東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編
『路上』
肩に担いだ紫の竹刀袋を握り締める左手に、改めて力を込め直し、蓬莱寺京一は、路上を駆ける足を早めた。
親友兼相棒兼戦友兼恋人、と言う、他人に説明するには複雑過ぎる関係で結ばれた、緋勇龍麻との待ち合わせに遅れそうだった。
「くっそ、間に合えっ! つーか、間に合わせるっ!!」
日々の寝起きも共にしている彼等だから、何処かで待ち合わせる、と言う機会は殊の外少ないが、滅多にないことであるが故に、何方が何の時に何分遅刻した、と言う不名誉な記憶は、二人共の中で何時までも鮮明に残りがちで、何かの折に、喧嘩の引き金や燃料になってしまうこともある為、遅れて堪るか! と彼は、自分で自分を急かせる一言を怒鳴って、勝手知ったる新宿の路地裏を縫うように進み、何とか、新宿駅近くの大通りへと飛び出した。
────ここまで来れば、待ち合わせ場所の新宿駅東口前まで五分と掛からない。
駆け続ければ、ギリギリ間に合う筈だ。
それを、もう一度、服のポケットから引き摺り出した携帯電話の時計で確かめて、京一はホッと胸を撫で下ろした。
だが、安心するのは未だ早いと、彼は、眼前に迫った新宿大ガード前交差点の横断歩道の、信号機を睨み付ける。
たった今まで青だったそれはチカチカと点滅を始めていて、全速力で走り続けたとて、赤になる前に横断歩道を渡り切れないのは目に見えていた。
だから、彼は仕方無く、信号の手前で大人しく止まって肩で息をしてから、苛々と、『止まれ』に変わったばかりのそれを再度睨んだ。
……とは言え、そんなことをしてみた処で、信号が再び青に変わる早さが変わる筈も無いから、龍麻との待ち合わせにギリギリ間に合う筈、が、ギリギリ間に合わないかも知れない、と相成ってしまうかも知れない溜息を吐いて、彼は視線を漂わせる。
そうしたら、公立校、私立校問わず、冬服への衣替えが終わったばかりのこの季節、昨今の東京では未だ若干だけ暑苦しく感じられる、厚い生地の制服を着込んだ学生達が、新宿を行き交っている姿が彼の目に映った。
街行く学生達は皆、誰も彼も楽しそうで、肩を並べている友や仲間との会話も弾んでいる風だった。
そんな彼等を横目で眺め、もう十年近くも前、今の彼等と同じ高校生だった頃の自分を思い出して、ふ……と微笑み掛け……、が、楽しそうな、幸せそうな、それこそ箸が転がっても可笑しい年頃の若者達ばかりが溢れる、大都会の雑踏の片隅で、一人、眼差しを漂わせながら立ち尽くしている男子学生を見付けた京一は、浮かべ途中だった笑みを引っ込める。
…………楽しそうで幸せそうな学生達に混ざり切れていない男子学生は、やけに孤独そうに見えた。
周囲の景色から、酷く浮かび上がってしまっている風にも見えた。
けれど、それは──否、『そこ』は、男子学生自身が望んで定めた『立ち位置』なのだろうと、京一は見定めた。
恐らく、あの少年は、己から、友だの仲間だのと言った存在を突き放しているのだろう、と。
何処からどう窺っても、決して内気には見えないから、友人の一人や二人はいるのだろうが、『真実の意味での友人』を、少年は持ち得ていないのだろう。
当人自身、そんな者、求めてもいないのだろう……、とも。
実際、彼の見立て通りの気配を、少年は、全身から漂わせていた。
……だが、京一には判る。
少年が、『たった一人の存在』を、心の何処かで、無意識に求めていることが。
かつての己が、やはり、そうだったから。
同級生達のようにはクラスや友人の輪に混ざれなくて、混ざるつもりもなくて、青春物語の中で描かれるような友情も、友情を交わす存在も、鬱陶しく面倒臭いだけのモノだと思っていた。
孤独の中に居る方が楽で、誰にも本当の自分を見せたくなくて、敢えて、周囲が己に求めてくる『姿』で、本当の自分を閉じ込めた。
求められる『姿』だけを晒すことが、周囲にとっても己にとっても良いことなのだと思っていた。
でも、胸の内では、『運命の出逢い』と、『運命の出逢いの相手』を、京一は求め続けていて。
『あの年』の春の日、それは叶えられた。
転校生だった彼に。緋勇龍麻、と言う名を持った存在に。
そして。
『運命の出逢いの相手』だった、龍麻との『運命の出逢い』を果たしてより、京一は変わった。
それまでの彼を、綺麗に、色鮮やかに塗り替えてくれたのは、龍麻だった。
