──京梧──

それから、大川の川開きがやって来るまでの二、三日。

俺は毎日、龍斗に逢った。

どういう訳か龍斗は、俺が何をしてても容易く俺を探し当ててみせたから、新宿からは遠い町まで連れ立って出掛け、鬼道衆の連中も龍閃組の奴等も知らねぇような蕎麦屋や団子屋へ入って、他愛ねぇ話ばかりをした。

が、与太話ばかりを選ぶってのも、中々どうして難しく、呆気無く差し障りのない話の種は尽きちまって、あいつんとこにいるらしい餓鬼の話や、俺んとこの雄慶の鼾の話なんかが出尽くした辺りから、俺達がする話は、武道の話ばかりになった。

────その口振りから、どうも、龍斗の奴が武道家の道を辿ることになったのには、色々と複雑な事情ってのがあったらしい、と踏めて、が、あいつが武道が好きだってのも、望んで武道家になったってのも判ったから、俺は心置き無く、龍斗に剣の話を聞かせた。

本当は武道なんざ好めねぇとか、義務だけで、とか言うんだったら、俺とて剣の話なんざしなかったが、あいつがその道に行ったのは、自ら好んでのことってのは確かなようだったし、熱心に耳傾けてくれたから、ついつい、俺は、話に熱込めた。

…………だが。

俺が、「何時の日か、天下無双の剣を手に、剣の道の果ての頂きに立つ」と語る度、あいつの面がどうにも暗くなるのだけは引っ掛かった。

けれど、何故、そんな話になる都度、龍斗がそんなツラをするのか、俺には判らなかった。

仲間達には秘密の内に、龍斗に逢うようになって。

大川の川開きがやって来た。

その日に俺達がこなした、幕府が用意した将軍の身代わり人形を乗せた屋形船の警護って仕事の際に起こった出来事は、どうにも胸糞悪かった。

本気で、公儀に愛想が尽き掛けた。

こんなどうしようもない連中のお守りをしなきゃならないのが公儀隠密だってなら、いっそ、鬼道衆の連中と共に戦った方がマシだ、とすら思う程。

けれど、そんな風に頭に血を上らせた時、不意に俺は、龍斗の目を思い出した。

俺を見遣る、あいつの眼差しを。

……それは、その前の二、三日で逢った、現のあいつの眼差しじゃなくて、俺の中の『何処か』の『何か』が見せる、『幻』のあいつの眼差しだったけれど、何故か、『幻』のあいつの眼差しに諭されてるような気になって、お陰で何とか思い留まれて。俺達は公儀の為に戦ってるんじゃない、あんな馬鹿な役人共や、ツラの皮が厚いだけの幕臣共の為に命を張ってるんじゃない、俺達がこうしてるのは、この町とこの町の連中の為だ、護りたいと思うモノの為だと、俺はもう一度、強く自分に言い聞かせた。

──俺が、俺達がそう在るのが、俺自身の、俺達自身の望みであり。

あいつの、龍斗の望みであるような気がした。

川開きの日を境に、江戸の町は盛夏になって、うんざりする程の暑さが続く中、俺は、両国へ通うようになった。

幕府の屋形船警護の仕事を始める直前、大川の河原で行き会った、比良坂って名の、異国の女がどうにも気になったからだ。

見世物小屋で、人魚の振りをさせられてた比良坂に、俺は見覚えがあった。

初めてツラを拝む誰かに見覚えが、なんてことには、疾っくに慣れちまってたが、比良坂から感じた見覚えは、それまでの奴等と何処か違った。

言葉にするなら、不吉、とも言えるような、何かを伴ってた。

だから俺は、もう一度あの女に会って、話を聞けねぇかと試したが、それは上手くいかなかった。

河原で俺達と悶着起こした小屋の主が、比良坂には会わせねぇ、と頑張りやがったし、それを無理矢理押し切ってまで、とは思えなかったし、川開きが終わった後も、龍斗が殆ど毎日のように、新宿へ俺を探しにやって来てたから、両国に長居は出来なかった。

そのまま、結局、比良坂には会えず終いで、時は流れ。