東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編

『Route 66』

どうしようもなく乗り心地の悪い、幌すらもないオンボロジープのナビシートから見上げた空は、馬鹿程、と言えるくらいに晴れ渡っていた。

前後左右、見渡す限り一面の砂漠のど真ん中を走る、疾っくの昔に廃線になった旧国道は、ひたすら真っ直ぐ延びていて、砂漠を渡る風が巻き上げる砂埃は、少々辟易する代物で。

はあ……と、ふんぞり返るようにジープのナビシートを占めている彼──皆守甲太郎は、一つ、大きな溜息を付いた。

カラッと晴れた空にも、何処までも真っ直ぐな旧国道にも、砂漠にも砂埃にも、大分前から彼はうんざりしていて、だと言うのに、隣のドライバーズシートで嬉々としてハンドルを握っている葉佩九龍は、やはり嬉々として、ジャズのスタンダードナンバーの一つ『Route 66』を、能天気に、しかも大声で歌い続け、甲太郎が吐き出した溜息に耳も貸さず、

「このシチュエーション、まんま、往年のロードムービーみたい!」

と、一人はしゃぎ続けていたので。

「……うるさい」

我慢の限界を迎えた甲太郎は、一言、ぼそっと呟くと同時に、人差し指と中指の間にアロマパイプを挟んだままの左手で、九龍の頭を引っ叩いた。

「何で甲ちゃんは、文句と手足が一緒に出るんだよ……。世の中、段階ってもんがあるでしょーが。普通、文句言って、それでも駄目だったら引っ叩くなり蹴るなり、って行動に出るんでない? 大体、うるさいって、どーゆー意味さね。幾ら何でも、うるさいは酷いんでない?」

「九ちゃんが、口で言うだけで聞き分けるような相手なら、俺だって暴力行為には訴えない。──仕方無いだろう、うるさいものはうるさいんだ。天気も道も風景も、代わり映えしなくて辟易してるってのに、能天気にお前が歌う歌なんか、何時までも聴いてられない」

「ふむ。…………あ、選曲が悪かった? 甲ちゃん、『Route 66』は嫌い? シチュエーションこんなんだし。ここ、ニューメキシコだからさ。歌の歌詞に、ニューメキシコって出て来る『Route 66』、選曲してみたんだけど」

「……そういう問題じゃない」

「え、じゃあ、どういう問題? 能天気じゃなきゃいいんっしょ? 少なくとも俺の歌、調子っ外れじゃないと思うし。甲ちゃんよりはマシ──

──そういう問題でもないっ! 俺は、うるさいと言ったろうがっ。たった今! 何度もっ! 人の話を聞け、馬鹿九龍っ!」

けれども九龍はめげず、時に、甲太郎の数倍はよく回る舌先を動かして、ああだこうだ言い始め、彼が、自分の歌そのものを指して「うるさい」と言ったのではなく、曲が気に入らないから「うるさい」と言ったのだと、勝手に解釈したままベラベラと喋り続け、勢い、歌との相性が誠に宜しくない──要するに、端的に言えば音痴、と言う、甲太郎の『細やかなコンプレックス』を刺激してしまって、もう一度、音痴な彼にぶっ叩かれた。

「痛い! ってか、運転中にそーゆーことをするなってばっ。危ないでしょーがっ!」

「お前が馬鹿なのが悪い」

「んもー……、甲ちゃんってば。ホント、何年経っても甲ちゃんの愛って辛いよなー。辛み成分ばっかだよなー……」

「……もう一発、叩かれたいか?」

「いーえ、謹んで遠慮します。……ま、甲ちゃんがご機嫌斜めさんなの、判らないでもないんだけどね。俺も、ちょーっと、景色の代わり映えのなさには、うんざりしてるからさ」

でも。

二度に亘って甲太郎に頭を叩かれたと言うのに、九龍は、延々と繰り返される景色に己も又うんざりしている、と打ち明けつつも、えへら、と笑みを拵えた。

────彼等は、今、アメリカ合衆国ニューメキシコ州にいる。

国境を接しているメキシコ合衆国からニューメキシコ州に入った彼等は、州北部の、ロッキー山脈の南側の麓を目指し、何十年も前に廃線になって、もう通る車もない、悪路と化した旧国道をひた走っていた。

