翌、四月二日の朝は、前日の朝とは少々違い、一日が始まり出しても酒に負けていたのは九龍と甲太郎の二人のみで、さっさと寝てしまったが為に、すっきり爽やか元気満タン、な龍麻と、何処となく体を庇う風な素振りを見せつつも、それなりに元気な龍斗と、言うまでもない、な京梧と京一は、玉砕中の年少二人を尻目に、さっさと朝食その他を終え、ゾンビの如くな有様を引き摺りつつ何とか起き出してきた彼等をも、問答無用で荷物持ちとして付き合わせ、京一と龍麻の『仮住まい』から徒歩十分程の所に位置する、その日から暫くの間、京梧と龍斗の『仮住まい』となる部屋へ向かった。

ぶら下げて来た掃除道具を使って簡単に部屋を清掃し、住人となる二人の衣装その他を適当に突っ込んで、造り付けの家具や備え付けの食器その他では補えない、細々とした品を買いに走ったりもして。

引っ越しと言えば引っ越し蕎麦だ、の京梧の主張に基づき、近所の蕎麦屋で遅めの昼食を揃って摂って。

二、三日後には又顔を出すけれど、何か遭ったら何時でも連絡を寄越せと、くどいくらい繰り返した京一と龍麻や、自分達は四月の十日に日本を発つことにしたが、出発前にはもう一度来るから、と言い残して行った九龍と甲太郎を、『仮住まい』の玄関前で、京梧と龍斗は見送った。

「やっと、うるせぇのが消えた」

「又、そういうことを。驚くことばかりだったが、賑やかで楽しい二日だったから。私は少しだけ寂しい気もする」

それじゃあ、又、と別れてからも、ひたすら騒がしい彼等が直ぐそこの角を曲がって行くまでを見送り、やれやれと京梧は溜息を零し、龍斗はくすりと笑う。

「ひーちゃん、お前、本気で言ってやがるか? 俺は御免だぞ、これ以上あのヒヨッコ共に、色々引っ掻き回されるなんざ」

「……京一の口の悪さと天邪鬼な質は、明らかにお前の血だな、京梧。お前を捕まえて、素直になれなどと言うつもりは毛頭ないが、もう少しくらい考えてやっても良かろうに」

忍び笑いつつ、この時代で目覚めてより、ずっと傍にあった『小さな嵐』が急に消えてしまったようで寂しい、と彼が洩らせば、京梧は嫌そうに顔を顰め、が、彼はそんなぼやきは取り合わず、くるりと身を返し、今日からの住まいの入り口を、小首傾げて見遣った。

「ひーちゃん?」

「少なくとも半年、私達は私達二人だけで、ここで暮らすのだな」

「そうだな」

「あの頃の皆の墓を詣でながら、日々のことを覚えて、この時代のことを覚えて、毎日を過ごして。そうして半年経った、今年の秋の盛りの頃には、私も少しは、この時代に馴染んでいるだろうか。今人のようになれているだろうか。その頃には、働き口の一つも掴んでいるといいのだが」

これより始まる『新しい日々』の扉をじっと見詰め、龍斗がそんなことを言えば。

「……それなんだがなあ、ひーちゃん」

思い切ったような声を、京梧は絞った。

「何だ?」

「借りっ放しってな、俺の性にゃ合わねぇ。況してや、借りを作った相手が、あのヒヨッコ共だってなら、尚更。……だから、何時か。何年かが経った時で構わねぇから。あの馬鹿餓鬼共に、この借りを倍返しにしてやりてぇんだが。いいか?」

「きちんと借りを返したいというのには、私も賛成だが。どうやって、倍返しにすると?」

「ん? あのよ……────

思い定めたことを告げる風に龍斗を呼んだ京梧は、どうしたって、様々な意味で『子供』としか思えない彼等に借りを作りっ放しなのは癪に障るからと、何やら、龍斗の耳許で囁き。

「……京梧…………。……ああ、でも、それは良い考えかも知れない」

耳打ちされた話に、一瞬は目を見開いた龍斗も、『良い企み』だ、と顔を綻ばせた。

「俺はもう、『この先の生』の中ですら渇望することなんざ無い。俺は、龍斗、お前を取り戻した。それ以上に望むことなんざない。天下無双の剣も、剣の道の頂も果ても、お前と共に在れば、何時かきっと臨める。俺の『剣』は、お前だから」

「私も、お前と共に辿る『この先』以外、何も要らない。お前さえいてくれれば、何も」

「ああ。────だからよ。俺達は、互いの欲も望みも、一先ずは叶えたから。この先は…………────

「……そうだな。私の手の中にはお前が在って。お前の手の中には私が在って。だから、この先は……────

……そうして彼等は、今は未だ、彼等二人だけの秘密を胸の中へと仕舞い込み。

この先も続く、己達の『生』の為に。

更にその先も続く、『先』の為に。

先ずは、この扉を潜り、『終わりの都』にての『新しい日々』を始めよう、と。

手に手を携え、共に、眼前の小さな扉を潜った。

End

後書きに代えて

本当に、やりたい放題し放題な、外法帖の二人絡みの外伝ですが。

九龍妖魔學園紀×東京魔人學園伝奇『終わりの都から ─2005─ 〜そして、風詠みて、水流れし都 ─2004─ 外伝〜』、お楽しみ頂けましたら幸いです。

……本気で、やりたい放題書いている自覚はあります、申し訳ないです……(汗)。

九龍の本編に沿った話の外伝でありながら、九龍と甲太郎が目一杯脇役ですいません(汗々)。

尚、龍斗の喋り方があんななのは、『大人の都合』です(笑)。男ばかり六人、な話の中で、全員の一人称が『俺』では……(笑)。

──ここまでお付き合い頂けまして、とても嬉しいです。

やっぱり、御先祖様な二人が、やっとこ再会した後どうなって行くのか、そこまでを書かなきゃ駄目な気がする! とか思い、後日談まで書きました。

京梧は二十五年振りに、龍斗は五年くらい振りに、やっと会えたのだから、そりゃー、えろっちいこともするよね! 書くべきだな! とかも思いました、ええ(笑)。

──うちの京梧と龍斗は、京一と龍麻とは、互いの関係の上での立ち位置が、明らかに違います。

先祖と子孫の間柄で、似たような性格してるとは言え、同一人物ではないですし(笑)、外法帖の物語が終わって程無い内に、互いが互いを取り戻すことだけに全精力を注いでしまった二人なので、先祖組の方が、子孫組よりも、多分、互いが互いに注ぐ気持ちの中での色恋要素は強いんじゃないかと思います。

京一と龍麻にとって、互いが互いの唯一無二だとするなら、京梧と龍斗にとって、互いは互いの『人生』なんじゃないかと。

人生そのものであり。全てであり。京一と龍麻にとっても、相手は自分の全てなんだろうなあ、とは思うんですが、子孫組の全てと、先祖組の全ては、又一寸、意味合いが違うと言いますか。そんな感じです。

──でもこれで、先祖組は再会も果たしましたし、現代社会(笑)での生活の基盤も何とかなりましたので、時系列的に、この話よりも未来の出来事に当たる若者達の話の中では、先祖組と子孫組と宝探し屋チームが、益々入り乱れるんじゃないかと(笑)。

……この辺のシリーズ、無法地帯のような話になって行くかと思いますが、そちらも、お付き合い頂けましたら幸いです。

未だ、書いてませんけどね(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。