「ええと……、京一は、何で又?」
「……お前の所為だぞ」
「…………? 何が?」
「お前が、手土産の中にエロ本なんか突っ込んどくから、あれ見た途端、気ぃ抜けちまってさ。そしたら、俺は、ひーちゃんに八つ当たりしちまったのかも、って思えてきたから。謝りに来た。……御免な」
「別に、気にすること無かったのに。僕の方こそ、さっきは御免なさい。言い過ぎちゃったな、って思ってて。明日、謝ろうって考えてた」
互い、様々な意味で固い空気を纏いながら、京一はコートを羽織ったまま、龍麻はほぼ全裸のまま、小さなコタツを挟んで向き合うという、異様な雰囲気と絵面の中、彼等は共に目線をずらしつつ、詫びを告げ合う。
「ひーちゃんは、別に……。……最初の内は、ひーちゃんの言ったこと、判るけど判りたくなくて、でも、あのエロ本見付けた辺りから、何時までも、落ち込みながら部屋に引き蘢ってても仕方ねえかな、ってなったって言うかさ。正直、気持ちの整理なんて未だ付けられねえけど、それこそ、もう、どうしようもねえよな、って。俺としては、自分で自分が許せなくなるようなこと思っちまったけど、それは二度と取り返し付かねえけど、だからって、もう二度とは、あいつのこと忘れねえし。だから、まあ……いい加減、頭冷やそうかと」
「そっか……。……うん、そう簡単に割り切れることじゃないだろうけど、だからって、何時までも引き蘢ってるのは良くないって、僕も思うよ」
「ああ。…………ありがとな、ひーちゃん」
「え。僕は、別に。言いたい放題言っちゃっただけだし……」
「だとしても」
「……そっかな。うん、でも、京一がそう言ってくれるなら、そういうことにしといてもいいかな……」
そのまま、悪いの悪くないの、更に彼等は言い合って、
「あ、御免。京一、何か飲む?」
「ああ、貰う。……って言いたい処だけど、ひーちゃん。その前に、いい加減着替えろよ。何時まで、んな格好でいる気なんだよ」
ふと、折角京一が来てくれたのに、茶やコーヒーの一杯も振る舞っていないと気付いた龍麻は慌てて立ち上がって、勢い、彼からずり落ちそうになったバスタオルを見遣った京一は、嫌そうな顔をした。
「……はは、つい、うっかり。まさか、今夜の内に京一の方から来てくれるなんて思ってもいなかったから、一寸慌てちゃって」
「まー、気持ちが判らねえ訳じゃねえけど、それでも普通は着替んだろ」
「だからー、それだけびっくりしたんだってば。今から着替えるし。…………あ、恥ずかしいから、ちゃんとあっち向いててねん」
「………………止めろっての。男が男に裸見られて、何が恥ずかしいんだよ、乙女か、お前は」
指摘され、やっと、自分ってば破廉恥な格好だった、と思い出した龍麻は、ウフン、と毎度の科を拵えながらわざとらしく言って、だから京一は益々顔を顰めて、
「処でよ、ひーちゃん」
もそもそジタバタ、龍麻が部屋着を頭から被った処で。
「んー?」
「お前、何で、俺が『あれ』持ってるのかどうか、なんて独り言、呟いてたんだ?」
京一は、上手く流れたと龍麻は思っていた、先程の独り言を蒸し返した。
「えっ?」
その所為で、着替え終えると同時に向かった部屋の片隅の一口コンロの前で、ぴたり、龍麻は固まる。
「もしも、俺が持ってなかったら、ひーちゃんが用意すればいいって、どーゆー意味だ?」
「…………………………えーーーーーーと。それはー……ですね……。ええっと……。何と言うか……」
「冗談だって。ひーちゃんの考えてることくらい、お見通しだっての」
だが、硬直した龍麻の背へ、京一は笑い掛けてみせた。
