九龍妖魔學園紀

『間抜け騙し』

つい先日のことだ。

天香学園の、校舎中央棟二階の理科室で、六時限目の化学の授業中に、爆発事故の起こった日。

その正体は宝探し屋な似非学生・葉佩九龍は、サボりの代名詞で三年寝太郎な皆守甲太郎を授業に引き摺り出すことに成功し、その際、「あの皆守を授業に引き立てて来るなんて!」と、クラスメート全員の、思わず、な拍手喝采を浴びた。

同じくクラスメートの八千穂明日香の証言によれば、それは、転校して来たばかりの九龍と日々つるむようになって、馬鹿騒ぎも繰り広げるようになった、それまでは、他人を寄せ付けず、クラスから浮いていた──下手をすれば学内中から浮いていた甲太郎を見るクラスメートの目が、変わりつつあった処へ来ての出来事だったから、だそうで。

その事実に九龍はちょっぴり気を良くし、更には、

「九龍クンと皆守クンの馬鹿騒ぎ、クラスの皆、期待してるっぽいよ?」

とも明日香に言われ、益々気を良くし。

それより数日、彼は、甲太郎を授業に引き摺り出すことに躍起になった。

まるで、それが己が使命! とでも言う風に。

が、学内中に、サボりの代名詞で屋上の支配者で三年寝太郎、との有名と悪名を轟かせている甲太郎を授業に引き摺り出すのは、一筋縄では行かず。

制服の袖を掴んで、「授業に出ようよー」と言っても、「断る」とすげなくされ。

朝っぱらから部屋へ押し掛け、「登校するぞ!」と暴れても、「これ以上、俺の安眠の邪魔をするな!」と蹴り出され。

気紛れに教室へ姿見せた彼をふん捕まえ、「次の授業も出るよなっ?」とやっても、「面倒臭い。眠い」と脅威の逃げ足を発揮され。

…………と、し続けたので。

────とうとう、九龍はキレた。

その日、ここ最近のお約束に従い、朝も早から甲太郎を叩き起こし、やはりここ最近のお約束通り、三年寝太郎に盛大に蹴っ飛ばされ、が、めげることなく九龍は、一寸した『泣き落とし』を仕掛けた。

「甲太郎が授業に出て来てくれないと、俺は寂しいなー……」

とか何とか、小声で呟いて。

己の性格はドライなのだと公言して歩く割に、甲太郎は人情に厚い──正確には九龍には甘い──ので、そんな風に言えば、きっと、なんんだで登校して来ると踏んだからだ。

そして、実際そうなった。

二時限目と三時限目の間の短い休み時間、ひょいっと、甲太郎は彼等の教室、三年C組に顔を覗かせた。

だが、午前中の内に甲太郎が登校して来た! と思惑通りに事が運んだが故の満面の笑みを浮かべた九龍と、少々の言葉を交わして直ぐ、彼は踵を返し、何処へとトンズラしようと図った。

でも。

そんなことは、九龍の計算の内で。

そもそもから長居する気などなかった、とっとと出ようとした教室の雰囲気が、何となく『固い』気がして、ん? と甲太郎は微かに首を捻った。

そんな雰囲気を感じるのは、クラス中の人間が、固唾を飲んで己を見詰めている所為だ、とやがて彼は気付いたが、それに気付いたが故に、益々首を捻った。

注がれる視線は、九龍が転校して来る前までは当たり前のように自身に向けられてた、『理解出来ない謎のモノを、おっかなびっくり盗み見る視線』とは到底掛け離れた、言うなれば、成り行きを見守るようなそれだったから。

……ここ数日来、クラスメート達が己を見る目が変わって来ていることには甲太郎も気付いてはいたが、流石に、そんな『熱視線』を送られるまでの心当たりは、『個人的』には無く。

「………………まさか」

『個人的』な心当たりは無いが、『馬鹿』との関わりに於ける心当たりならある、と彼は、向かおうとしていた教室の戸の一つを、チロ……と見遣った。

すれば思った通り、戸には、何時の間にか、恐らくは九龍か九龍の協力者の手によって仕掛けられたのだろう、たっぷりのチョークの粉に塗れた黒板消しが挟まっていた。

非常に古式ゆかしい、誠にオーソドックスな悪戯の仕掛け。

だから、それを見付けた甲太郎は、ふん、と浅知恵を小さく鼻で笑って、つかつか戸の前へと進むと、開き様、落ちて来たそれを盛大に蹴り飛ばした。

廊下の方目掛けて。

が、廊下には、やはり何時の間にか、九龍がテニスコートから『拾って』来たとしか思えぬネットが、引き千切れんばかりに張ってあり、蹴り飛ばしてやったチョーク塗れの黒板消しを、ビン! と音立てて跳ね返して。

「随分と手が込んでるな」

時間にして、ゼロコンマの世界で己目掛けて戻った黒板消しを、独り言と共に、甲太郎は余裕で避けた。

…………だがしかし。

彼はその時、左右何方かに避けて黒板消しをやり過ごす、ではなく、伏せて避ける、という『無意識のミス』を犯していた。

伏せて黒板消しを避けたのは、己がよくやるように、左右何方かに避けたら第三の『悪戯』に引っ掛かるかも知れない、という、言わば深読みの所為で。

彼が軽く身を屈めた途端、

「明日香ちゃん!」

「任して!」

と、彼の背後にて九龍と明日香のやり取りが湧き、直後、ガンっ! と堅い何か──感触は確実にテニスボールだった──が腰にぶつかり、思わずつんのめった彼は、自ら開け放った入口を越えて、廊下へと転げる風になった。

