済し崩し的に、後は野となれ山となれ理論で、男六人が詰めるには狭い部屋の中で酒盛りを始め。
「……むかーーーしも、見た覚えあるけどよ。何であんた、団子食いながらポン酒呑めんだよ。しかも、餡子たっぷりの。……うぇ……」
「何だ、馬鹿弟子。てめぇ、その歳になっても、団子を肴に酒を呑む美味さが判んねぇのか? 未だ未だだな」
「………………判りたくねえよ。つか、死んでも判んねえよ、シショー……」
「あ……甘い物、強いですね、龍斗さん…………」
「ああ。好物だ。……龍麻、お前もどうだ? 美味いぞ?」
「………………その……。俺は、その……。嫌いじゃないんですが……」
「何だ、不得手か? 九龍は進んでいるのに。──甲太郎と京一も、団子は駄目か?」
「……団子が駄目なんじゃなくて、甘味が駄目なんだ。あんたの食べっぷりを見てるだけで気持ち悪い……」
「えーー、そんなこと言わないで、甲ちゃんもチャレンジしてみればいいのに。美味いよ?」
「九龍、俺等の前で、餡子塗れの団子なんか振り回すんじゃねえ。──そりゃそうとよ、シショー。昼間の、霞雪嶺って技。伝授してくれんだろうな?」
「………………何で、一々、手取り足取り伝授なんざしてやらなきゃなんねぇんだ、馬鹿弟子が。寝恍けたこと言ってんじゃねぇ。得たかったら、何度でも俺に挑んで盗んでけ」
「あっ、そうだ! 龍斗さん、俺も訊きたいことがあったんです。秘拳・黄龍は俺も打てるんですけど、玄武とか朱雀と青龍とか白虎とか、俺、初耳だったんですよ。今には伝わってない技みたいで。だから、色々落ち着いたら、一寸で構わないんで、稽古付けて貰えませんか?」
「伝わっていない? ……そうなのか…………。……判った、なら、暫くした頃にでも」
「………………うわー、甲ちゃん、兄さん達が、物騒なこと言い出してる。この上、もっと『凶悪』になってどーすんだろ、京一さんも龍麻さんも」
「体力馬鹿で、格闘馬鹿で、剣術馬鹿だからな……。だが……、興味が無いと言ったら嘘になるな」
「興味? 甲ちゃんも、兄さん達みたいに、強くなることに興味でも出て来た?」
「まあ……、少し」
────京梧と龍斗と九龍は、餡子たっぷりの団子を肴に、京一と龍麻と甲太郎は、団子より目を背けつつ乾き物を肴に、賑やかに語り合いながらの酒宴を始めて、一時間と少しが経った頃。
「…………うぇ。キた……。もー駄目ぇ…………」
真っ先に、九龍が酒に負けた。
空になったビール缶を握り締めたまま、デロン、と伸びた彼を、部屋の隅に転がしてより、数十分後。
「きょーいちー。団子が襲ってくるぅぅぅ……」
へらへらーっとした笑いと、謎の叫びを残し、龍麻が潰れた。
電池が切れた彼を、伸びたままの九龍の隣に転がし、更に一時間半後。
「……ヤバ、い…………」
今度は、口許を押さえて立ち上がった甲太郎が、トイレに駆け込んだ。
十五分程、ユニットバスの中のトイレスペースを占拠した後、ガアガア寝続ける九龍に懐くようにしながら、彼も又寝て。
「くっそ、呑み負けた……」
短くはない時が流れ、日付が変わって少しした頃、とうとう、京一が玉砕した。
ブチブチ言いながら、小さなキッチンスペースにある冷蔵庫の中のミネラルウォーターを、這うように取りに行く途中、床の上で彼は息絶え。
「……弱いな」
累々と部屋の隅に積み重なっていった酔っ払い達を、チロリ、と眺め、ボソリ、龍斗は呟く。
「お前が強過ぎんだよ。相変わらず、笊通り越して底なしだな、ひーちゃん。俺でも、そろそろきついぜ」
買い出しに行く際、京梧に言い付けられるまま京一が調達して来た、十人分は有にあった団子の山の半分を、ペロッと平らげてみせ、その上、肝臓の出来が異常、と九龍と甲太郎に言わしめた京一が潰れた量と、同量以上の酒を嚥下した挙げ句の龍斗の呟きに、団子の山の三分の一と、龍斗が飲み干したのと等しいだけ酒を食らった京梧は、こめかみを己の掌底で軽く叩きながら苦笑を浮かべた。