「えっ!? ええええ、京一、それ本当にっ!?」
「当たり前だろ。もう一寸で一年の付き合いになるんだぜ、それくらい判るって。……あれだろ? ひーちゃん、とうとう本気で彼女作る気になったんだろ? で、俺と一緒にナンパでもしてみようと思ったんだろ? 安心しろ、ナンパから始まる恋もある。ひーちゃんなら選り取り見取りだ、絶対上手く行くって」
ヤバい、あの浮かれた独り言を聞かれちゃったのは流石に拙かった、京一だって変に思って当然かも知れない、と背中に嫌な汗を掻いたのに、京一が笑ったから、「え、もしかして、望み通りの展開が、今始まる!?」と勇んで振り返れば、誠に健全な男子高校生然とした、ちょっぴりだけ胡散臭いこともないが爽やかな笑みがそこにはあって、龍麻は唯々、引き攣り笑いをするしかなかった。
「え……。え、あ、えっと……、うん……、まあ、その、何て言うか…………」
違う、そうじゃない、と全力で否定したかったが、今は未だ、自身の恋心を知られる訳にはいかない彼は、酷く曖昧な返答で誤摩化す。
「もう一寸すれば、多分、ホントにウダウダから抜け出せると思うからよ。本音を言っちまえば、そりゃ辛いけど、辛くても、思い出って奴には出来ると思うから。そしたら気張らし兼ねて、どっか遊びに行くのに付き合えよ、ひーちゃん。俺も、お前のナンパに付き合うから」
「う、うん……」
「じゃな、ひーちゃん。又、明日な」
顔も、声も、あからさまに引き攣って、態度も挙動不審な彼の様に京一は全く気付いていないのか、再び爽やかに笑むと、手を振る代わりに得物入りの例の袋を振って、風のように部屋を出て行った。
「そ、そうだね、又、明日………………」
ギシッと言う音を立てて閉まった、建て付けも良くない安普請の薄いドアへ、力無く手を振り返し、龍麻はコンロの前にへたり込む。
「嘘ぉ…………。どうして、ああいう発想をするかな、京一ってば……。ま、まあ、それが普通かも知れないけど。京一くんにLoveですって、今は未だバレちゃ困るけど。それにしたってーー!!」
そのまま彼は、今頃、それなりには軽い足取りで帰り道を辿っているだろう京一の姿を想像し、悲しみに暮れた声張り上げたけれど。
「……うん。バレなかっただけ良かったと思わなきゃ。いきなりは、やっぱり拙いと思うから。京一だって、心の準備とか、色々必要な筈だし。段階はちゃんと踏まないと。卒業してからだって、僕と京一の未来は続くんだし!」
あっという間に前向きな思考を取り戻した彼は、未来の展望を思い描きながら雄叫びつつ、さっさと寝支度を整え、先程散々八つ当たりした羽枕同様、やはり、「ここだけは譲れない、だって愛を交わす場所になるかも知れないし」と奮発した羽布団に潜り込んだ。
もう今夜は、明日の為に寝てしまおう、と。
その窓辺から少しだけ離れた道の角で、電信柱に凭れるようにしながら暫く時間を潰していたら、フッと、部屋の灯りが落ちたのが見えた。
そう、龍麻の部屋の灯り。
変な処が単純に出来ていて、母猫に甘えられない仔猫じみた処もあって、時折、悪い意味で前向きな彼だから、とっととベッドに籠るだろうとの予想に基づき、龍麻の部屋の窓辺を窺っていた京一は、暗くなったそこに視線を送り続けながら、予想を裏切らない奴だな、と肩を竦めた。
「あそこまでのこと呟いといて、能く、バレてねえ、とか思えるな、あいつ」
そうして、彼は今頃、潜り込んだ布団の中で、落ち込みつつも、あの独り言が誤摩化せて良かったとか何とか、思ってるんだろうなあ、と想像を巡らせた京一は、何処となく楽し気な忍び笑いを洩らすと、凭れていた電柱から離れた。