東京魔人學園剣風帖

『続・挑戦者達』

長閑のどか──否、長閑過ぎる、と言える昼下がり。

晩秋の風の心地良さと、冬の始まりの冷たさが適度に入り交じった真神学園屋上にて、午後の授業をサボり、昼寝を決め込んでいた蓬莱寺京一の傍らに、気が付けば、緋勇龍麻が立っていた。

「あ? ひーちゃん? どーした?」

共に昼食を終えた後、ふらぁ……、と何処かに一人行ってしまったので、龍麻はきっと授業に出ているのだろう、と踏んでいたのに、うつらうつらしていた間に、消えてしまった親友が戻って来ていたから。

感じ取った人の気配で目覚めた京一は、んあ? と間抜けな声を上げながら、屋上のコンクリートの上に寝転がったまま、訝し気に親友を見上げた。

「教室に、忘れ物したの思い出したからさ。取り行ってたんだ」

肌身離さぬ、紫色した、得物入りの竹刀袋を腹の上に乗せ、握り締めたままうたた寝していた京一の傍らに、ストン、としゃがみ込み、いそいそと龍麻は、曰く『忘れ物』をチラ付かせる。

「忘れ物?」

「うん。京一に見せようと思って持って来たんだ。それ、うっかり置いて来ちゃってさ。……ほら、これ」

「何だよ。雑誌じゃねえか。さやかちゃんのグラビアでも載ってんのか? それとも、エロ本?」

「残念でした。どっちも、不正解」

ほら、と翳された『忘れ物』は、龍麻の手の所為でタイトルこそ読めなかったが、雑誌であるのは充分過ぎる程判って、わざわざ自分に見せようと自宅から持って来たのなら……、と京一は雑誌の『傾向』に当たりを付けたが、龍麻は、そうじゃない、と笑いながらページを繰り始めた。

「じゃあ、何だ……──。お? ラーメンの本じゃねえか」

グラビア雑誌でもエロ本でもないと言うなら、正体を教えろと、ごろ寝していた身を起こし、龍麻が捲る雑誌を覗き込んだら、そこには幾つものラーメンの写真が載っていて、パッと京一は一瞬、目を輝かせたが。

少し前、思いの外『チャレンジャー』だった龍麻に付き合って、『コーヒーラーメン』なる物を食べに行く羽目になったのを思い出し、少々疑わし気にページから目を離すと、親友の顔を覗き込んだ。

「何?」

「まさかと思うけど、又、ラーメンの喰い歩きか?」

「又、って。ラーメンが好物なのは京一の方じゃん。そういう言われ方は心外なんだけど。──あ、京一。ここ、ここ。今度は、ここのラーメン屋行ってみようよ。場所も、西新宿だしさ」

すれば龍麻は、京一の態度にも科白にも不服そうにしてみせてから、ずいっと、見付けた目的のページを見せびらかして。

「へえ……。西新宿に、こんな店があったんだな」

そこに映っていた、龍麻が行きたいと言い出したラーメン屋の店構えに、「おお! 今度の店は真っ当そうだ!」と、内心、京一は安堵の息を吐いた。

「俺も、たまたま買ったこの雑誌見るまで、知らなかったんだけどね」

「で? 美味いのか? そこ」

「……さあ?」

「さあ、って……ひーちゃん……」

「俺だって、行ったことない店だから、美味いか不味いかは何とも言えないって。でも、名物があるんだってさ、この店」

「…………どんな」

「納豆ラーメン。──面白そうだから、行ってみようよ。京一、この間のコーヒーラーメンは合わなかったみたいだけど、これなら、イケるんじゃないかと思うんだー」

──でも。

京一の、内心での安堵の息は、一瞬後、嘆きの息に変わり。

「納豆……ラーメン……?」

「うん。納豆ラーメン」

「……お前、本気か……?」

「え、何で? 本気か? ってどういう意味?」

彼のそんな気も知らず、雑誌を眺めながら、「京一、ラーメン好きだからさー、色んな味にチャレンジしてみようよー」とか何とか、『本気』で、龍麻はにこにこと笑った。

…………だから。

何処からどう見ても、無邪気にはしゃいでいるとしか思えない親友の厚意を、無碍には出来ない京一のその日の夕食は、納豆ラーメン、と相成ることに決定し。

渋々ながら訪れたその店で、味に関する感想は告げたくない納豆ラーメンに龍麻と二人チャレンジした後、『京一の好物がラーメンだから』との、至極単純な理由にて龍麻が買い求めた、ラーメンの特集が組まれていた某雑誌の片隅に、『奇食』なる単語をやっと発見した京一は、二度と、龍麻がこの手のメニューに興味を示さぬよう、細心の注意を払うことを心に誓った。

End

後書きに代えて

コーヒーラーメンネタの続き。奇食シリーズ(笑)。何故か、このネタを書くと京一が不幸だ。

新宿某所に、納豆ラーメンは実在します。場所も知ってるけど私は行きたくない。

だって、謎の泡が浮かんでるラーメンだって話聞いたんだもん(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。