葉佩九龍という名らしい『彼』が消えて行った、そして黒ずくめの男達が入って行った細い横道に、京一と龍麻も飛び込んだ。
すれば案の定、行き止まりだった路地にて、男達に取り囲まれている『彼』を見付けることが出来。
流浪に流浪を重ねた所為か、物騒な得物も、己と共に国境を越えさせる術を取得したらしい京一は、相変らず肩に担いでいる竹刀袋の中から日本刀を抜き、龍麻も、腰の帯に下げていた小さな鞄の中から手甲を取り出し、それぞれ構えた。
「……あれ、さっきの……」
「君! 落とし物届けに来たよ!」
「序でに、加勢してやるよ」
童顔な印象を受ける、整った、可愛らしい面に厳しい表情を浮かべ、コンバットナイフを懐剣のように構えていた『彼』──葉佩九龍は、不意に現れた、先程ぶつかった彼等を見止め、あれ? と驚いたように、大きくて黒い瞳を見開き、そんな彼へ、龍麻と京一は事も無げに言いながら。
「いたいけな日本人観光客、脅かしてんじゃねえよ」
「お兄さん達、物盗り? 駄目だよ、そんなことして日銭稼いじゃ」
二人同時に地を蹴って、命を奪わない程度に、男達を伸して行った。
「……えーと。俺は観光客じゃないんですけど……。そいつ等も、多分、物盗りじゃあないと思うんですけど……」
余りにも戦い慣れている彼等が、見る間に黒ずくめの男達を倒して行く様を眺め、一層瞳を見開いて、驚きを通り越し、呆れたように、ボソっと九龍は呟く。
「あ? 何か言ったか?」
「いえ、別に」
「君、大丈夫?」
「俺は、大丈夫です。いっそその科白、そっちの連中に言ってやった方がいいんじゃ? ……なくらいで」
京一にも龍麻にも届かなかったその呟きが終わるか否かの頃には、もう、男達は全員、見事に地に伏していて、平気か? と口々に言いながら寄って来た二人へ、あはー、と九龍は愛想笑いを浮かべた。
「はは。言うな、お前」
「いやー、それ程でもー。……って、それはそうと。危ない所を助けて下さって、有り難うございました。俺、葉佩九龍って言います。お二人は?」
そうして、見事な愛想笑いを浮かべたまま、九龍はペコリ、二人へと頭を下げ、名を名乗った。
「あ、俺は蓬莱寺京一ってんだ。こっちは、緋勇龍麻」
「初めまして、葉佩君。さっき、君が俺とぶつかった時に落とした物、拾ってね。だから、追い掛けて来たんだ」
「……え? ……わあっ! 俺の『H.A.N.T』! 有り難うございますっっ。良かったーー!!」
礼儀正しい、と思える、自分達よりは年下か? な風情の彼に、二人も名を名乗り、はい、と龍麻は、彼の落とし物を手渡した。
「ハント?」
「あ、『H.A.N.T』って、この端末の名前です。大事な物なんです。ホントに良かったー…………」
返してやった、携帯端末状をそれを受け取り、ああああっ! と九龍は顔を綻ばせ、又、深々と頭を下げた。
「そんなに、気にしないで? 君の落とし物に気付いたから後追い掛けただけだし……さっきの立ち回りも、成り行きみたいなもんだし」
「そうそう。同じ日本人同士、ちょいとばかり手助けでもしてやっか、ってな。……もう落とすなよ、その大事なモン」
故に、そこまで恐縮されずとも、と龍麻も京一も、苦笑いを浮かべ。
「はいっ! でも、ホントにホントに有り難うございましたっ! それじゃあ、俺、急ぐんで、これでっ! すみませんっ。又、何処かで御縁があったらっ!」
『H.A.N.T』とやらを、本当に大事そうに上衣の内ポケットに仕舞い込んだ九龍は、二人へ、ブンブンと両手を振りながら、何処へと駆け去って行った。
「うん、又何処かで会えたら」
「気を付けろよー」
何処となく、龍麻の義弟の劉を思い起こさせる、表情豊かな彼へと手を振り返し、見送り。
「………………京一」
『小さな嵐』のような彼の姿が消えるのを待って、龍麻は徐に、京一の名を呼ぶ。
「ん?」
「少しだけど、話してみて判った。……あの、葉佩君って子から。本当に微かに、なんだけど……龍脈の『匂い』がする」
「龍脈の……?」
「うん。俺の中に黄龍がいるから気付けたんだろうなって感じの、本当に微かな、『残り香』とも言えない程度の物なんだけど……あれは確かに、龍脈の氣だったよ。…………何でだろう。何で、あの子が」
「……さあな。それは判らねえけど……あいつから、龍脈の氣がするってんなら──」
何時までも、九龍が去った方を見続けながら、ぽつっと龍麻が呟いたそれを受け、少々顔を顰めて。
京一は、未だに足許に転がっている、伸してやった男達を爪先で蹴っ飛ばし始めた。
「京一?」
「あの、葉佩って奴から龍脈の匂いがするなら、あいつは只の観光客じゃねえかもだろ? ってことになれば、こいつ等も只の物盗りじゃねえ。龍脈に関する何かを知ってるかも知れねえ。ひょっとしたら、俺達の知りたいこと、も」
「……確かに」
ぐったりと伸びている男達を小突き始めた京一の意図はそこで、締め上げる価値はあるか、と龍麻も相棒に倣い、二人は、男達の中からアジア系の顔立ちをしている者を選んで、ぴしぴしと横っ面を張り、叩き起こした。
「……う……。……お前達は……」
「ああ? アラビア語なんざ喋ってんじゃねえよ。判んねえんだよ。喋れんなら、日本語か中国語話しやがれ」
「英語も、出来ればパスしてくれないかな。難しい会話は、判らないんだよねー」
『ターゲット』に選んだ男の第一声はアラビア語で、何を言われているか判らず、ニコニコしながら京一が刀の柄に手を掛け、やはり、にこーーーっと笑みつつ龍麻が手甲を嵌めた右手を握り固め、それぞれ、日本語と中国語で話し掛ければ。
「わ、判った…………」
男は、辿々しい中国語で以て、二人の問いに答え始めた。