「そう……かも知れないな」
「それ以外の何だってんだ。お前にとっちゃ、酒も水だろうに」
「…………ああ。酒も水も、大差ない」
この辺にしておかないと、『屍達』同様、己も又深酒になる、と杯を置きつつ京梧が放った揶揄の言葉に、何故か龍斗は、一瞬の憂いを浮かべる。
「ひーちゃん?」
「…………何でもない。──それにしても、本当に今の世と言うのは、摩訶不思議な所だ」
どうしてそんな、落ち込んだ風な素振りを見せる? と訝しんだ京梧を誤摩化す風に、彼は、チロ、と酔っ払い達の様子を窺い、当分は彼等の誰も意識を取り戻さぬだろうのを確かめると、胡座を掻く京梧の膝上に乗り上げ、そっとしなだれ掛かった。
「まあな。こっちに飛ばされたばかりの頃は、俺も、来る日も来る日も、そんなようなことばっか思ってた。未だに、ピンと来ねぇぜ。何て言やぁいいか、こう……浅草寺の奥山の、見世物小屋によくあった、南蛮渡来の幻術みてぇなモン、見せ付けられてるみたいでな」
「……ああ。お前の言いたいことは解る。確かに、南蛮渡来の幻術と言われたら、うっかり信じそうな程だ。鉄の箱は人を乗せて走るし、街中、夜だと言うのに昼の如く明るいし、蛍光灯、とか言う代物は目に痛いし、火鉢もないのに、家の中は暖かいし。……便利だとは思うが……、風の匂いも水の匂いも、酷く遠くて落ち着かない」
「……確かに。でも、ま、致し方ねぇさ。これが、今の世だ」
「そうだな。……ああ、だが。酒と団子と蕎麦は美味かった。昔よりも」
「気に入ったか?」
「ああ、とても」
まるで座椅子同然に京梧を扱いつつも、縁側でまどろむ猫のように龍斗は彼に懐いて、具合が良いだろう風に龍斗の背を支えながら、京梧は、するりと変えられてしまった話題に付き合った。
「処で、京梧? お前と私が別れたのは、共に、数え二十一の年だった筈なのだが」
「そうだぜ。それがどうかしたか?」
「だと言うのに、何故、お前の背丈は伸びている? 背だけではなく、体まで、一回りか二回り、大きくなったような……。……四十路のくせに」
「くせに、って言い方ぁねぇだろ。──食いもんが良かったんだろ。あの頃は、薬食い、なんて建前立てなけりゃ、ももんじ屋にも行けなかったが、今は何でもありだしな。米の味まで違うぜ?」
「………………ふむ。なら、今の世で過ごしたら、私の背も伸びるのだろうか」
「……いやー……、ひーちゃんは、そのまんまでいいんじゃねぇか?」
「どうして?」
「どうして、って……。んなん、決まってんじゃねぇか。抱き易いからだ」
二人が語り合うことは、今の世に関することから、次第に、互い分たれていた年月を少しずつ埋める為の話へと移って行き。
『年寄り』のくせに、『記憶』の中よりも体躯が立派だ、と龍斗は拗ねて、ぷっと、軽く頬を膨らませた彼を、京梧は笑いながら抱き締め、龍麻が彼に貸し与えた──正しくは強引に着せた──パジャマのボタンを、然りげ無く外そうとした。
「こら。直ぐそこで、龍麻達が寝ているというのに、何を考えているのだ、京梧」
湯上がり、龍麻が留めてくれたボタンを弄る手を、ペシリと龍斗は叩き落とす。
「お前は五年くらい振りだろうが、俺は二十五年振りだ」
「それはそれ、これはこれだ。この先は、もう共にいられるのだから、急く必要などないだろうに」
「急くとか急かないとか、そういう話じゃあねぇと思うがな……」
「だとしても。今はいけない」
それでも、往生際悪く胸許辺りを彷徨う腕を、今度はきつく抓り上げて、けれど龍斗は、詫び代わり、とでも思ったのか、不服そうな京梧の頬に、すりっ……と己の頬を寄せ、眠るべく、瞼を閉じた。