──2005年 3月31日──

──龍斗──

──────微かにではあったが、賑やかさを感じた。

何故、そんなものを感じるのか判らなかった。

私が眠り始めてどれくらいが経った頃だったか、間を置いて二、三度、何やら騒がしい感じがしたことがあって、それは余り良くない様子の騒がしさで、が、以前あった『二、三度』とは違い、その時に感じたのは、何と言えばいいか……、……ああ、遠くから聞こえてくる祭囃子に似た賑やかさと例えるのが相応しいだろうような、心惹かれる賑やかさだった。

けれど私は、その賑やかさに耳を貸そうとは思わなかった。

眠り続けていたかったから。

明治の五年となったばかりのあの日、地の底にて眠りに付いてから、その賑やかさを感じた時まで、どれ程の歳月が流れたのか私には判らなかった。

けれど、去った歳月など、私にはどうでも良いことだった。

自らを切り離した世の刻が、幾年、幾十年と流れようと、私には関わりないから。

私は唯、京梧を待つ為だけに、ひたすら眠っていたかったから。

私の眠りは、とても深かった。

産みの母のはらの中に包まれている如くに感じる『其処』は、とても暖かくて、ゆらゆらと揺らめいていて、望んだだけ、私の眠りを深くしてくれた。

私を護り抜こうとしている風にも感じられた。

『其処』は、しっかりと瞼を閉ざしても、辺り一面が金色こんじきだろうと判るくらい目映くて、けれど決して眩し過ぎることはなく、抜け出したいなどとは到底思えぬ心地良さを私に与えてくれた。

……そんな『其処』で、私は眠っていれば良かった。

京梧を待ち続けていれば良かった。

────だが。

ほんの少し、私を深い眠りの淵から引き摺り上げた、祭囃子のような賑やかさは、音の大きさを増した。

故に、もうほんの少し、私の眠りは浅くなったが、目覚めようとは思わなかったし、目覚めたくもなかった。

その賑やかさは、京梧の声とは違ったから。

それは、私を呼ぶ彼の声でなく……、……ああ、そう、敢えて言うなら、天岩戸を開くべく踊ったと言い伝えられている天宇受賣命あめのうずめの舞のような、無理矢理に何かを開く為の音に近かった。

だから、私は聞こえぬ振りをしたかったのに、賑やかさは再び大きくなったから、少々不安になって、又、少しだけ眠りを浅くしてみた。

…………すれば、『おかしなモノ』を感じた。

私の中に流れるナニカとは違うのに、私が身を浸した龍脈とも違うのに、私の中のナニカや、地の底を流れる龍脈にこの上もなく近しい──否、いっそ、殆ど等しいと言った方が正しいだろう、金色を纏う強い『力』を。

その為、私は思わず口の中で、「黄龍……?」と呟いた。

と、途端、感じ始めた『力』は強さを増して、何かを抉じ開けようとしている風に私の方へと迫ってきた。

めりめりと、音さえ立てそうな『力』の気配に、咄嗟に私が口にした、「黄龍」、それがもしも正しいなら、何故、龍脈の化身たるモノが……? と私はとても戸惑って…………。

……………………その時。

金色を纏う強い『力』の向こう側から、『青』が忍び込んで来るのを私は知った。

『青』は見る間に色を深め、強さを増し、瞬く間に金色を押し退けて、私に近付いた。

──────私へと、真っ直ぐに伸びてきた『青』。

それは、『京梧』だった。『京梧』そのものだった。

そして、次いで。

私を呼ぶ、京梧の声が聞こえた。

「龍……斗…………っ。龍斗……。…………龍斗ぉぉっ!!」

……と、私の名を叫ぶ、彼の。

生まれて初めて、確かに私の耳にもはっきり届いた、『皆』の声さえ無きが如くにしてみせる、力強い彼の声が。

私だけを呼ぶ、私だけを求める声が。

……聞こえた。

………………私は、眠りを止めた。

「………………待たせたな。今、帰ぇったぜ」

夕涼みがてらの散歩から戻った。──とでも言わんばかりの京梧の声が聞こえた。

そんな声がしたと思ったら、彼の氣と気配を滲ませる腕が、私に届いた。

────腕が私に触れた時。

私は、随分と長い間閉ざし続けた瞼を持ち上げた。

開かれたばかりの瞳は、辺りをぼんやりとしか映してくれず、幾度か瞬きをすれば。

直ぐに瞳は、京梧のかんばせを映し出した。

愛しい愛しい、私の『全て』であり『運命さだめ』である男の貌を。

……その貌に。

生きて、再び、京梧に巡り逢えたのだ、と私は知らされた。

目覚めて初めて映った京梧の姿を眺めながら、我知らず、私は微笑んだ。

そして、告げた。

「……お帰り」

End

後書きに代えて

存分に、やりたい放題し放題な話でしたが。

東京魔人學園外法帖 『風詠みて、水流れし都 始まり ─1866─』、お楽しみ頂けましたら幸いです。

……うちの龍斗は、激しく『メルヘンの世界の人』です。『一途な電波』です。

すみません、訳判らないことばっかり言うような彼で……。

──外法帖のストーリーがストーリーでしたので、珍しく(?)、All、龍斗と京梧の独白形式で進めてみました。

この書き方なら、陽編と陰編の話がダブってる部分、乗り切れるかなー、と(笑)。

独白形式で書いたからなのか、はたまた、うちの京梧と龍斗は何処までも突っ走る体質だからか、この話の彼等は、喜怒哀楽含め、互いが互いに絶好調全力投球でしたが、想い合っちゃってるから! ってことで、一つ(笑)。

──捏造未来編では、突き抜けてるにも程がある『メルヘンの世界の人』&『剣術馬鹿な貴方』ですけど、幕末当時、うちの彼等とて二十歳、未だ未だ、なお年頃なので、二人共、色々諸々、青いんじゃないかと思います。

で、やっぱり、色々諸々が若気の至りです。

ま、これから幸せになるからいいよね!(笑)

……と言いますか。

私は、二人が幸せになってくれるならそれでいい(真顔)。

寧ろ、幸せになるように画策したる、の勢い。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。