「………………どーゆー意味?」
彼の言う、煮えた頭が何を指しているかの心当たりは十二分にあったが、どうしてそれを京一が知っているのか謎で、龍麻は顔を顰めた。
「……ひーちゃん、コーコーん時に俺と付き合うようになってからの自分の口癖の一つ、覚えてっか?」
「口癖?」
「『俺達はヤロー同士で、世間様から見たら若年ホモなんだー!』って奴。……俺としては、その言い方はどうよ、って未だに突っ込んでみたいけど、兎に角お前は、年中、俺達は若年ホモだー、なんて喚いてた。似たようなこともしょっちゅう言ってたよな。『どうしてお前なのかなー』とか。『京一と付き合ってるのは、遺憾ながらだ』とか。訳も判らず、不安そうな、不景気なツラしてた時もあったよな」
「……そうだったっけ?」
「惚けても無駄。……だからな、お前は、どうしようもなくそういうことを気にしちまってるんだろうなあ、って程度の想像は、簡単に出来た。てか、馬鹿でも出来ると思うぞー?」
「あー、そうですかい……」
「そうですとも。────でもな。何か遭る度、ホモだのヤロー同士だのってお前に喚かれても、俺は、気にしたことは無かった。ひーちゃんがそうやって喚きたいなら、好きなだけ喚かせときゃいいかなー、とも思ってたな」
「……何で。俺が言うなよ、って話だけど、付き合ってる相手にそんなこと喚かれ続けたら、嫌気差すだろ、普通。俺がお前だったら、嫌々付き合ってるのかな、とか疑うけど」
「いいや? それこそ何でだ? ひーちゃんが、嫌々俺と付き合ってた、なんて疑う余地は何処にもねえだろ。お前、そんな相手に大人しく抱かれんのか? 足開けんのか?」
「………………そりゃそうだけどさ。事実だけどさ。それを証明代わりにされても……って言うか、京一。お前赤裸々過ぎ」
五年振りに再会した、付き合ってるんだか別れたんだかも謎になった相手捉まえて、いきなりそう来るか、その話から切り出すか、京一の馬鹿め、でも、俺は一先ず空っ惚ける、と龍麻は足掻いたが、京一は、彼の足掻きの全てを無駄にする発言を続けて、やがて飛び出た生々しい話に、「そうだよ、こいつはこういう奴だよ……」と、彼は抱えた膝に顔を埋めた。
「ホント、デリカシーってものが無いのな、京一には」
「俺は、事実を言ってるだけだぜ? ひーちゃんにだって、大層なデリカシーはねぇだろ。……って、あー、何処まで話したっけか。……あ、そうだ。────そういう訳で。お前の好きにすりゃいいって思ってたけど。何時まー…………で待っても、ひーちゃん、そっち方面で頭煮えてるみたいだったからさ。だから、十年前の卒業式の日。中国には俺一人で行く、って言ったんだ」
「……え? ……いや、だって。お前、あん時、俺のことを必要としてる奴や大切に想ってる奴が東京には沢山いるから、だの、東京
「それは嘘じゃない。ひーちゃん相手に嘘言った覚えはねえからな。……但。そうやって考えたのは本当だけど、それが、中国には一人でって言い出した理由の全部じゃないってのが真相ってだけの話だろ。んな、怒ったような声出すなよ。………………でもさ。ひーちゃんは、一緒に行くって言ってくれたから。俺を選んでくれたから。これでいいんだよな、って思い直したけど。本当に中国行って、あちこち彷徨って。最初の内は良かったけど。劉が日本に戻っちまって一寸経った頃から、卒業してからはとんと聞かなくなった、『俺達は若年ホモだから』って、ひーちゃんの例の口癖が復活して、あーあ……、なんて思いながらも放っといたら、今度は、日本に戻りたい、なんて言い出したから。こりゃー駄目だな、と。そう思った訳だ。日本に戻りゃ、多少は頭も切り替わるかと期待したってのは正直あったけど、結局、お前は日本に残るのを選んだ」
「………………うん」
「今だから言えるぶっちゃけ話だけどさ、ホントはあの時、お前の頭の中なんてお見通しだって打ち明けて、お前の思ってること全部言わせて、俺の思ってることも全部言って、決着付けちまおうかと思ってたんだけどな。……止めた。今、そんなことしたって仕方ねえって思い直した。卒業してから五年も毎日一緒にいて、なのに、お前も、俺も、そういう意味じゃ変われなかった。だったら、何も言わずにひーちゃんの好きにさせて、又、五年経ったら、って。……そう思った」
