九龍妖魔學園紀×東京魔人學園伝奇
『そして、風詠みて、水流れし都 ―2004―』
──2004年 09月──
二〇〇四年 九月九日。
エジプト・アラブ共和国 首都・カイロ市南西区──
「思ってたよりもさ」
「うん?」
「エジプトの暑さって、過ごし易いってのが感想なんだけどよ。この日差しの強さ、何とかなんねえ……? ったく、未だ朝だってのに……」
「…………それを、俺に言われても」
────その日、その時、そこを。
現地の人々に倣って、クーフィーヤと呼ばれる頭巾を被り、ガラベーヤというワンピース状の民族衣装に身を包んだ二人の青年──蓬莱寺京一と緋勇龍麻は、ちょっぴりだけ肩を落としつつ、連れ立って歩いていた。
彼等がそんな格好でそこをフラフラと行くのは、砂漠の民に倣った格好でないと、強い日差しにヤラれて干涸びる、という単純な理由故だが、彼等が、このカイロ市の片隅にある路地裏にいるのは、もう少し複雑な理由故だ。
……五年前、無事、東京の新宿にある都立・真神学園高校を卒業し、四年に亘る中国での修行を経てより、彼等は世界を彷徨う旅に出た。
何故、そんな旅に二人が発ったかと言えば、龍麻の中に眠る、黄龍の力を得ようと目論む者達から身を隠す為であり、二〇〇三年初頭、きっちりと封印されていた黄龍が、事件を切っ掛けに、龍麻の意思を無視して、常に『起き掛け状態』になってしまったのを、何とかして元に戻す方法を探す為で、中国に滞在していた四年間拠点としていた、龍麻の義弟の劉の故郷である中国福建省山間部の、封龍の村跡を離れた二人は、危ういバランスで何とか現状を保っている龍麻が過ごすに相応しい、陽の氣を湛える龍脈を探したり、世間一般的に、『パワースポット』と呼ばれている場所を訪ねてみたり、としながら、一年半の時間を掛けて、所謂『シルクロード』を西へと辿り、紛争が続くアラビア半島を船で迂回して、八月中旬、エジプトの地を踏んだ。
誰もに周知の事実であるように、エジプトという国はとてもとても歴史が古く、神秘的な話もあちらこちらに転がっているから、ヨーロッパを彷徨うよりも、自分達が探しているモノ──龍麻の身体的にも精神的にも穏やかな安住の地と、再度、黄龍を封印し直す方法の手掛かりも見付けられるのではないかと。
…………だが、雲を掴むような話がコロっと転がっている程、世の中甘くなく。
エジプトも空振りだったか……と、ちょっぴりの落胆を抱え、クラクラする日差しを背中に背負って、覇気なく、京一と龍麻は、未だ午前も浅い、カイロ市の路地裏を歩いていた。
「どーする? この先」
「どーしよっか。……喜望峰目指して、アフリカ大陸縦断でもしてみる?」
「砂漠とサバンナ踏み越えて、か? それも、一興っちゃ一興だけどよ。この間、俺等のパスポート眺めた大使館のおっちゃんに、釘刺されただろう?」
「あー、思いっ切り刺されたね。随分と、不思議な旅をされてるようですね、アフリカはあちこちが紛争地域ですから、間違っても放浪しようとは思わないで下さい、って」
「一寸やそっとのことで、俺やひーちゃんがどうこうなるたぁ、思わねえけどよ。流石になあ、ロケットランチャー担いでる連中がうようよしてる場所に間違って踏み込んじまったら、青いしなあ……」
「そーゆーのは、俺も御免被りたい。……うーん、一足飛びに、アメリカでも行ってみようか。ネイティブ・アメリカンな人達の居住区探訪、とか」
「…………お。それも有りだな。そろそろ働かないと、旅費も尽きるしなー。アメリカなら、働き口も見付け易そうだし」
「うん。…………それにしても、よく、五年も俺達の貯金、保ったよねー。そりゃ、ホントー……に慎ましやかに暮したからかも知れないけど。高三の三学期丸々費やして、ひたすら旧校舎潜った甲斐かなー」
「俺はそれよりも、幾ら滅多に手に入らない呪物の為とは言え、たった二ヶ月の間に、ほいほい、俺達が五年もこんな風な生活してられるだけの金支払った、如月骨董品店の資金源を脅威に感じるぜ」
