「あ、そうだ、京一」

────そんな、様々なことが『何時も通り』の帰り道の途中で、ふと思い出したように、隣を行く京一へ龍麻は顔を向けた。

「ん?」

「ここの処、僕達、又、異形絡みのことで忙しかったと思わない?」

「……思う、けど。それが?」

「だからね、一寸した憂さ晴らしって訳じゃないけど、何処かに遊びに行きたいなー、って思って。……行かない?」

「何処へ?」

「何処でもいいよ。僕、未だに東京に詳しくないから、京一が行きたい所があるなら、そこでいいかな。……って言うか、そこがいいかな」

「遊び、なあ……。俺の行きたい所っつっても…………」

「んもー、そんな渋い顔しなくってもいいのに……。……ねー、京一ぃ。きょーいちさーん。アタシのお願い、聞いてぇ。遊びに連れてってぇん」

「ああ、もうっ! 判った! 判ったから止めろっ! 何時も言ってんだろ、オカマの真似すんなって! …………ったく、何でお前は、そーゆー趣味の悪い悪戯すんだかな……」

前でなく、京一の面だけをジッと見詰めながら、それでも歩き進める龍麻が言い出したのは遊びの誘いで、始めの内、京一は曖昧な返事をしていたが、わざとらしいしなを作った龍麻に迫られて、渋々の態で承諾する。

「あははは、御免ってば。京一の反応、面白いんだもん」

「面白い、ねえ……」

「そ。面白いから。──で? 何時にする?」

「あー、そうだな。明後日の日曜日……は、連中と約束あるから……、その次の日曜は?」

「バッチリ! 何時でもWelcom!」

「ああ。その日なら、俺も予定入ってねえし」

────本当に、嫌なら。

心の底から、自分は龍麻と共に在り過ぎる、と感じ、その事実に閉口しているなら。

遊びの誘いを断ってしまえばいいのに、迫られたから仕方なく、と言わんばかりに頷いたくせに京一は、自分から予定を決め始めた。

…………確かに、彼は、龍麻と共に在り過ぎることに、若干だけ閉口しているし、少々食傷もしている。

が、彼には、龍麻を無碍に出来ない。

彼自身、不思議で不思議で仕方がないのだけれど、どうしても、邪険に扱えない。

龍麻を、親友だと思っているから。

相棒だとも思っているから。

そういう意味で、大切な相手だから。

だが、彼が龍麻を無碍に出来ぬ理由は、それだけではない。

────京一が、それと気付いていると、龍麻は夢にも思っていないけれど、彼は、龍麻が自分を『そういう意味』で想っているらしいと、薄々勘付いている。 

わざと、冗談めかして、『男の園』と言えるような、あの繁華街に溢れている『お姉さん』達に似たしなを作ってみせる瞬間の龍麻こそ、龍麻が誰にも見せようとしない、本当の彼の一部分なのかも知れない、との当たりを付けてもいる。

……京一は、掛け値無しにノーマルだし、親友兼相棒が、本当に自分へ想いを傾けているとしても、それに応える気は更々無いが。

龍麻に対する或る種の同情と、例え男の親友より向けられた気持ちであろうとも、恋心を向けられるのは悪い気がしない、という、やはり或る種の優越感とが入り交じった複雑な感情が、確かに京一の中には存在していて、故に、そんな龍麻を無碍に出来ない、との思いが、大切な親友だから無碍に出来ない、との思いを上回り気味なのは事実だった。

……それを、狡い、若しくは卑怯、と例える他人ひとがいることも、自分の中に、同情と優越感が入り交じった何かが存在していることも、京一自身、殆ど自覚はしていないけれども。

男の龍麻に惚れられているのを、ノーマルな自分が頭から拒絶せずにいる理由の根本が何処にあるのかも、これっぽっちも気付いていないけれど。

「じゃあ、次の次の日曜日! 決まり! あー、遊び行くの久し振りだから、楽しみだなー!」

「……そこまで、はしゃぐこたねぇだろ。子供か、お前は」

────だから、その時も、少しばかり狡くて無自覚な彼は、オーバーな程、交わされた約束に喜ぶ龍麻を見遣りながら、「何だ彼んだで、又、約束しちまった」と微苦笑を浮かべ、

「……っと。んじゃあな、ひーちゃん。俺、今日は一寸、ここに用事あっから」

通学路途中にある、辿り着いた建物を見上げつつ立ち止まった。

そこは、京一の自宅近くにある、彼が幼い頃から通っている古めかしい剣道場だった。

武道にどっぷりな割に、鍛錬とか修行とかを面倒臭がる処が京一にはあるけれど、部活は兎も角、それこそ幼稚園児の頃から通い続けている道場には、時折顔を出すこともあって、龍麻もそれは承知しているから、大人しく、今日の別れを告げる。

「あ、そっか。今日、道場の日なんだっけ。じゃあ、仕方ないね。それじゃ、又明日」

「おう。明日な」

「来週末の約束、忘れたりしたら承知しないからー!」

「幾ら何でも忘れたりはしねえっての。来週の週……────。…………あれ……?」

その去り際、龍麻は、念を押すように交わしたばかりの約束のことを口にし、しつけぇな! と声を張り上げ掛けた京一は、ふと、何かを思い出したような顔付きで、動きを止めた。

「京一?」

「……あ、悪い。何でもないっつーか……、今、何か思い出し掛けたような…………」

「え、何を? 大事なこと? それとも急用?」

「さあ……」

「さあ、って京一、そんないい加減な」

「それが……何を思い出し掛けたのかが思い出せねえんだよ。俺にも能く判らないっつーか……。……まあ、大したことじゃないんだろ。多分、その程度のことだ。──んじゃな、ひーちゃん」

「うわー、いい加減……。ま、京一がそれでいいならいいけど。──じゃあね」

…………今、何かが脳裏を掠めた。──そう京一は呟いて、でも。

そんな風に簡単に流してしまっていいのかと、少しばかりの呆れ顔になった龍麻に軽く片手を上げてみせながら、道場の門柱の向こうに引っ込んでしまった。

故に龍麻は、軽く肩を竦め、家路へと続く通学路へ向き直り、彼が歩いて行く足音を聞きながら、門柱から道場の玄関へと続く短い敷石を踏みつつ、京一は。

何で、『来週末の遊びの約束』が、あの一瞬、あんなにも引っ掛かったんだろう? ……と首傾げながら、

「ちわーーっす!」

眼前に迫った引き戸を、威勢良く開け放った。