龍麻と出逢う以前の彼は、今、横断歩道の向こう側で孤独に立ち続けている少年のように、風景から浮き上がりながら、雑踏の中、自分でもどうにも出来ない苛立ちを抱えつつ、一人佇んでばかりいたけれど、龍麻と日々を過ごすようになってからは、そんなこともなくなって。どうにも出来なかった苛立ちは、何処か遠い彼方に消え去って…………────。
「…………あ。いけね」
────『運命の出逢い』を果たした彼と巡り逢う以前の己そっくりな、一人の男子学生を眺め続けてしまっていた京一は、何時しか信号が青へと変わり、人々が交差点を渡り始めたのに気付いて、慌てて歩き出した。
しかし、少年から目を離すことが彼には出来ず。
信号が青に変わっても、人波に視線を彷徨わせながら立ち尽くし続ける少年の傍らを、わざと通りすがった彼は。
「腐らねえで、頑張れよ、青少年」
擦れ違い様、少年だけに聞こえるように囁いた。
「……はあ?」
唐突に、見ず知らずの他人からそんなことを告げられた少年は、何事かと京一を睨み付けた。
「お前にも、きっと、『運命の出逢い』がある。今は未だ信じられないかも知れねえけど、何時か必ず、きっと」
少年にしてみれば、面識もないのに、通りすがりに謎なことを言い残して行く己は、頭のおかしい不審者にしか思えないだろうなと、喉の奥のみで笑いを洩らしながらも京一は、かつての己にそっくりな彼に、どうしても告げてやりたいと思ったことを言い切って、呆気無く少年より視線を外し、再び駆け出す。
「あ、おい! 待てよ、あんたっ!」
街角の露店の占い師でも口にしないような科白を吐いておきながら、突然駆け出した怪し過ぎる大人の背へと、少年は声を張り上げたけれど、自分を待っているだろう龍麻の許へ駆け付けることの方が、己にとっては優先事項だと、京一は止まることなく駆け続け、キュッと、靴の裏を鳴らしながら、新宿大ガードを抜けた先の角を曲がった。
途端、少しばかり不機嫌そうな顔付きで、待ち合わせ場所に佇む龍麻の姿が見え、
「すまねえ、ひーちゃんっ! 間に合っ……ってねえか!?」
彼は、大声で龍麻へ詫びを告げる。
「残念でした。五分遅刻。何で遅れるんだよ、夕べも今朝も、時間厳守! って、あんなに念押ししたのに……」
その声で、待ち人の到着に気付いた龍麻は、彼へと向き直りつつ、吊り上がり気味だった眦を一層吊り上げたが。
「……ま、いっか。五分だしね」
今日は大目に見てあげよう、と彼は、ふわっと笑んだ。
「悪りぃな。これでも急いだんだけどよ」
「うん。いいよ、気にしなくて。ホントのこと言っちゃうと、予定より三十分早く待ち合わせ時間設定してあるから、この先の予定は狂わない筈だしね」
「…………何だよ、そうならそうって言えよ。真剣に走っちまったじゃねえか……」
「あは。御免ってば。でも、そうしとけば、昔みたいに京一が寝坊しても平気だよな、と思ったんだ」
「酷ぇな。そりゃ、昔は遅刻魔だったけど、もう滅多にゃ、ひーちゃん待たせなくなったろ?」
「ああ、そう言えばそうだね。京一、遅刻しなくなったよね。……成長の証?」
「成長っつーか。『大事なお相手』、待たせる訳にはいかねえからな」
「……昼間っから、なーに言っちゃってるんだか……」
出逢った頃から変わらぬ、綺麗で鮮やかな笑顔を見せながら肩を並べて来た龍麻と歩き出しつつ、軽い感じで、京一がそんなことを言えば、照れたような、拗ねたような、成人男性にしては可愛らしいと言える顔付きになった龍麻が、ぷいっとそっぽを向いたので。
「本当のこと、言ってるだけだぜ?」
仲の良い友人同士が戯れている風な感じで、京一は、龍麻の肩に腕を廻した。
『運命の出逢い』と、『運命の出逢いの相手』が欲しくて、つい先程見掛けたあの少年のように、一人、雑踏の中で佇んでいた頃の自分を、遠くに思いながら。
龍麻と共に在る限り、もう二度と、自分は、雑踏の中、一人立ち尽くすことはないだろう、とも思いながら。
そして、己にそれが与えられたように、あの少年にも、そんな出逢いが訪れることを祈りながら。
End
後書きに代えて
そもそもは、拍手用の小説にしようと拵えたネタだったんですが、書いてみたら、ああ、これはこれとして独立させた方がいいかもなあ、と感じたので、こちらでUPです。
通りすがりに見掛けただけの、初対面の少年取っ捕まえて、謎過ぎることを囁いちゃう京一さんは、不審者以外の何者でもないと思うんですが、まあ、その辺はご愛嬌と言うことで(笑)。
尚、通りすがりの少年のモデル(?)も、いることはいるのですが、その辺りは、ワタクシの気が向いたら(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。