東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編

『夢の中』

夢を見たことがなかった。

事の分別も付かない本物のガキだった頃には、他愛無いシーンばかりが継ぎ接ぎのように重ね合わさった夢の一つや二つ、見たような憶えもあるが、そんな遠い昔の話は、今となっては……、だ。

────夢を見たことがなかった。

……いや、正確には、夢を見た覚えがなかった、と言うべきなんだろう。

だが、夢を見たことがなかった、と言うのが正解なのか、夢を見た覚えがなかった、と言うのが正解なのかなんて、そんなこと、俺にはどうでもいい。

眠りの中で見る夢、それを見た覚えがなかったのは、紛れもない事実だから。

俺の所為で、俺を産んだあの女が自分で自分の命を断っても、俺は夢を見なかった。

夢を見ない。

夢を見た覚えがない。

……それを、不思議に思ったことはなかった。

夢なんか、見ようが見まいが大したことじゃなかった。

気にしたこともなかった。

数え切れぬまでに見たとしたって、何の足しにもならない夢になんか、興味の欠片も無かった。

…………でも、十六の年。

高校一年だったあの年の冬、俺を産んだあの女のように、彼女──何時でも丘紫の香りに包まれてた彼女が、俺の所為で自らの命を断って暫くがした頃から、俺は、夢を見たいと思うようになった。

夢を見たい。

……それは、切実な願いだった。

夢を見ることは、覚えてしまったことの何一つ、どうやっても忘れ去れない俺の、細やかな、けれど確かな望みになった。

救いの一つに成り得ると思った。

夢を見れば。夢が見られれば。

何時の日か、彼女のことも忘れられるような気がした。

彼女が逝ってしまったのも、それが俺の所為であるのも、全て、忘却という、俺には未知の世界に押し流せる気がした。

夢の中で、ナニモノかに責められたかった。

彼女でもいい、俺を産んだあの女でもいい、他の誰でもいいから、誰かに、何かに、何も彼もお前の所為だと言い放たれたかった。

あの女が逝ったのも、彼女が逝ったのも、全て俺の所為で、俺さえ、こんな風に産まれて来なければ、誰の人生も狂わなかったんだと突き付けられたかった。

彼女のことを、あの女のことを、決して忘れさせぬと言わんばかりの悪夢を見て、そうして魘されて飛び起きる度、忘却への道を一歩ずつ進める気がした。

だのに俺は、夢一つ、悪夢一つ、見ることはなかった。

忘却なんて、俺には何処までも未知で、彼女のことも、あの女のことも、『何もせずとも忘れられない』のだと思い知った。

所詮、俺は、どうしたって何一つも忘れられないのだと確かめるだけの夜が続いた。

何をどう足掻こうと、俺は決して赦されない、それも思い知った。

……到底、俺なんかが赦されていい筈は無いと、最初から判っちゃいたけれど。

夢を見たことがなかった。

それでも夢を見たかった。

だから眠り続けた。

望むような夢なんて、訪れないと知っていても。

何一つ忘れられないのだと思い知らされても。

夢を生まない代わりに、『眠り』は、否応無し記憶に刻み込まれることも生まなかった。

…………そう、眠りは俺にとって、唯一の逃げ場だった。

何者にも、記憶にも侵されない、俺だけの、何一つもない闇の中で、俺は眠り続けた。

何時でも彼女が纏っていた、丘紫の香りに埋もれながら。

夢を見たことがなかった。

けれども、彼女が逝って二年近くが経った秋の或る日、俺は夢を見た。

あの頃の俺を縛り付けていた、あの《遺跡》の中で。

あの年の、初秋のあの日、俺の目の前に現れた、葉佩九龍という名の宝探し屋の傍らでの、僅かな眠りの間に。

………………どうしようもなく、夢らしい夢だった。

辻褄の一つも合っていなくて、俺だけに都合良く出来ていて、幸せな心地を運んでくる夢だった。

切なくて、泣きたくなる程に。

一目で魅入る瞳を持った、俺の知らない世界で、俺の知らない生き方を送る、到底現実リアルとは思えなかった、宝探し屋なんてふざけた商売をしている馬鹿な『お子様』の傍にいるだけで、どうしようもなく焦がれていた、けれど何時しか諦めた夢さえ、こうも容易く見られるのかと思ったら、余計、泣きたくなった。

夢を見た。

望み続けていた夢を見られた。

……そんな出来事があってから流れた約三ヶ月の間、あの馬鹿の傍に俺は居続けたけれど、以来、当たり前に夢が見られるようになったかと言えば、そんなことはなくて。

やはり、夢は遠かった。

《遺跡》の中で、あの馬鹿に、渋々膝を貸してやりながらうたた寝の中で見たきり、夢は帰って来なかった。

あいつの傍に居続けても、花の香りに埋もれて死んだように貪る眠りだけが続いた。

あの馬鹿に、少しだけ──本当に少しだけしていた期待は実らなかった。

…………一度は得られた望んだ夢が、あの馬鹿の傍に居続けても得られなかった理由、それは多分、あの年のクリスマス・イヴの夜を迎えるまで、俺が、あの馬鹿を本当の意味で知ろうとしなかったからなんだろう。

知っているつもりでいたのに、俺はあの夜まで、あいつの抱える本当の世界も、本当の生き方も、知らなかった。

俺の抱える本当の世界も、本当の生き方も、あの夜まで、あいつが知らなかったように。

でも今は、夢は遠くない。

相変わらず、眠りの中で夢見るのは極々稀だが、あのクリスマス・イヴの夜、知らなかったあいつの世界を知って、あいつの生き方も知って、あいつが知らなかった俺の世界を教えて、俺の生き方も教えて、それぞれの現実が互いの現実になって、お互いの未来と人生を奪い合う約束を交わしてよりずっと、俺は、夢を見続けている。

あの馬鹿──葉佩九龍の傍らで、現実の中で送る夢を。

……そう、現実という夢の中に、俺は居続けている。

──────夢を見たいとは思わない。

もう、眠りの中で見る夢を求めたいとは思わない。

『夢』は、何時でも俺の傍らに在る。

End

後書きに代えて

今年(2011年)の、甲太郎さんお誕生日おめでとう話──の代わり。

六日も経ってるんで、大遅刻もいい処ですが(汗)。

挙げ句、誕生日ネタでも何でもないですが……。

別段、2005年頃の話です、と位置付けなくてもOKな内容なんですけれども、一応、2005年頃、ということで。

開き直ると早いタイプだと思うんです、彼は(笑)。なので、こういうこと思ったり言ったりするのは、天香卒業して直ぐくらいの頃かな、と。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。