東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編

『世界』

その家のその部屋は、一体何処からこんな骨董品を探して来たんですか、と遠慮会釈なく家主達を問い詰めたくなるような、歯に衣着せて表現するならアンティークの固まりで、彼、緋勇龍麻は、見遣る度に明治初期──現実のその時代を彼は知らないけれど──を思わされて仕方無い壁掛けの振り子時計もある。

その、見上げた回数と同じだけビミョーな気持ちにさせられる、古ぼけた、年代物の振り子時計は、今、午前十二時少し過ぎを指しており、

「あ……んっの、ド阿呆っっ」

常通り、ビミョーな気持ちにさせられながらも時計を睨みつつ、龍麻は眦吊り上げ、バキボキと、怒りに任せて指の骨を鳴らした。

「全く。あれ程、呑み過ぎるなと、年中告げていると言うに……」

怒り心頭な様子の龍麻と同じく、その家の家主の一人であり、龍麻の先祖でもある緋勇龍斗も又、綺麗を通り越した凄まじ過ぎる笑みを湛え、いまだ帰らぬもう一人の家主──要するに、龍斗の同居人──の顔を脳裏に思い浮かべつつ、めきょっと音立てて、コタツの天板を掴んだ。

「…………龍斗さん。否、ご先祖。どうしてくれましょうか、あの馬鹿師弟コンビな蓬莱寺一族」

「どうするもこうするも。帰って来たら、雁首並べて座らせて、小言を垂れるしかない。序でに、鉄拳制裁もするが」

「……ですよね」

「ああ。当然だ」

そうして、傍目には歳の離れた兄弟としか見えぬ先祖と子孫は、ふふふふふふふふふ……、と不気味に凄まじく笑みながら、呑みに出掛けたきり帰らぬ、各々の連れ合いへの怒りを一層露にした。

──龍麻と龍斗が、今、こうしている理由わけ

それは、約三時間程前に遡る。

その日の宵の口の始まり、龍麻の連れ合いである蓬莱寺京一は、「一寸、馬鹿シショーと呑んで来る」と龍麻に言い残し出掛けた。

同時刻、龍斗の連れ合いである蓬莱寺京梧は、やはり、「ちょっくら、馬鹿弟子と呑んで来る」と龍斗に言い残し出掛けた。

だが、遅くとも九時頃までには帰る、本当に軽く呑むだけだから夕飯は家で食う、とそれぞれの連れ合いに言い残した弟子も師匠も、九時を過ぎても帰宅せず。

あの馬鹿師弟コンビは、帰宅すると言い残した時間のことも、すっかり冷めた夕飯のことも忘れて呑んでいる、との結論に辿り着いた龍麻と龍斗は、確実に『大虎』になって帰って来るだろう二人を、揃って『待ち構えて』いる、と。

……まあ、そう言った具合だ。

故に、午前様、と言われる時間になっても戻る気配も見せぬ連れ合い達を、手ぐすね引いて待ちながら、龍麻と龍斗は、京一と京梧への悪態を吐きまくっていた。

「別に、京一と呑みに出掛けるのが悪いと言っている訳ではないのだ、私は」

「俺だってそうですよ。別に、京梧さんと呑みに行くのが悪いって言ってるんじゃないんです。但……」

「……そうなのだ。但、あの二人は、連れ立って酒を嗜みに行くと、必ず、大虎になって帰って来る。私は、それは良くない、と言いたいだけなのだ」

「そうなんですよね。京一、せめて呑み比べくらいでは一矢報いたい、とか思ってるみたいで、京梧さんとだと、絶対に呑み過ぎるんです。どうしようもない酔っ払いの世話するのはこっちなのに」

「京梧もだ。内心では、京一のことを、目の中に入れても痛くない弟子であり子孫だと思っているだろうに、どうにも、京一の前では子供のような意地を張りたいらしくてな。世話の焼ける……」