「御免っ、皆守君っ。九龍君が、どうしてもって言うから……っ」

すれば今度は、何処より、A組の取出鎌治の悲鳴に近い声と、何かを、ブチッと切る音がし。

「せーーのーーっ!」

引き千切れんばかりに張られていたネットが急に撓み、彼へと襲い掛かって、再びの九龍の掛け声と共に、投網宜しく、ズルズルズル……っと、絡み付いたネット毎、教室の中へと引き摺られた。

「ふふふふふふふふふふふふふ…………」

網に掛かって陸揚げされた魚の如く、コロン、とネットを絡み付かせたまま教室の床に転がる甲太郎へと寄り、顔を覗き込んで、九龍は不敵に笑う。

「……………………九龍」

「はいな?」

「一応、訊く。これは、何の真似だ?」

「いやさー、どんなに誘っても脅しても、甲太郎が授業に出ようとしないからさー。実力行使って奴? 実力行使及び、今度から、無駄に授業をサボろうとすると、こういう目に遭うよー、っていう宣言?」

「八千穂や取出まで駆り出して、か?」

「うん! 甲太郎に、どうしても授業受けさせたいんだー、ってお願いして歩いたんだ。皆、協力的だったよー?」

「………………そうか。よく判った」

心底楽しそうに、にこにこ覗き込んで来る九龍と、結構情けない姿勢で床に転がったまま、細やかなやり取りを交わし、酷く冷静な手付きで絡み付くネットを剥ぎ取り、立ち上がり。

「判ってくれて、嬉しいよ、甲太郎」

「そうか。そりゃ良かった。────ほんとー……に、よく判った。身に沁みた」

ひたすらに笑み続ける九龍へ、にこっと、有り得ぬくらい優しく笑み返し、甲太郎は。

「授業をサボっちゃいけないって?」

「いいや、そうじゃない。お前が、救いようのない、どうしようもない馬鹿で、且つ手段を選ばない要注意人物だってことがだっ!!」

ゲインっ! との音が立つ勢いで、笑んだまま、九龍に回し蹴りを喰らわせた。

「…………痛いっ! 何すんだっ! 俺はなあ、甲太郎の為にも、明日香ちゃんやクラスの皆の期待に応える為にも、ブービートラップ仕掛けてでも甲太郎を授業に引き摺り出すって心に誓ったんだ! それにっ! ここんとこの甲太郎の態度にもキレたんだっ! 何だよ、人が折角起こしてやってるってのに、毎朝毎朝、俺のこと蹴り飛ばしてーーーっ!」

蹴り飛ばされた九龍は、クルクルと独楽のように回転しつつ机の列に突っ込み、が、瞬く間に復活を果たして、ぎゃあぎゃあと文句を捲し立て始めた。

「当たり前だっ! お前の夜更かしに散々付き合って寝不足絶頂の俺を、午前六時なんていう、人類が起きるに相応しくない時間に叩き起こしやがるからだろうがっ!」

「何だとーーーっ!? 俺だって寝不足だいっ! でも、ちゃんと起きてらいっ! ちゃんと起きなきゃ朝飯食ってる時間がなくなるしぃぃぃっ!」

「そういうのを、世間では余計な世話ってんだよ、馬鹿九龍っ!」

「馬鹿って! 愛が無いっ! 科白に欠片も愛が無いっ! 気遣ってくれて有り難うな、くらい言ってみせろーーーっ!!」

「お前の気遣いは、きっぱりはっきり迷惑だっ! 寝かせろ! お前の夜更かしに付き合ってる分くらいは寝かせろっ! お前は俺を睡眠不足で殺す気かっ!?」

「文句言いながらも付き合ってくれてるのは甲太郎の方じゃんかっ!」

「俺が付き合わなきゃ、お前の馬鹿を誰が止めるんだっ!」

──だから、それより暫く甲太郎と九龍は、クラスメート達が見守る中、互い胸倉掴み上げんばかりの勢いで口喧嘩を続け。

が、三時限目の始まりを告げるチャイムが鳴ると共に、担任の亜柚子がやって来たが為に口喧嘩はタイムアウトとなり、更には、「皆守君、今日はサボらなかったのね!」と彼女が感激し始めてしまったので、甲太郎は授業に出席せざるを得なくなって。

──故に。

ブービートラップを仕掛けてでも甲太郎を授業に引き摺り出す、という九龍の目的は、『その日は』無事に達成された。

けれど、以降。

九龍が仕掛けるブービートラップと、仕掛けられたトラップをかい潜る甲太郎の『戦い』は、ひたすらに、激化の一途を辿った。

因みに、勝率は今現在、丁度五分と五分である。

End

後書きに代えて

2008.06〜09の拍手小説でした。

丁度、リカちゃんとのバトルが終わった直後ですな、この時期は。

──ブービートラップ。対訳すれば『間抜け騙し』。

間抜けなのは、さて、どっち?(答え:恐らく、双方共に)

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。