──京梧──

俺は、龍斗の『優しさ』が欲しかったのかも知れない。

龍斗を、俺の傍らに添わせておきたかったのかも知れない。

…………あの夜、俺は、俺自身のそんな想いに気付いた。

それは、ひょっとしてひょっとすると、気付いちまった、なのかも知れないが、兎に角俺は、そんな風な手前の想いに気付き。

……だとするなら。

これまで俺が、あいつの世話を焼きまくっていたのは、今も、あいつの世話ばかり焼きまくっているのは、事ある毎に俺自身が口にしていた、龍斗が余りにもな『おっとり野郎』だから、が訳ではなく。

龍斗の『優しさ』が欲しかったのかも知れないように、俺自身の持てる『優しさ』を、龍斗に与えたくて。

龍斗を俺の傍らに添わせておきたかったのかも知れないように、俺自身を、あいつの傍らに添わせたかったのかも知れない。

…………とも、俺は気付いた。

何処までも、気付いた、のではなく、気付いちまった、のかも知れないが。

────だが。

どうしても、俺は。

何故、龍斗の『優しさ』が欲しいと思ったのか、龍斗に『優しさ』を与えたいと思ったのか。

何故、龍斗を俺の傍らに添わせておきたいと思ったのか、俺自身を龍斗の傍らに添わせたいと思ったのか。

その、本当の理由わけに、気付くことが出来ずにいた。

俺の心が『そうある』真の意、それを掴むことは出来ないままだったが。

俺は、あいつと『優しさ』を分け合いたくて、傍らをも分け合いたいと思ってるらしい、ってことだけは悟れてから、又、暦は流れた。

至極面倒臭せぇ事この上無かったが、百合ちゃんに命じられるまま、幕府の大事な荷とやらを護りつつ、上方まで行かされたりもした。

放浪だけは重ねたから、俺は、廻船ってのにも慣れがあったが、船旅は初めてだったらしい龍斗の奴は、始めの内、酷い船酔いになっちまって。

……その…………、こういうことを白状しちまうのは、正直どうかと思うんだが、「だらしねぇなあ」とか何とか言いつつも、俺は、甲板の隅で踞るしか出来ずにいたあいつの世話を、これ幸いと、内心では嬉々としながら焼いたりもした。

もう間もなく、上方──境の港に着くって頃、大事に護れと、俺はぶん殴りたくなったくらい尊大な態だった幕府の役人共に言い付けられた、例の荷を置いてあった船底から、一言で言えば『鬼』……になるんだろう得体の知れねぇモノが這い出て来て、好き放題暴れやがった時には、龍斗の奴は咄嗟に俺を庇ってくれて、何つーか、こう……不遜だが、誰かに自慢したい、みたいな気分になったりもして。

その日の夜から翌日まで、頭が痛む、と寝込んだあいつの世話を焼いた時の俺は、何処か、舞い上がってさえいたかも知れない。

────そんなこんなで、上方までの護衛の旅を終えて、息つくもなく京まで行かされたりもして、一月近くご無沙汰になった江戸に戻った俺達を待っていたのは、大川の川開きだった。

ま、当然っつーか、やっぱりっつーか、年に一度の川開きの初日も、楽しむ余裕なんざ俺達には与えられなかったし、あの日の出来事の最中さなかには、上方に行かされた辺りから腹に据え兼ねてた幕府の阿呆っぷりに本気で愛想が尽きそうになって、こんなどうしようもない連中のお守りをしなきゃならないのが公儀隠密だってなら、いっそ、鬼道衆の連中と共に戦った方がマシだ、とすら思う程頭に血が上り掛けたが、雄慶の言葉や、何かを諭してくるような龍斗の瞳に頭は冷えて、俺達は公儀の為に戦ってるんじゃない、あんな馬鹿な役人共や、ツラの皮が厚いだけの幕臣共の為に命を張ってるんじゃない、俺達がこうしてるのは、この町とこの町の連中の為だ、護りたいと思うモノの為だ、と。

もう一度、改めて思い定めることも出来て。

あの川開きの日を境にやって来た盛夏の中、それまで過ごした幾月と余り変わらぬ毎日を、龍斗や、あれよと言う間に増えた仲間達と共に過ごして。

────それから暫く。

うんざりする程の暑さが続く中、殆ど毎日のように、俺は、龍斗と一緒に両国に通った。

両国橋の袂に広がる、両国広小路に小屋を建ててる見せ物一座の『人魚』に会いたいと、そう望んだあいつに付き合ってのことだった。

大川の川開きがあった夜、俺達は、河原で、あの時は浅草の奥山で小屋を出してた見せ物一座の、『人魚』に行き会った。

比良坂って名の、人魚じゃなくって、異国の者だった女に。

異国じゃ珍しくないらしい金の髪と、聴くともなく耳を貸すだけで何となく胸の奥が苦しくなるような唄を歌う所為なんだろう、人買いに売られ、格好の見せ物な人魚の振りをさせられてた比良坂ってあの女に、俺は、その恵まれてねぇ身の上の話以外に思うことはなかったが、龍斗の奴はそうじゃなかったらしく。

河原で会ったあの時、ちょいと不吉なことを言われたのを気にしたのか、どうしても、もう一度、比良坂に会いたい、と龍斗は。

……尤も、あの時、あの女に言われた余り縁起の良くねぇことだけに引っ掛かりを感じてる、ってな訳でもなさそうだったし、見世物小屋に通っては、一悶着起こした俺達を比良坂に近付けてなるものかと頑張る小屋の主達に追い返されて、が、諦めようとしない態度は、ちょいと鬼気迫る感じで、俺としては気にせずにはいられなかったが。

他ならぬ龍斗の頼みだからと、幾度も幾度も両国に足を運んで────しかし。

もう一度、あの女に、との龍斗の願いは、結局。