29.決戦 act.3
日没直後。
戦の前には、議場と化すのが常である、本拠地の大広間。
夜が更け始める頃……則ち、もう間もなく始まるであろう今宵の決戦を前に、集った仲間達に向けて、シュウが作戦の最終説明を始めていた。
「基本的には、挟み撃ちにするのだと思って貰っていい。ルカ・ブライトの部隊が現れたら、直ちに前後の道を塞ぎ、その後、先程分けた三隊にて総攻撃を仕掛け、ルカ・ブライトを仕留める」
淡々と、そこまでを語って彼は、決意も露な仲間達の顔を見遣り、最後に盟主へと視線を注ぎ。
「総攻撃……と申し上げましたが。要は、波状攻撃の様なものです。…敵は……あの男ですから。確実に相手の戦力を削ぎ、丘上に追い詰めた処で、一息に。……宜しいですね?」
訊くまでもないか……と思いつつも、少年に向けて、その意思を確かめる風に、シュウは云った。
「……そう…だね。うん」
盟主である少年は、一瞬、それが何か……はシュウにも判らなかったが、『何か』を躊躇う様に言葉を切り、が、こくりと力強く頷く。
「──有り難うございます。……ではアップル、出陣の用意を。今宵の月は、新月に近い。松明は使わず、出来るだけ、闇に目を慣らしておくように。それから、城内の灯りは落とすな。──私からは、以上だ」
この軍の導きである少年の頷きを合図に。
ならば、と。
シュウは、ルカ・ブライトを討ち滅ぼす為の、号令を放った。
遅くとも。
夜が明ける頃には、何も彼もが、『終わっている』筈だ、と。
うっすらとした笑みを、口許に浮かべながら。
夜空に、糸かと見紛う程細い、月が昇り。
天頂の彩りである、天の河が輝き出し。
微かに、虫達が鳴き出した頃。
同盟軍本拠地を取り囲む、鬱蒼とした森の中を、自軍の精鋭達を率いたルカ・ブライトが進んでいた。
晴天とは云え、掲げられた月は細く、星明かりだけが頼りと云っても過言ではない、闇に支配された森を進めば、茂みの向こうに、目的の城の灯りが零れ出して、ルカは馬上にて、クッ……と唇の端を歪めた。
「煌々と燃える城の灯りか……。高鼾の最中か、はたまた、逃走の算段に忙しいか。……所詮は蛮族、その辺りが関の山だろうな」
間近までハイランド軍が迫って来ているこの時期に、何故、同盟軍にとって、文字通り、最後の砦であるその城の灯りが煌々と灯されているのかの理由を、そんな風に解釈して、ルカは独り言を洩らした。
その声は、付き従った兵士達にも判る程、機嫌の良さそうな響きを滲ませている。
高揚している、証拠なのだろう。
事実、彼の中には、『昂り』があった。
これでやっと、憎み抜いた蛮族共の蟷螂の斧をへし折ってやれる、と。
きっと、『楽しい』戦いが出来て、浴びるだろう敵の血潮で乾きは癒えて。
そして何より。
何より…………──。
────だが。
「申し上げますっ! 先行隊が、同盟軍の奇襲を受けておりますっ!」
喜びや高揚……と云うよりは、安堵、に近い思いを巡らせていたルカの気分を逆撫でる様に、前方より慌ただしく引き返して来た兵士が、声高な報告を告げた。
「ルカ様っ! 後方より、同盟軍がっ!」
そして、告げられた報告に眉を顰める暇もなく、別の兵士の報告も。
「何だと……? 奴等が、森に潜んでいたとでも云うのか? 下らぬ悪足掻きを…っ」
兵士達の報告に、どうして今宵の夜襲が知れてしまったのか、不思議に思う間もなく、ルカは憤りを吐き。
皇王を囲んだ兵達の間には動揺が走ったが。
「ルカ様、これでは挟み撃ちに……──」
「慌てるなっ! 怯むな、愚か者っ!」
戦う事に、絶対の自信を持つ皇王は、部下達を一喝する。
「……ルカ様っ!!」
が、その張り上げられた声の木霊も消え去らぬ内に、又別の兵士の悲鳴に近い叫びが上がり、闇夜を切り裂く音達もして、周囲の茂みから放たれた数多の弓が、彼等を襲った。
兵達も、ルカ自身も、その剣を振るう間もなく、弓矢は注がれ。
「…………っ!」
その内の一つが、ルカを乗せた白馬の首を深々と抉り、激しく仰け反った馬の背よりルカは剥き出しの地面へと放り出され、膝を折った。
「ルカ様をお守りしろっ!」
刹那の衝撃を堪える様に、声を詰めたルカの周囲を、兵士達が囲む。
しかし。
夜の闇に満たされた、森を、空気を切り裂く矢は、容赦なく彼等へと降り続け。
大地へと崩れる激しい音を幾重も立てて、皇王を庇った兵士達は倒れ、ルカも又、手傷を負った。
宵闇に仄かに浮かび上がりそうな、白金の鎧の隙間から矢が忍び込み、傷付いた肌に、じわりと血が滲み始めたが、その表情一つ、変えず。
か細い、が鋭い凶器達を、彼は引き抜いた。
染み出る程度の勢いだった血の滲みが、勢いを増し、白金の上を伝う。
しかし、それでも。
痛みなど、欠片も感じてはいないのか、平然とした顔をして、ルカは、同盟軍の兵士達に囲まれた、弓の雨降る夜の森を、敵の本拠地目指して、進み続けた。