東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編

『カメラ越しの秘密』

あちらこちらから「お疲れ様」の声が飛び交い、そんな声と共に細々こまごまとした物を抱えたスタッフ達も行き交う、収録を終えたばかりの雑多なスタジオの片隅で、久し振りに、雨紋雷人、藤崎亜里沙、舞園さやかの三人は、改めて顔付き合わせた。

────その年の二月も、例年通り、各テレビ局やラジオ局は番組改変期に当たっていて、改変へ向けての帳尻合わせでもあり、春から始まるドラマ等の番組宣伝も兼ねている特別番組に出演することになった、現在、芸能人として各方面で活躍中の三名は、つい先程終わった件の番組の収録中、合間を縫って、収録が終わったら夕食に行こう、との約束を交わしており。

数日後に放送予定のそれの収録が終わると同時に、スタジオの隅に集った。

舞園さやかは、現在はワールドツアーも行うトップスターで、雨紋雷人は、人気ロックバンドのギタリストで、藤崎亜里沙は、モデル兼女優で、一口に芸能人と言っても、三名の活躍の場が重なることは少なく、一見は異色の取り合わせに見えるが、彼等が高校時代より友人としての付き合いを持っているのは業界でも有名な話で、学生時代のノリそのままに、早く食事に行こう、だの、ゆっくり話せるのは一月頭にやった新年会以来だ、だのと盛り上がっている彼等に注視する者は殆どおらず、その日の仕事は全て終え、以降はフリーになる三名は、連れ立ってスタジオを出た。

「何処のお店にしましょうか?」

「そうねえ……。あたしは、これと言ってお勧めがないんだけど……、雨紋、あんた、どっかいい店知らない?」

「俺様に振るのかよ。んー……。ここからだと、一番近いのは銀座辺りだからー……──

何をどうするにせよ、衣装から私服に着替えなければ始まらないと、左から、亜里沙、さやか、雨紋の順に並んで楽屋へ続く廊下を辿りながら、何が食べたい? とか、店はどうする? とか、少々声高に、そして楽しげに語らっていた彼等が、スタジオと楽屋の丁度中程にある、廊下の延長のような小部屋めいた一角──スタッフや番組出演者達の、一寸した休憩スペースも兼ねている場所に差し掛かった時。

「ああ、未だ、こんな時間なんだ」

隅の方の棚に置かれていたモニターが、ニュース番組のコーナーの一つである天気予報を映しているのに、亜里沙が目を留めた。

「あ、本当ですね。今日の収録、順調でしたものね」

彼女が見遣った画面を、さやかも足を留めて眺め、予想よりも遥かにスムーズに仕事が終わったのを喜んでいる風に笑み、

「もっと遅くまで掛かるんじゃないかって覚悟してたから、何か一寸、得した気分だなー」

雨紋も、ラッキー、とその場で大きく伸びをする。

「うん? これ、新宿?」

「ですね。今日は、新宿駅に中継が出てるんじゃありません?」

「だな。定番だもんなー。……って、あれ…………?」

立ち止まった彼等が他愛無い言葉を交わす間にも、モニターの中の天気予報は恙無く進み、街頭に立つ気象予報士の男性の、「現在の新宿駅前の様子です」との科白と共に、中継カメラが新宿駅東口前を映し出して直ぐ、おや? と雨紋が目を細めた。

「雨紋さん? どうかしましたか?」

「……あれ。ほら、西口に続いてるガード下行く所の近くに立ってる奴。京一じゃないか?」

「え? …………あ、京一」

「確かに。あれ、蓬莱寺さんですね」

思わず、と言った態で彼が指差した人物を、さやかも亜里沙も凝視し、三名は、画面の向こう側、紫色の『長物』を手に人待ち顔をしながら雑踏の片隅に佇んでいる青年は、確かに蓬莱寺京一だ、と頷き合う。

