そう。
九龍自身がサラーに告げた通り、彼は生まれ持った血と運命に基づき、十代後半にして有名を馳せるトレジャー・ハンターであるだけでなく、将来、ロゼッタ協会のトップとなることすら定められている。
そんな、どの角度から鑑みても、宝探し屋としてはサラブレッド中のサラブレッドな彼が、ロゼッタ協会にわざわざ『新人宝探し屋』として登録したのは、ロゼッタに籍を置かぬ者には決して知り得ぬ情報を欲したからだ。
協会所属の新人宝探し屋として、『葉佩九龍』には本来必要無い、腕試し的な仕事に彼を大人しく従事させるまでに『背に腹は代えられぬ情報
────日本国東京都新宿区。
……何時の頃からか、その一角に、古
その伝説の本
己自身も、その名を知らぬ者は宝探し屋では無い、とさえ言わしめる己が一族の誰も、未だに拝んだことの無い《秘宝》──しかも、自身の出身地である日本の東京に、大昔から奪取を免れ続けている宝が在るなどと、善くも悪くも生粋の宝探し屋である九龍には、我慢出来ぬ事実だった。
故に彼は、未だ見ぬ宝の存在を知った時より、必ずや我が手に、と東奔西走してきたのだが、調べを進めていく内に、壁にぶち当たった。
──新宿の地下深くに眠ると言い伝えられる《秘宝》を欲しているのは、九龍だけではない。
有名なハンターから無名なハンターまで、数え切れぬ同業者が、伝説の《秘宝》を手にしようと目論んでいる。
それは何も、件の《秘宝》に限った話ではなく、世の宝の大抵が、宝探し屋達の争奪戦に巻き込まれる運命にある。
到底一筋縄ではいかない、曲者揃いのハンター達が引き起こす宝の争奪戦は壮絶で、共倒れになるケースも多く、全く以て嘆かわしい事態だと、揃って己を棚に上げたハンター達は、お宝を──主に同業者から──守る為と、厄介事の数を減らす為に、ロゼッタとは又違う、言わば宝探し屋の国連のような組合を何時しか作り上げた。
全世界の宝探し屋の約九割──言うまでもなく九龍も──が所属しているその組合は、『有名な宝』への『挑戦権』に関するハンター間の調停役も兼ねており、どのような経緯を辿ったのやら、九龍が欲している新宿の地下に眠る例の宝への『組合公認挑戦権』は、現在、ロゼッタ協会が握っている。
勿論、そんな権利など無視して動くことは可能だが、それは、葉佩家の現当主である九龍にも犯せなかった。
組合での取り決めを破るのは、世界中のトレジャー・ハンター全てを敵に回すに等しいのだ。
なので、それは流石に今後の商売がやり辛い、とロゼッタを出し抜く方法に見切りを付けた九龍は、だと言うなら、挑戦権の恩恵に預かれる立場になればいいんだろう? という至極単純な結論に達し、親戚でもある現協会長に連絡を取った。
……という訳で。
残念ながら実子に恵まれず、以前より葉佩家の誰かを養子に、と切望していた現ロゼッタ協会長は、九龍の魂胆を百も承知の上で、彼がちらつかせた『跡を継いでもいい』とのカードに目を眩ませ、彼を協会所属の新人ハンターとして迎え入れた。
但、葉佩九龍を知る者から見れば茶番でしかないそれでも、一応は立場と建前が協会長にはあるので、実力がどうあれ、新人が必ず熟さなくてはならない腕試し的な仕事は、九龍にも与えられることになり。
だから彼は、協会内でのお約束に従い、ハンターではないにも拘らず、ロゼッタ内では重鎮扱いされているサラーをバディとして伴い、今、ヘラクレイオン遺跡へ、と。
大抵が二階建ての一般家屋ばかりで埋め尽くされた住宅街の一角に聳立
「……ったく…………」
この数日、ずっと機嫌を悪くしていた所為もあり、立ちはだかる、との言葉を想像させる雰囲気を纏う、良く言えば歴史ある風情の校舎が、彼には甚
────ロゼッタ協会所属の新人宝探し屋としてデビュー戦を果たしたあの日より、九龍の機嫌は悪かった。
その日の日付は二〇〇四年九月二十一日だったから、既に十二日が経過した計算になるが、その間、ずっと彼は腹の中で、一人の老人と、一つの組織を罵り続けていた。
…………超一流、と冠しても決して大袈裟ではないトレジャー・ハントの腕前を持つ彼には、協会が用意したヘラクレイオン遺跡探索の任務など、拍子抜けする程に簡単な仕事だった。
内心、どうして、今まで誰もこんな遺跡が踏破出来なかったんだ、ロゼッタのハンターはヘボ揃いなのか? と思ったくらいだった。
だが、明確な目的を以てロゼッタ協会員となった九龍にとって、通過儀礼でしかない本命以下の仕事など軽いに越したことは無く、彼は上機嫌で遺跡内部を探索し、定番通り現れた《墓守》をさらりと伸
その時のドタバタは、遺跡を荒らした九龍とサラーに怒り狂った、遺跡に巣食う亡霊達が出現してくれたお陰で何とかはなったものの、一時避難場所として目指した、サラーの記憶にはあった砂漠のオアシスは疾っくに涸れていて、予定外に砂漠にてのサバイバルを強いられた所為で二人は遭難し掛け、協会が派遣した救助隊に救われるとの無様を晒す羽目になり。
レリック・ドーンの襲撃を予測出来なかっただけでなく、文字通り新人のような失態をやらかした己に、あの日以来、九龍は延々立腹していて、レリック・ドーンやシュミット総帥へは悪態を吐きまくっていた。
何時か絶対、落とし前を付けてやる、首を洗って待っていろ、と。
そして、そんな最低の気分を引き摺ったまま、彼は今、目前の次なる任務地──即ち、古ぼけた四階建ての校舎を有する私立学園に一人八つ当たりをしていた。
しかし。
深呼吸を一つしてから、彼は、気分を塗り替えるように、協会より支給された高性能端末機──通称を『H.A.N.T』と言うそれを取り出して、エジプトから、ここ、日本の東京へと向かう最中に受け取った探索要請メールに再び目を落とした。
──日本にて、超古代文明にまつわる遺跡の存在を確認。
場所は、東京都新宿区に所在する全寮制『天香學園高等学校』敷地内。
本メールを受信した担当ハンターは準備が整い次第、現地へ急行せよ。
────そんな、必要最低限の文章で構成された探索要請に、九龍は秘かに口角を持ち上げる。
どう堪えても、顔が綻んでいくのを彼には止められなかった。
天香学園内の何処かに眠っているという、超古代文明にまつわる遺跡。
そして、そこに隠されている筈の《秘宝》。
それこそが、親兄弟を全て亡
……私立の高等学校という、宝探しには余りそぐわぬ場所に秘められた宝が何なのかまでは、九龍にも判らない。
そこに、古の時代より宝探し屋の手を免れ続けている秘宝が在
それでも彼は、どうしても、それが欲しかった。
正体が何であろうと彼には構わないのだ。
己
この世界の何処かで眠り続ける、ありとあらゆる宝は全て己の物だと、本気で彼は思っている。
────この世の宝の全てを手にすること。眠る宝を探し続けること。
それが、彼自身で定めた、彼の人生だから。
……そう。
彼にとって、宝こそ我が人生。
………………だから、九龍は。
この数日抱え続けてきた機嫌の悪さを綺麗さっぱり打ち捨て、目指した秘宝に挑む際、常に覚える至上の喜びと快楽に、とっぷり己を浸しながら天香学園の正門を潜った。