九龍妖魔學園紀×東京魔人學園伝奇
『終わりの都から ―2005―』
〜そして、風詠みて、水流れし都 ―2004― 外伝〜
満開の桜舞い散る真神学園を後にしたは良かったものの。
今時の青少年四名に囲まれた、時代劇の中から飛び出て来たような、時代錯誤としか言い様の無い出で立ちの男性二人、というのは、それだけで人目を引きまくる気がして、真神学園を囲む壁沿いの公道を歩き出して直ぐさま、青少年四名は足を止めた。
時代錯誤な男性二人──京梧と龍斗が纏っている衣装だけでも人目を引くに充分なのに、彼等の面立ちは、青年──二人の子孫である京一と龍麻に似過ぎているから、充分過ぎる程人目を引いた挙げ句、この一団の関係は如何なるものなのだろう、と擦れ違う者達に変な勘繰りをされそうだったし、そうでなくとも、京梧も龍斗も、京一も龍麻も、少年二人──甲太郎も九龍も、幸か不幸か、『単品』でも注視の的になる容姿を持って生まれているので、きょとん、とし始めた『時代錯誤二名』を置き去りに、青少年四名は、「どうする……?」と道端で話し合い、少々揉めた果て、せめて龍斗だけでもと、最も体型の近い龍麻のコートを無理矢理、龍麻と九龍の二人掛かりで羽織らせ、その隙に、京一と甲太郎は大通りへ駆けて、六人連れでも一度に乗れるワゴンタイプのタクシーを捕まえて来て、何とか彼んとか。
さながら、逃亡者か犯罪者の如くな風情で、一行は、現在の京一と龍麻の『仮住まい』である、マンスリータイプのマンションへ傾れ込んだ。
──京一と龍麻が二月から借りているマンスリー契約のマンションは、彼等二人共に土地勘のある西新宿の外れにあって、京一の実家も割合に近く、立地はそれなりではあったが、二人は本当に、数ヶ月を過ごせればそれで、とのつもりでそこを借りたので、広さは1Kしかなく。
男ばかりが六人も上がり込んだら、それだけで一杯一杯になるのは目に見えていたが、今はそんな贅沢を言っている場合ではないからと、ああだこうだとうるさい京梧と、単に驚いているのか、現代の有様に思考が追い付かぬのか、然もなくば、例の『皆』と一人語り合っているのか、タクシーに押し込んだ直後より、ぽかん、と口を半開きにしたまま黙ってしまった龍斗の背中を押しつつ、マンションの階段を登って。
…………途端。
青少年四名が『講師』の、緋勇龍斗を生徒とした、『現代社会講座』が否応無しに始まった。
「…………………………龍麻? それは、何だ?」
────漸く辿り着いた部屋の前で、龍麻が、部屋の鍵をポケットから取り出した時だった。
それまで、酷く不思議そうに、タクシーの車窓を流れる新宿の町並みを見詰めたり、青少年四人のやることなすこと語ることを眺めているだけだった龍斗が、徐に問いを口にした。
「え? ……あ、ああああ。えーと、鍵です。家の鍵」
「鍵? 土蔵でもないのに? 心張り棒では駄目なのか?」
「……心張り棒…………。い、今の時代は、色々と物騒なんです。そういうもんだと思って下さい、ご先祖」
「そうなのか」
「そうです」
心張り棒って、時代劇とかに出て来る、戸の突っかい棒だった筈……、と質問の内容に仰け反りつつ、「そこからもう疑問なんだ、本当に、一から十まで教えなきゃ駄目なんだ……」と唇の端を引き攣らせながら龍麻は愛想笑いを浮かべ、
「うわー、リアルで聞いた、心張り棒! 甲ちゃん、俺、感動した!」
「感動することじゃないだろ、馬鹿。龍斗さんにしてみれば、それが普通のことなんだ」
「……あ、そっか。御免なさい」
彼等のやり取りに、ついうっかり握り拳を固めてしまった九龍は、甲太郎に嗜められて、慌てて龍斗に謝って、
「…………頑張れよ、シショー」
「……だから。余計な世話だ」
若干、哀れみの籠った目で京一は師を見遣り、「俺も辿った道を、ひーちゃんも辿るんだなー」と京梧は、弟子の頭をぶん殴りながら、一人感じ入った。
「ま、まあ、兎に角、中入りませんか? 狭いですけど……」
そんな風に、仮住まいの玄関を潜る前より『騒ぎ』は始まって、中に入ったら入ったで、土間がない、竃がない、そう言えば、井戸は何処に? と矢継ぎ早に『現代初心者』な龍斗よりの質問攻撃は続いた。
適当に座っていて下さいと、何とか部屋の奥へ押し込め、茶の一つも淹れようとすれば、ヤカンを乗せた電熱タイプのコンロを指差し、「どうして火も焚かずに湯が沸くのか」と来て、一部より出た、腹が減った、の声を鎮めるべく、出前でも取ろうかと携帯電話を取り出せば、「それは何だ?」と来て。
その都度、あれはああなって、これはああなって……、と『講師』四人は対応に追われ……やがて彼等は、四人揃ってフローリングの床と仲良くなるまで疲れ果てる羽目になった。
一四〇年弱にもなる『ジェネレーションギャップ』を埋めるのが、これ程の苦労を伴うこととは思わなかった……、と。
だのに、そんな彼等を尻目に、さっさと『現代初心者』に一から十までを教える役目を年下達に振って、のんびり茶を啜っているだけだった京梧を捕まえ、龍斗は、興奮気味に目を輝かせながら、「今のこの世は凄い!」と話し込み始めてしまい。
「………………『メルヘンの世界の人』は、『メルヘンの世界の人』だけあって、無邪気ですな……」
「うん…………。無邪気と言うか、子供みたいと言うか……。ホント、色んな意味で無敵かも知れない、家のご先祖……」
「……誰かよー、現代を生きる為のマニュアルか何か書いてやれよ……」
「幕末生まれの龍斗さんに、現代文が読めるならな。ま、無理だろうが……」
何時までも賑やかに、が和やかに、尽きることない話を続ける年長二人を横目で眺め、ぐったり、床に懐き続けるしかない青少年四人はぼやいた。
が、そうこうする内、やがて、『メルヘンの世界の人』の子孫なことだけはあるのか、先ず、何とか龍麻が立ち直って──と言うよりは開き直って、何時まで経っても口を閉じない龍斗を引き摺り風呂に叩き込み、きっと、風呂場の使い方も判らないだろうと、そのまま彼も、共に狭いバスルームに籠り切りになって。
龍斗を龍麻に取られ、少々詰まらなそうな気配を漂わせ始めた京梧の相手を九龍と甲太郎が勤める隙に、京一は、近所に、酒と京梧に頼まれた団子を買いに走って。
蕎麦屋の出前で腹を満たした一同は、今夜は呑んで寝てしまうのが吉だとばかりに、宵の口が終わる頃、酒盛りを始めた。