「何やってんだ? 只、突っ立ってるだけで、あんなに目立つ奴が」

「さあ……。でも、感じからして、誰かと待ち合わせしてるみたいですね」

「待ち合わせねえ……。まさか、女? デートとか?」

「デート? 女と? 京一の奴が? ……京一のくせに…………」

「蓬莱寺さんのくせに、って言うのは、流石にどうかと思います、雨紋さん。…………もしも、霧島君と待ち合わせしてたりしたら、一寸気に入りませんけど」

「付き合ってるのに、さやかとだって滅多に会えない霧島に、京一と遊んでる時間なんかないってば。相変わらずだねえ、さやかは……。だからやっぱり、女って線が一番アリなんじゃない? 京一、中身は兎も角かもだけど、あれだけ目立つ、好い男なのは事実だし?」

思い掛けず、思わぬ所で、佇んでいるだけで確実に人目を引くまでに目立つ、それでいて根無し草の友──京一の姿を見掛けた一同は、楽屋に戻る途中だったのも忘れたように画面に視線を注ぎつつ、言いたい放題言い合って、

「でも、京一の奴が女────。……あー、成程」

「…………だよねえ。そうよねえ……」

「ですよねー」

直後、画面の端に密やかに映り続けている京一へ駆け寄った、彼以上に人目を引く『美人』に目を留め、今度は、しみじみと言い合った。

「あの二人、京一の剣術の師匠だかがやってる西新宿の道場に、半ば居候してるんだっけ?」

「ああ。この間の新年会の時、二人共そんなこと言ってたし。如月サンから聞いた話もそうだったぜ?」

「なのに、わざわざ、待ち合わせとかしちゃうんですね。相変わらず仲いいですよね、蓬莱寺さんと龍麻さん」

軽く右手を上げた京一へ、同じく右手を振り返しながら向かった『目立つ美人』は、やはり彼等の友の一人の、京一の親友兼相棒な緋勇龍麻で、高校時代からべったべたに仲が良く、現在も仲の良い親友同士が待ち合わせしていただけだった、当然過ぎて面白くも何ともない展開、と三名は不満すら洩らし始めたが。

「あら?」

「ん……?」

「えっと……」

そこに、天気予報の為の中継カメラがあることなど気にも止めていないのだろう、無事に落ち合った途端、双方共に見惚れるしかない微笑みを投げ掛け合い、連れ立って中継カメラの向こう側を横切って行く京一と龍麻の二人は、然りげ無く寄り添って歩きながら、敢えて言うなら恋人同士と例えるのが妥当な雰囲気を纏って雑踏に紛れようとしており、その全てを目撃した亜里沙と雨紋とさやかは、「おやぁ……?」と、揃って首を深く傾げる。

「あの……、その……。何て言うか、今の蓬莱寺さんと龍麻さんって……」

「……まあ? 京一も龍麻サンも、昔通りって言えないこともないけどな?」

「でも。『あれ』はねえ……。…………って言うかさ。あたし、ず……っと思ってたんだけど」

「………………何をだよ、藤崎サン」

「二人が日本に戻って来てからも、あたしは数えるくらいしか会ってないから、真相はどうだか判らないけど。────はっきり言って。あの二人、アヤシイね」

「…………………………あー……。亜里沙さんも、そう思います……?」

「思う。アヤシイ。絶対、アヤシイ。…………雨紋。あんた、どう思う?」

「………………以下同文。……なーーーーんか、最近頓にアヤシイんだよなー、京一と龍麻サン。でも、幾ら何でも…………」

そうして、深く深く首を傾げたまま、亜里沙はフンっ! と腕を組み、この数年、一人秘かに抱えていた『勘繰り』を、さやかと雨紋に打ち明け、彼女の『推理』を聞かされた二名が、しらー……、と視線を逸らしながらの引き攣り笑いを浮かべつつも、こくこくと同意の頷きを返した処で。

「………………ねえ。夕食、新宿の店にしない?」

唐突に、亜里沙は話を変えた。

「……? 私は構いませんけど?」

「新宿? ……どうして……?」

「確か今日、舞子も早出でさ。もう仕事上がってる筈だから。舞子と、あの二人と一番会ってる筈の劉も呼び出して。捕まるようなら、小蒔とか葵とかミサとかも呼んでさ。一寸、探り入れてみない?」