「本当に……。……全く、あの先祖と子孫は、どうしてああなんでしょうねえ……」

ブツブツブツブツ、先祖と子孫は、連れ合いに対する溜息混じりの愚痴を零し、

「確かにな。どうしてああなのか、と私も思わないではない。それも、蓬莱寺京梧と言う漢の一つだと思えば、愛しくはあるけれども」

「………………龍斗さん。相変わらず、京梧さんとのことに関しては、臆面がないですね……」

「そうか? だが、龍麻、お前とて、京一とのことに関しては、臆面などなかろう? 何があろうと、如何なるモノを持っていようと、お前にとっての京一は、『蓬莱寺京一』以外の何者でもなかろうに」

「それは、まあ…………。ええ、そうですけど……」

会話と言う名のボタンの一寸した掛け違いを犯した二人は、コタツの上の渋茶と茶請けに手を伸ばしつつ、勢い、惚気を言い合い始めてしまった。

「好い漢だと思う。心底。掛け値無しに。涙が出る程の剣術馬鹿だけれども、京梧は、とても好い漢だ」

そして、そんな、どうしたって惚気にしか聞こえぬ先祖と子孫の語らいは続き、何時しか、彼にとっては水と変わりない酒を引き摺り出し嚥下し始めた龍斗は、素面のまま、ケロっと、或る意味レベルの高い惚気を言い放った。

「そう、ですね……。はは……」

──緋勇龍斗と言う彼が、龍麻にすれば赤面物の科白を表情一つ変えずに吐くのも、京梧に対してだけは底なしの寛容さを誇るのも、もう龍麻は慣れっこになっているが、流石に、正面切って、好い漢、と言い放たれた経験は少なく。…………ない訳ではないが。

この人は……、と思いつつ彼が言葉を濁せば、

「ああ。好い漢で、私の全てだ、京梧は」

と、龍斗は無意識に追い討ちを掛け、だから、「うわー、龍斗さん、変なスイッチ入っちゃった……?」と龍麻が唇の端を盛大に引き攣らせた時。

「なあ、龍麻?」

「はい? 何ですか?」

「何故、私には、京梧の『子』が生せぬのだろう?」

惚気の限度を盛大にすっ飛ばした一言が、龍斗から飛び出た。

「……………………うわっ、熱っ!」

「何をやっているのだ、茶が──

──お茶なんかどうでもいいですっ! 熱かったですけどって、それよりも! お願いです、色んな意味で還って来て下さい、ご先祖様っ!! 後生ですからっ!! 男に子供は産めませんっ!!!」

その一言の所為で、龍麻は、飲もうと持ち上げ掛けていた湯飲み茶碗を落っことし、手に茶を被る羽目になって、でも。

手拭いを差し出した龍斗も掛かった茶の熱さも無視して、ガンっ!! と血相変えた彼は天板をぶっ叩いた。

「そういうことを言っているのではない。私とて、男の私に京梧の子が孕めぬことくらい承知している」

「じゃあ、どういう意味ですか、今のは…………」

「だから、何と言えば良いか…………」

しかし龍斗は、何処までも、常通りの春風のような雰囲気を纏ったまま、小首を傾げる。

「龍斗さん……。お願いですから、しっかりして下さい……。正気を取り戻して下さい……」

「正気を取り戻した方が良いのはお前ではないのか? ──だから。お前達も知っている通り、私には、『みな』の声と想いが届くだろう? 『皆』がこの世に在るのが解るだろう?」

「ああ、精霊の『皆』ですか? ええ、そうですね」

「『皆』の中には、姿のないモノも多い。血潮も肉も持たぬモノも。だが『皆』、当たり前に、この世に何かを生む。水は風を生み、風は火を生み、火は雷を生み、雷は水を生む。海と空と大地は命を紡ぐ。全ての生き物は子を生す。……私も、京梧も、人で。『生き物として子を生す為の理』として神が定めた片割れと手を取れば、生き物としての子は生せる。だが、私と京梧は、そういう意味での片割れではない」

「……ええ」

「でも。京梧は私の全てだ。故に、生き物としてでなく、京梧の片割れとして、私は、私の全てである──即ち、私にとってのこの世に等しい京梧が、確かに在った証を、この世に遺したいと思うのだ。けれど、私に子は宿らない。…………子である必要は無い。望めぬし、望んでもいない。但、生き物が連綿と、子から子へ血を繋いで行くように、確かに彼がこの世に在った証を遺したい。『子』の如くに。……そう思うことはある。それ故に。『皆』にも出来ることが、何故、私には出来ぬのかと、稀に思うこともある」