目的地は、ニューメキシコ州ロスアラモス郡にある、ロスアラモス国立研究所。

世界屈指の頭脳の持ち主達がひしめいている、『アメリカの至宝』と例えられている場所。

言わずもがなではあるけれども、何故、二人がそんな所を目指しているかは、ロゼッタ協会所属のトレジャーハンターと、そのバディとして故のこと。

要するに、『仕事』で、だ。

だから、自分達が、どうしたってうんざりする景色ばかりが繰り返される古い古い道を、砂埃に塗れつつも行かなくてはならないのは甲太郎とて重々承知の上で、致し方のないことと判ってはいるのだが、彼は、良く言えば己の気分に忠実であり、職務に関しては不熱心なので、変わらぬ景色と砂埃と現状に、誠に素直に機嫌を悪くし、機嫌の悪い己とは対照的な九龍の能天気さに八つ当たりを始めたのだが。

仕事の相棒、と言うだけでなく、人生そのものの相棒でもある甲太郎に八つ当たりをカマされていると悟っても尚、九龍は、ご機嫌なままだった。

「うんざりしてるって発言を、表情が裏切ってるが? そもそも、お前、今日は朝から機嫌がいいよな」

「そりゃー、そうっしょ。今日、俺が機嫌悪くなる訳ないじゃん」

「何故?」

「………………。……甲ちゃん。今日の日付けは?」

「四月十二日」

「四月十二日は、何の日?」

「『世界宇宙旅行の日』」

「…………甲ちゃん。殴っていい?」

「お前の科白じゃないが、運転中にそんなことをするな。危ない。──冗談だ。俺の誕生日」

「判ってて、空っ恍けるんだもんな、甲ちゃん……。ったく……。──そーです。今日は、皆守甲太郎君のお誕生日なのです。だから俺は、朝から機嫌いいんだよ。その辺、OKですかー? こーたろさん?」

そんな彼に、どうしてお前はそこまで機嫌がいいのだと甲太郎が問えば、九龍は、今日が甲太郎の誕生日だから、とハンドルを握ったまま胸を張った。

「OKか、と言われても困るが……」

「今日が誕生日の当人が、ぶつくさ言わない。ま、こんな砂漠のど真ん中、ひたすらドライブしてなきゃいけないってのは一寸空しいけど、今日が甲ちゃんの誕生日、ってのには変わりないからさ。俺は、ご機嫌さんな訳だ」

「…………成程」

「成程、とか、したり顔で言っちゃってるけど、甲ちゃんだって、俺の機嫌がいい理由、大体は察してたっしょ?」

「そりゃ、まあ。毎年のことだしな」

「正直で宜しい。──甲ちゃんと、こういう風に過ごすようになったばっかりの頃は、やっぱ、恋人同士なんだから、誕生日みたいなイベント事は大事! とか、プレゼント! とか、誕生日っぽい演出! とか、色々考えたりしたけど。最近は、俺も落ち着いたのか、それとも、渋くてダンディな男の思考回路が培われて──

──お前の言動の何処に落ち着きが生まれたのか、俺にも理解出来るように説明してくれ、九ちゃん。それから。渋くてダンディな男の思考回路とやらが、お前の中に培われるなんてこと、到底有り得るとは思えない。多分、年輪を重ねた大人の男の渋みだの、ダンディだのって言葉とは、お前、一生縁遠いぞ」

「……………………うるさいやい! いいから、黙って話を聞く! 突っ込み禁止! ──兎に角! 俺が、『恋人同士のイベント!』な日付けが巡って来ても、無駄に騒いだり、必要以上に焦ったりしなくなったのは確かっしょ!? そこは、甲ちゃんも認めるっしょ!?」