「探り、って……。藤崎サン…………」

「探り……。龍麻さんと蓬莱寺さんの、『本当の仲』に関して、ですか?」

「そうそう。判ってるじゃない、さやか。……面白くない?」

「…………ですね。一寸、面白そうです」

「おいおい……。マジかよ…………。俺様は、真相なんか知りたくねえなあ…………」

組んだ腕はそのままに、僅かばかりふんぞり返る風にしながらニヤッと彼女は笑い、さらっと告げられた『企み』に、やはり、さらっとさやかは乗って、そんな女性二名とは真逆に、雨紋は一層、顔の引き攣りを酷くする。

「何でよ」

「何で、ったって……」

「何がどう転んだって、笑い話で終わるじゃないさ。相手は京一と龍麻なんだよ? 高校の頃から、べっっっっっっっっ……たべたな親友関係築いてて、何時まで経っても、あたし達の心臓に悪いことばっかり仕出かしてくれるあの二人なんだよ? 二人の『本当の仲』がどうだろうと、今更だって」

「そうですね。蓬莱寺さんと龍麻さんですもんね」

「でしょ? ────ほら! そうと決まれば行くよ、雨紋! さやかも。三十分くらい後に、駐車場に集合だからね!」

けれども亜里沙は、己の意見に、うんうん、と頷いたさやかと二人、雨紋の弱腰の反論を綺麗さっぱり蹴っ飛ばし、有無を言わせぬ勢いで話を仕切ると、天気予報は疾っくに終わったモニターの前より離れ、軽やかな足取りで楽屋へと向かって行った。

「………………逃げたい……。俺様は、マジで逃げたい…………」

彼女同様、何の躊躇いも窺えぬ足取りで踵を返したさやかの少しばかり後を、とぼとぼと辿りながら、雨紋は往生際の悪い呟きを洩らしたけれども、面白くなりそう、と張り切り出してしまった亜里沙が、彼の逃走を許してくれる筈も無く。

その年のと或る冬の日の夜、新宿の繁華街にあると或る店にて、彼等に呼び出された、新宿界隈に職場を持つ仲間達及び新宿方面がテリトリーな仲間達を巻き添えに、藤崎亜里沙を発起人とする『緊急秘密会合』は、京一や龍麻は与り知らぬまま、確かに開かれた。

そんな『緊急秘密会合』の席で、参加者一同が一体何を語らったのかは、出席者の誰もが固く口を閉ざしたが為、未だに何処にも洩れていないが、それより暫く、京一も龍麻も、秘密の会合出席者な仲間達の誰かと行き会う度、物言いたげな眼差しや、意味深長な視線を送られる羽目になった。

だが二人は、仲間達が自分達の『本当の仲』を勘繰り始めているなどとは夢にも思わなかったので、高校の頃よりよく知る彼等に、何故、そんな目で見られなくてはならないのか全く見当が付かず、故に、己達の『振る舞い』を顧みもせずに、これまで通りの日々を、これまで通りの態度で過ごしてしまって、結果、『諸々の裏事情』の殆どを弁えている、龍麻の義弟の劉弦月以外の秘密の会合メンバーは、益々、『今、仲間内で最もホットな噂のお二人さん』の仲を改めて勘繰ったり、面白がったりするようになり。

────その年の、春を迎える頃には。

何処までも、京一や龍麻の与り知らぬ所で、彼等の『本当の仲』が仲間内全ての暗黙の了解と化すまでのカウントダウンが、秘かに始まった。

End

後書きに代えて

申し訳ないことに、うちの話では登場回数が少ない、剣風帖の芸能人三人組がメインな小話。

ノリ的には、無機質なカメラを通して判ることもあるのさ、って感じです。

前々から、何らかの形で、うちの話ではよく顔出す仲間達(具体例:御門、如月、壬生、村雨辺り)以外にも、京一や龍麻の仲を勘繰られるような話を書こうと思ってまして、一先ず、こんな形にしてみました。

義弟な劉は別枠ですけど、上記四名以外が、薄らでも京主の仲を疑い始める切っ掛けの一つな話。

二人の仲が周知となるのも、遠い未来のことではなさそうです(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。