面を伏せて、視界を遮っても、傍らの京一が軽く肩を竦めたらしいのが判って、ぶつけてやった嫌味もするりと受け流されて、「ああ、もう!」と龍麻が一人悶々とし始めても、京一は、さっさと話を進めて、
「…………そっか。全部、ぜーーーーーー……んぶ、お前にはバレバレだったんだ」
顔は隠したまま、ブスっとした声のみを龍麻は絞る。
「勿論? お前の頭ん中占めてることの全部、お前の口から聞いた訳じゃねえから、何処まで正解なのかは判らねえけど。ひーちゃん、単純だし?」
「お前に、単純とは言われたくない。京一のくせに」
「うるせぇよ。ひーちゃんこそ、ひーちゃんのくせに何言ってんだ」
「この……っ。馬鹿のくせして…………。…………処でさ、京一。五年前のあの時。お前、一つだけ訊かせろって言っただろう? 待つ気があるのか、それとも無いのか、って。……あの時、俺が、待つ気は無い、別れるって言ったら、どうした?」
「…………あ、あれな。訊いただけ。ひーちゃんが、俺相手に待つ気が無いとか別れるとか、言う訳ねえもん」
「……あーらーまーー……。ずーいぶんと、自信過剰でいらっしゃる」
「お陰様で。…………けどなー、本当に、ひーちゃんが五年も待っててくれるかどうかは賭けみたいなモンだったし。…………本当……はな。………………本当に本当は…………────」
すれば京一は、又もや言いたい放題告げてから、ぽんぽん……、と軽く龍麻の頭を叩いた。
顔を見せろ、俺を見ろ、と言わんばかりに。
「……………………何だよ。本当に本当は何なんだよ」
促されるに任せ、面
「………………本当は。卒業式の後の、あの時。お前にとって、俺ってのは何なんだ? って。そう訊きたかった。お前の考えてることなんか、粗方想像付いても。口では何喚いた処で、ひーちゃんだって俺が好きだから抱かれてくれるんだ、って判ってても。掛け値無しの自信があっても。お前にとって、俺は何なのか、訊きたかった。その答えを聞いて、改めて、一緒に中国に行こうって言いたかった。でも、訊けなかった……。お前の悩みに触れたくなかったし、お前の本当の本音にも触れたくなかった」
「……自信過剰のくせに臆病って、生きてくの大変そうだな、京一も。……………………うん。でも。あの時、お前にそれを訊かれなくて良かった……んだと思う。多分、あの時の俺には、そんなこと答えられなかった」
「……そっか」
「うん」
「…………なら、今は? 今なら答えられるか、ひーちゃん? 五年一緒にいて、五年離れて、あの日から十年経って。今なら? ────龍麻。お前にとって、俺ってのは何なんだ?」
────少し、夜風が出て来たのだろう。
京一の顔を見られず面を伏せていた僅かの間に、横目で見遣った彼の肩にも、己の肩にも、数枚、散った桜の花びらが落ちているのに気付き、綺麗だなあ……、と混じり気無しに思いながら、何処となく何かを憂いている風になった京一の顔をぼんやり眺めて、龍麻は。
「恋人」
するっと、さも当然のように、京一からの問いに答えた。
「恋人?」
「そ。恋人。……何度も同じこと言わせるな、馬鹿。………………あーあ……。この十年、十年も! 俺ってば、何悩んでたのかなあ……。……そりゃさー、今でも俺とお前はヤロー同士で、若年ホモ、とか思うけど。若さも何も無くなって、本当の意味で大人になって、縁側で渋茶啜るだけが楽しみの年寄りになっても、お前と恋人同士でいられるのかなって、実際に年寄りになっても俺は悩み続けるんだろうけど。あれから十年も経ったってのに、京一にそんな風に訊かれたら、恋人、としか答えられない辺り、もうお手上げだよなあ……。終わってるって言うか。……あー、五年、下手したら十年、無駄にした……」
そうしてから、彼は前を向き直って喚き始め、
「何時だったか……確か、俺の十八の誕生日に、言った覚えあんだけどな。俺も、お前も、何時だって、どんなことだって、何とかしてきたんだから、この先も何とかなる。お前と俺と、一緒にいれば、何時だって、どんなことだって。一緒にいれば。ジジイになっても、死んでも。一緒にいれば、どんなことだって何とかはなる、って」
