28.決戦 act.2
辺りが、薄暗くなり始めた頃。
ルカ・ブライトを迎え撃つ為の準備に追われる城内を抜け。
シュウは、ふらり……と、アレックスの営む道具屋に姿を見せた。
肩に、猫を乗せたまま。
滅多な事では……と云うより、初めてここに、自ら赴いた軍師の姿──それも、猫を伴ったその姿に、目を丸くしたアレックスより、木彫りのお守り、と云う日用品を買い求め、彼は、今宵の決戦場となる、湖の畔の丘へと向かう。
途中、決戦の支度を整えている兵士達の幾人かと、ニ言葉、三言葉、言葉を交わし、時折、肩で寛ぐ子猫に苦笑をくれ、黙々と、彼は歩いた。
「……気配を殺したりせず、堂々と尾ければいいだろう。お前達が私を勘繰っている事は、私も承知しているのだから」
──そうして、辿り着いた丘に生える、大樹の元で。
立ち止まったシュウは、振り返りもせず、背中の向こう側に告げた。
「そう云われて、はい、そうですね、じゃあ……探偵業は勤まらないんだがねえ……」
彼の呼び掛けに、木立の影から姿見せたのはリッチモンド。
「別段、尾行がウリの探偵でもあるまい」
がさりと茂みを揺らして、若干距離を取り、立ち尽くした探偵に、遠くを見ているような一瞥をくれ、シュウは肩から猫を降ろした。
「もう少し……降りなければ駄目、か」
辺りを見回し、何かを探し、独り言を呟いて、シュウは湖側の茂みへと、分け入って行く。
「参考までに訊くんだが。何を探してるんだ?」
存在を無視された様な格好になったリッチモンドが、慌ててその後を追いながら、シュウの求める物を尋ねた。
「…………螢」
「は?」
「だから、螢、だ」
「はあ……」
質問に対する答えは至極簡潔で、間の抜けた声を、リッチモンドは出した。
「でも…又……何で?」
「螢でなければ、駄目だからだ」
「…………だ・か・ら。何の為に、螢を使うのかと、俺は聴いてるつもりなんだがなあ……」
「その内、判る」
「はいはい。そうですかい……」
「ああ。それに……『綺麗』だとは思わないか? 存在が細やかで」
「……そーですかい……」
何故、螢を探しているのか、その理由をシュウは答えてはくれず、はぐらかす様な事ばかりを告げるから。
存在が細やかだと綺麗と云う表現になるのか、この男の中では、と、リッチモンドは呆れながら、茂みを抜けた。
何処かに行く、と云う訳でもないらしいし、ハイランドの人間と接触を持つのでもなさそうだし、こちらの尾行は疾っくに気付かれて、でも相手はそれを許しているのだから、のんびり行きますか、と彼は岩に腰掛け、くしゃくしゃになった煙草を銜える。
「そう時間は掛からない」
「…お気遣い、有り難うございますー……」
が、一服、と決め込んだ途端、シュウの声が掛かって、リッチモンドは、やってられるか、こんな仕事……と、銜えたばかりの煙草を、ぷっと吹き出した。
背後に、探偵の気配と視線を感じながら。
シュウは、入り込んだ茂みの中、しゃがんだ。
うずくまる彼に倣う様に、子猫が腰を据えるのを、面白そうに眺めた後、漸く見付ける事の叶った螢達へ、彼は手を伸ばす。
暮れてゆく陽が合図なのか、徐々にその数を増やし始めた螢を数匹、先程求めた木彫りのお守りの中へ封じ込めて、かたりと彼は、お守りの蓋を閉じた。
茂みより出て、探偵の前を通り過ぎ、大樹の正面の凹凸の一つに、お守りを彼はぶら下げる。
「何かの呪い……とか?」
理解出来ないシュウの行動を、じっと見遣っていたリッチモンドが、首を傾げて問い掛けたが。
「呪
シュウの呟きは、その行動よりも、不可思議で。
「無駄じゃなかった? 何が?」
「私、が」
首を傾げるばかりのリッチモンドを残して、シュウは城へと戻り始めた。
「判らないお人だねえ……」
やっぱり、こんな仕事、やってられない、と、探偵が再び、その後を追う。
「有り難う……」
──己が、歩き出すのに合わせ。
トンと、軽い軽い『重み』を、その肩に預けるや否や、ニャン……と鳴いた子猫に。
シュウは、何らかの感謝を告げた。
「猫に、何の礼を云ってるんだかねえ……。──ああ、そう云えば。その猫、名前は?」
彼が、密かに告げた感謝を、リッチモンドが聞き届ける。
「未だ、だ」
「…………本当、判らない人だよ、あんたは……」
何だ、未だ、猫は『猫』のままなのか、と。
呆れた様にリッチモンドは、シュウと並び歩きながら、天を見上げた。