──龍斗──
それから、大川の川開きがやって来るまでの二、三日。
私は毎日、内藤新宿へと下りた。
何が遭っても違えようのない氣を目印に京梧を探して、新宿を離れ、足を伸ばし、鬼道衆の者達も龍閃組の者達も知らないような蕎麦屋や茶屋を訪れて、他愛無い話だけで満たされるやり取りを繰り返した。
とは言え、私の、どうにも私に突っ掛かりたがる少年──澳継のことだが──が仲間にいて、時折、思わず手や足を出してしまう、と言った話や、京梧の、仲間の雄慶と言う僧侶の鼾が堪え難い程に酷い、と言った話ばかりが何時までも続く筈も無く、が、それ以上、己の仲間のことを語る訳にもいかない私達の話の種は、何時しか、武道に関することばかりになった。
────実の子なのか否かは兎も角、世間、と言うものの前では、緋勇の父母の『子供』で、何れは、緋勇の家が代々伝えてきた古武道の宗家を継ぐ、との立場だった私にとって、武道と向き合うと言うことは、望みではなく義務だったのは否めない。
が、それでも私は武道が好きだったから、自ら望んで武道家の道を辿ったけれど、京梧はそうでなく。
始まりの時よりずっと、自らの志のみで剣の道を辿っている彼の語ることには、とても熱が籠められていた。
……そんな彼の話は私にとっても興味深く、天晴、と言えることでもあったのだが……、何故か、彼より、「何時の日か、天下無双の剣を手に、剣の道の果ての頂に立つのだ」と語られる度、私の心は沈んだ。
訳は……判らぬままに。
仲間の誰にも打ち明けず、京梧に逢うようになって。
大川の川開きがやって来た。
天戒達は、仲間の一人である人形使いの雹を、幕府が仕立てる屋形船に潜り込ませ、将軍の影武者人形を操らせて……、との策を立てていて、私も大川へ赴くことになった。
────物凄い数の人が出ていた両国橋を越え、幕府の船に潜り込むべく、河原へ出た時。
私達は、黄金色の髪をした、異国の少女と出会った。
少女は、名を、比良坂、と言った。
………………彼女を一目見た時。
私は、眩暈に襲われた。
堪え難い頭の痛みも覚えた。
「師匠? 平気か?」
「どうした、龍。具合でも悪いのか?」
「……大したことではない。大丈夫だ」
眩暈と痛みの所為でふらついた私を気遣ってくれた尚雲と天戒に、詫びと礼を告げ、気にする程のことではない、と言いながらも。
その実、私は、その場にしゃがみ込んでしまいそうになる自分を支えるのに精一杯だった。
────比良坂。
私には直ぐに、『ヒトでない』と悟れた彼女の姿に、声に、晒され。
私は、『全て』を思い出していた。
…………そう。
その刹那。
私は、思い出した。
何も彼も。