二〇〇四年 九月二十日 そして、九月二十一日 ──皆守甲太郎──

二〇〇四年 九月二十日。

彼、皆守甲太郎にとって『運命の日』となる、二〇〇四年九月二十一日前日のことだった。

────何年前だったか、ハッピーマンデー法とやらが施行された為、その年の敬老の日に当てられ祝日だったその日、所属する、日本国東京都新宿区に所在する全寮制私立学園『天香學園高等学校』の、良く言えば歴史ある、悪く言えば古ぼけた、吹き曝しの校舎屋上へと、彼は、学園の《生徒会長》阿門帝等に呼び出された。

……この、天香という私立高校の有り様は、少々異端だ。

本来なら教師達が定める筈の校則も含め、全てを《生徒会》が牛耳っている。

あらゆる事柄の決定権も、生徒達を導く役目も、本来なら学生に依る自主的な自治組織でしかない一機関が握っている。

その理由は、学園が、決して世に暴かれる訳にはいかない二つの『秘密』を隠し持っているからだ。

…………天香学園は、学び舎という場所柄には相応しくない、広大とも言える墓地を敷地内に有している。

その地下に、古の頃より《秘宝》を内包しつつ眠り続けている、超古代文明にまつわる巨大遺跡が息を潜めている墓地を。

それが、学園が隠し持つ『秘密』の一つ目であり、『秘密』の二つ目は、件の《遺跡》を何者にも暴かれぬように守り続ける、学園創始者であり現理事長でもある阿門一族と、代々の《生徒会長》と、《生徒会長》より任命された《生徒会役員》の存在だ。

この二つの秘密を守る為──何よりも、墓地々下に眠る《遺跡》と《秘宝》の為、設立当初から、この学園の《生徒会》及び《生徒会長》は、有り得ぬとしか言い様の無い『権力』を手にし、現在までも、学内を。

──甲太郎は、そんな《生徒会》の役員の一人だ。

一般生徒はもとより、教職員達も、《生徒会役員》の一部すらその正体を知らない、秘密裏に、《墓》──件の遺跡を犯す墓盗人達を処分する者の筆頭である《生徒会副会長》、それが、天香学園に於ける彼の本当の役割であり、正体だ。

……否、役割であり、正体だった

入学直後に阿門から託されたその役目を、彼は故あって、約一年九ヶ月前より『休職』している。

「で? 祝日の真っ昼間に、休日は生徒立ち入り禁止な校舎の屋上に、今はしがない一般生徒の俺を呼び出して、何の用だ? 阿門。……いや、《生徒会長》?」

だから、現在も一応は『上司』であり、人嫌いを公言している彼の数少ない友人の一人である阿門の呼び出しに応えて、本来なら昼寝を貪っている筈だった休みの日の午後、人気無い校舎屋上へと出向きつつも、甲太郎は首を傾げた。

一年九ヶ月前、彼が休職するに至った事件が起こった直後、「その気になるまで好きにするがいい」と、自由を与えて寄越したのは阿門自身の筈なのに……、と。

「頼みがある」

あからさまに訝しんだ彼の態度を意にも介さず、そもそもから表情に乏しいおもてに何の色も浮かべず、阿門は話を切り出しす。

「頼み? どんな」

「……頼み、と言うと語弊だが。──明日、お前のクラス、即ち三年C組に転校生が来る」

「転校生、ね。…………只の転校生か? それとも、《転校生》か?」

「恐らく後者だ。又候またぞろ、何処かの宝探し屋が《墓》の《秘宝》に惹かれたらしい。だが、その者が本当に《墓》を犯す《転校生》──下衆な盗掘屋なのか否か、どうしても調べが付かなかった」

「だから、俺に監視をしろと?」

「そうだ。お前になら、それくらいは雑作も無かろう?」

「…………面倒臭い」

「……皆守」

「……冗談だ。──判った。引き受ける。明日やって来る転校生の正体が判り次第、お前に連絡する。それでいいな? 未だ、それ以上の仕事を熟す気は無い」

「ああ、充分だ。後のことは、こちらで引き受ける」

甲太郎は、四隅の内の二つに給水塔を有するだけの殺風景な屋上をぐるりと取り囲む鉄製の柵に凭れながら、阿門は、彼より数歩離れたそこにて直立不動の姿勢を取りながら、ともすれば屋上を抜ける強い風に浚われて途切れてしまう程に低い声で、《生徒会副会長》と《生徒会長》としてのやり取りを交わし、

「……じゃあな」

「皆守」

一拍程度の沈黙を経て、話はこれで終いだな、と立ち去ろうとした甲太郎を、阿門は引き止めた。

「未だ、何かあるのか?」

「もう直ぐ、あれから二年が経つが」

「…………だから、どうした。……言わないでくれないか、あの時のことは」

「……すまない。そういうつもりでは無かったんだがな」

「だろうな。………………じゃあ、又」

立ち尽くす友の脇を擦り抜けようとした瞬間に掛けられた声に振り返れば、耳に届いたのは、彼が休職するに至った事件を蒸し返すだけの言葉で、微かに眉を顰めた甲太郎は、『事件』の直後より常に携えている、彼曰く『精神安定剤』であるラベンダーの香りを立ち上らせるアロマパイプを唇の端に銜え直しながら、今度こそ屋上を去った。