。龍麻にうるさく言われるから、半年に一度くらいは報せを入れてる、ってな。お前が今言った通り、今でも青いお前のケツがもっと青かった時分、俺が、二年もお前のこと預かってたってのを、忘れちまうような女じゃねえからな、お前のお袋さんは。中国でお前に会ったって話して、お前のことが気掛かりだから、とか何とか言ったら、お前から便りがあったら知らせてくれると言ってくれてよ。実際、お前が日本に帰って来たって報せてくれて、ほんじゃあってんで、今朝、ここを訪ねたら、何くれとなく世話も焼いてくれたぜ」

「ケツが青いとか何とか言ってんじゃねえよ、ムカつくな。──だからっ! 何で、そんなことしたのかって訊いてんだよ、俺は。何で、わざわざここに来て、俺のこと呼び出したのかって話だよっ!」

「不肖の馬鹿弟子のことを、それでも気に掛けてやる、師匠の有り難い心遣い、ってトコで、どうだ?」

「……大ボラこいてんなよ?」

「相変わらず、ヒヨッコのくせにうるせぇな、てめぇは。──お袋さんに、お前の不義理がどうたらこうたら、あることないこと吹き込んでまで呼び出したんだ。用があるに決まってんじゃねえか」

「だ・か・ら! 何のっ! 何の用だっ!?」

不肖の弟子に睨まれても怒鳴られても、神夷は飄々と話を続け、ゆるゆる茶を啜り。

故に京一は、益々、一人エキサイトし。

この師弟は、仲が良いんだろうか、悪いんだろうか、と悩み始めた、京一と神夷に置き去りにされがちな龍麻達三人が、無言のまま、じーーー……っと二人を見詰めたら。

「馬鹿弟子。…………いや、京一」

「……何だよ」

「立ち合え。俺と」

トン……、と茶托に湯飲みを落とし、神夷は、弟子を見遣る瞳の色を変えた。