「…………さっきの呟きは、だから、なんですね。何だ、良かったぁ……。俺、龍斗さんが、本当に『メルヘンの世界の人』になっちゃったのかと思いましたよ。ハハハ……」

「何だ? その、めるへんの世界の人、とやら──

──何でもありません。気の所為です、ご先祖。空耳です。忘れましょう。…………でも、そっか……。自分にとっての『世界』に等しい人が、確かに存在した証明を世界に、か……」

──始めの内は、「どうしよう、自分の先祖がとてもとても遠い所に行ってしまったかも知れない、何とかして現実世界に引き戻さなきゃ駄目だ!」と、内心相当慌てつつ、百面相をしていた龍麻だったけれど、龍斗の言う処の『子』とは、所謂子供ではない、と気付き、紛らわしい言い方しなくても……、とは思いながらも百面相を止め、ぽつっと呟きながら、僅か俯いた。

「その……、今のは愚痴と言うか、『遠い昔』にはよく思ったことと言うかで……」

そんな風に龍麻が俯いてしまったのを見て、龍斗は、些細なことで簡単に落ち込む質の子孫には聞かせない方が良かった愚痴を、自分はうっかりしてしまったのかも知れないと、暫しの間、おろおろとしていたが。

「でも、龍麻? 私はな、もうとんと、今、お前に聞かせてしまった愚痴めいたようなことを、思わなくなってきたのだ」

やがて、何かに思い当たった風にパッと笑んで、酷く優しく彼を呼んだ。

「……? ……どうしてです?」

「今の世で、お前達と巡り逢ったからだ。京梧の剣と血を受け継いだ京一は、確かに京梧がこの世に在ったと言う、証そのものだ。私の武と血を受け継いだお前は、確かに私がこの世に在ったと言う、証そのものだ。そんなお前達がこの世に在るから、私は段々と、今聞かせたような思い煩いをせずに済むようになってきた」

「龍斗さん……」

「私達が、お前達とゆかりを持って、お前達と言う『証』を得られたように。お前達が、私達を『継いで』くれたように。お前達も何時かきっと、某かと縁を持って、証が得られる日が来る筈だ。だからもう、そんな顔をするのは止めぬか? お前達と巡り逢って、身の内に宿す何か、私が産む何か、それだけが『京梧を遺す』為の証ではないと、漸く私も悟れてきた。私に悟れてきたことなのだ、お前に悟れぬ筈は無い」

そうして龍斗は、何処となくポカンとした表情を見せる龍麻へ、身を乗り出し、頭を撫でた。

「だから、要らぬ落ち込みは捨てて。要らぬ思い煩いも捨てて。幾ら何でもそろそろ帰って来るだろう大虎共を、しっかりと迎え撃とうではないか。あの二人を『この世』とすら想う私達に、心労ばかり掛けているのだ、少し、思い知って貰わねば」

「……そうですよね。たまには、嫌って程思い知らせないとですよね。俺達の為にも」

──自分達を確かに世界に落としてくれた人達の片割れに、今、安堵を貰っている。

……そう思いながら、龍斗の言う通り、落ち込みと思い煩いを捨てた龍麻は、笑みを取り戻しながら、きっぱり言い切った。

End

後書きに代えて

『羨望』と言う話の中で、馬鹿コンビ(笑)が、あーだこーだ言い合っていた同時刻、緋勇一族がしていた話。

うちの龍斗は、本当に本気でメルヘンの世界の人なので、年中言動が変です。

悲しいかな、子孫達は、そんなメルヘンの世界の人に、大分慣れてしまいましたが(笑)。京梧に至っては、龍斗はこうなのが当たり前以前。

…………何か、駄目だ、うちの蓬莱寺一族&緋勇一族(遠い目)。

──ま、龍斗や龍麻の本音の一つは、京梧や京一の存在を、何とかして世界に遺したいと想う程なのー、ってことで、一つ。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。