あー、やだやだ、鬱陶しい、とブツブツ言いながら、京一は立ち上がった。
「京一?」
「なあ、ひーちゃん。お前はどっちがいい? 『ただいま』って言われんのと、『迎えに来た』って言われんのと」
「あー………………。……それに関しては、『迎えに来た』だなー、多分」
「……ん。──なら。五年振りに、お前を迎えに来たから。……ひーちゃん。俺と一緒に、中国行こうぜ。俺とお前が一緒なら、きっと何だって出来ちまう。今までも──これからも。……ひーちゃん。お前さえ、いてくれれば。…………安心しろ。ジジイになっても、愛してるって言ってやっから」
立ち上がり、見上げてくる龍麻へ微笑みながら手を差し伸べて、手を取った彼を己へと引く風に立たせてから、京一は、彼を抱き込む。
「十年前のあの日に、こうやって、人生懸かった約束交わしてれば良かったのかもな」
「それは、どうだか。十八やそこらの小僧同士が、そんな約束交わしたって意味無い。……俺達は、十年、無駄にしたかも知れない。でも多分、卒業してから毎日一緒だった五年間も、離れてた五年間も、俺達には必要だったのかも、とも思うなあ、今更ながらに」
己を腕にする彼の背を抱き返して、龍麻は、京一の肩に頬を寄せた。
「……そうかも。…………あ、処で、ひーちゃん。返事は?」
「返事? あ、そっか。──京一と一緒に、中国行く。それが俺の返事」
そうしながら、十年振りに改めて掛けられた誘いに、共に行く、と彼が答えれば、彼を抱く京一の腕の力が増した。
「……………………ん。一緒に行こうな、中国。……そりゃそうと、ひーちゃん? お前、日本戻ってから殆ど修行してなかっただろ。体、もちもちしてんぞ。手伝ってやっから、鍛え直せ?」
「よ・け・い・な・お・せ・わ! もちもちって何だ、もちもちって! まるで、俺が太ったみたいに! 体重は変わってないっっ。一寸だけ体脂肪は増えたけど! くっそ、覚えてろ……。中国行ったら! ……って、京一。念の為訊くけど、お前、何時発つ気でいた?」
「あー……、来週?」
「バーーーカ! どうしてお前は、思い立ったら直ぐ行動なんだよ! お前は良くても俺は無理! パスポート切れてるし、バイト辞めなきゃいけないし、親にだって言い訳しなきゃならないのに! ほんっっっ……と、馬鹿! やってること、十年前と何にも変わらないじゃんか、いい加減成長しろ!! 今直ぐ飛行機キャンセルして来いっっ」
「あーもーっっ! 馬鹿馬鹿うるせーんだよ、ひーちゃんは!」
────満開になったばかりの桜
怒鳴り合いに区切りが付いた後には、顔見合わせ、呆れたように苦笑し合い。
そして、二人は。
満開になったばかりの、桜の木の下で。
End
後書きに代えて
これは、二〇一二年のスパコミで出した本の再録です。
……何年前? 九年前? に書いた物なので、色々諸々がナニなのですが、手を入れると、一から十まで書き直しになっちゃうので(笑)、誤字脱字と、「これは、一寸日本語じゃないかも」と感じてしまった数ヶ所を直した程度での再録ですが、御容赦下さい。
ま、その辺は、男前に潔く(笑)。
──この本の後書きに代わりに添えさせて頂いた物に、『一号機と違って、二号機な龍麻は、同性愛というのを凄く重く捉えちゃったキャラに仕立ててしまったので。』と認
んで以て、やはり本の方の『後書きに代えて』にあるように、『個人的に、東京魔人學園伝奇シリーズや、九龍妖魔學園紀は、登場人物達の青春の一頁を、様々な不思議やロマンと共に色鮮やかに切り取ったゲーム作品、と私は思っているので、成長して行くに連れ、逃れられなくなってくる現実や『大人の世界』が絡む話は、もしかしたら相応しくないのかも知れない、と考え込む瞬間もあったりするのですが、現実や『大人の世界』と向き合っても、変わることなく生き続ける彼等の姿というのも見てみたい、とも思う』ので、二号機達の話の終着点はここ。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。