グッと、誇らし気に胸を張ったまま、べちゃくら、甲太郎の誕生日に関して思う処を九龍は語り始めたけれど、どうしても、そこに突っ込まずにはいれらないと、甲太郎が嘴を挟んだ為、彼の語りは、一旦、絶叫になったが。

「まあ……、そうだな。そこは認めてやってもいい。でも、何で、何時でも何処でも騒がしくて、今まで、俺の誕生日だの何だのと、お祭り騒ぎを引き起こそうとしてたお前が、例え、細やかとは言え、多少の落ち着きを見せるようになったのかの理由は知らない」

「ふふふふふ。それはですなー」

手酷い突っ込みを入れられたのも、再び、情け容赦無い物言いをされたのも、さらさらっと流して、九龍は又、胸を張った。

「それは?」

「例え、どんなに酷いシチュエーションでも、甲ちゃんと一緒にいられるなら、それだけでいいかなー、って心境になってきたんだ。甲ちゃんの誕生日に、甲ちゃんと一緒にいられるだけで、俺は幸せー、って。……ま、俺の勝手な自己満足って奴だけどね。俺はそれで満足でも、甲ちゃんにとっては、お祝いしてることにはならないしさ。但、甲ちゃん、派手なお祝い嫌いだって、俺は疾っくに思い知ったから、或る意味、丁度いいのかな、と。何処までも、俺の自己満足だけど」

そうして彼は、片目で道の先を、片目で横の甲太郎を見遣る、と言う器用なことをしつつ、ぺろっと舌を出しながら笑って、はにかんでみせた。

「………………自己満足だろうが何だろうが、別に、いいんじゃないのか? それで」

甲太郎の方へと流していた片方の目も、道の先へと向け直し、今度は高らかに『Happy Birthday to You』を歌い始めた九龍には聞こえぬように、ボソリ、甲太郎は呟き、長い両脚をフロントパネルの上に投げ出して、一層、シートに身を沈めた。

「ん? 甲ちゃん、何か言った? 御免、聞こえなかった」

「……お前がそれで満足なら、幸せだと思うなら、それでいいと思う、と言ったんだ」

歌と、風と、砂埃に掻き消された筈の呟きは、微かにだけ九龍に届いてしまったようで、ん? と彼は、今度ははっきり、甲太郎の方へと首巡らせ、怠惰な姿勢のまま、眠る風に両目を閉じた甲太郎は、先程よりは通る声でそう言うと、投げ出した脚で、飾り程度に付いている、粗末にも程があるカーラジオを蹴っ飛ばした。

ガンっ! と言う、破壊音にも似た音と共にスイッチが入ったカーラジオから聴こえてきたのは、『Route 66』。

「あっは。やっぱ、こういうシチュエーションには、『Route 66』が相応しいんだな。……と言う訳で、甲ちゃん。俺達が向かってる先は、カリフォルニアじゃなくてロスアラモスだけど。ロスアラモス目指してGoして、とっととお仕事終わらせて、ちょっぴりだけ遅れるけど、甲ちゃんの誕生日祝いするぞ!」

途切れ途切れに流れる、ナット・キング・コールが歌う『Route 66』に、九龍は声を上げて笑って、ハンドルを握り直す。

「…………さっきと、言ってることが違うだろ。この、お祭り騒ぎ好きの激馬鹿」

誕生日祝いーー! と喚き出した彼に、甲太郎は渋い顔して溜息を零して、閉ざしていた瞼を開き、うんざりする青空を瞳の中に落としながら、もう一度、九龍の頭を引っ叩くべく腕を伸ばした。

でも。

伸ばされた彼の腕は、甲太郎曰く激馬鹿な彼の頭に衝撃は与えず…………────

End

後書きに代えて

カレーでアロマな彼の、お誕生日記念──の代わり。

多分、天香卒業して、四、五年後。

……多分、て私……。

相変わらず、うちの宝探し屋チームには色気がありません。申し訳ない。

タイトルの『Route 66』の出典は、言わずもがなと言うことで(笑)。

彼等がドライブしてる道は、『Route 66』ではありませんけれども。と言うか、多分、実在してないと思う、この道(あっ)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。