「あっははは。……確かに」
路地を行く二人の足取りは、疲れを写し取った、少しヨロヨロとしたものだったけれど、口調は、話題の内容程深刻ではなく。
時折、高い笑い声さえ織り交ぜながら、彼等は繁華街を目指した。
──カイロ市南西部は、旧市街と新市街の境目辺りで、微妙に、歴史的文化財と近代化された地域とが入り交じっており、人の流れも複雑だ。
引っ切り無しに人々が行き交う通りもあれば、二人が辿っている路地裏のような、その地区の住民達以外は余り足を踏み入れない通りもある。
大袈裟にいえば、『悪人に追われる身の上』である彼等のこと、出来ればそのような通りは抜けたくなかったが、アラビア語はさっぱり、な二人だから、観光客向けの英字の地図を頼りに、レストランのメニューくらいなら何とか読める程度の英語力をフル活用して、やっと訪ねた呪術師の許からの帰り道の今、やはり、迷ってしまって。
でも、もう一踏ん張りで新市街地だと、疲れた足に力を籠め直した。
「…………あっ! すみませんっっ!」
────と、進む足取りを早めた途端、細い脇道から飛び出して来た、一人の、少年と青年の境目のような年齢をした人物が、龍麻とぶつかった。
「あ、いえ。こちらこそ」
「……おっと。大丈夫か? ひーちゃん」
ドシン! と派手な音を立ててぶつかった『彼』も、ぶつかられた龍麻も、勢い蹌踉めき、ふらっと傾いだ龍麻の体を京一が支え。
「急いでたんです、御免なさいっっ!」
「あっ! 君、一寸! 落とし物ーーーー!」
「おいっ! そこの少年……か青年か判んねえけど、兎に角、お前っ!」
蹌踉けた拍子に、『彼』が上衣のポケットから落とした手帳のような物を拾い上げた龍麻と京一は、大慌てでペコリと頭を下げ、脱兎の如く駆け去って行った『彼』を呼び止めたが、瞬く間に、『彼』の姿は、別の路地裏に消えた。
「日本語……だったよね」
「ああ。間違いなく、な」
「日本人観光客の子か何かかな。……これ、どうしよう。大使館にでも持ってく? 手帳かと思ったんだけど……携帯端末みたいだし。困るんじゃないかなあ……」
「携帯端末? ……あ? 何だ? こりゃ。小ちぇえノートパソコンみたいな……」
声を張り上げ、落とし物ー! と告げたのに、気付くことなく去ってしまった『彼』を、あーあー……と見送り。
悪いなあ……、と思いながらも龍麻は、パカリと、『彼』が落として行った極小のノートパソコンのような物を開いて、落とし主の身元を知る術はないかと改め始め、一緒になって画面を覗き込んだ京一は、不思議そうな表情になった。
「これ……どうやって弄んだ?」
「さあ……。俺も、こういうの詳しくないから……。…………んー、んー、んー……。……あっ! 京一、名前出て来た、名前! 偉い、俺っ!」
「おおお! 凄ぇ、ひーちゃんっ。……えーーーと? 葉………………。……何て読むんだ? これ」
「ええと……。葉……佩……九龍だから……。……あ、何だ、フリガナ書いてある。──ハバキクロウ、だって」
「…………随分と、珍しい名字だな」
「だから。俺達も、名字に関しては人様のこと言えないよ、京一」
それは、使用制限のロックでもされているのか、多くを弄ることは出来なかったが、蓋を開き、出鱈目にボタンを押したら電源は入り、又、出鱈目にキーを叩いていたら、登録されていた所有者の名前だけは探ることが出来て。
「おい、こっちだ!」
「早くしろ、見失うっ!」
『これ』の持ち主の名前は判ったが、さて、どうしよう、と顔を見合わせていた二人の脇を、黒ずくめの男達が数人、駆け抜けて行った。
「……京一。あれってさ」
「…………ああ」
「同じ日本人同士、手、貸してあげようか?」
「そうだな。落とし物も拾っちまったしな」
誰やらを追っている風な、穏やかでない気配を漂わせている男達を横目で眺め、慌てて逃げて行った『彼』を思い浮べ。
龍麻と京一の二人は、身を翻した。