7.償い act.1
ソロン・ジー率いる王立軍第4軍を、辛くも退けて。
同盟軍の本拠地は、今、細やかで、でも賑やかな宴の中にあった。
唯の傭兵集団から、明確な『軍』となり、居城を手に入れ、導く者を迎え入れた彼等が、一夜の馬鹿騒ぎに興じても、誰も非難など出来ないだろう。
深夜になっても続く酒宴の中から抜け出して。
シュウは一人、自室となった部屋へ戻っていた。
酒が弱い訳でもなかったし、宴の席が取り立てて嫌いと云う訳でもないが。
一人、静かにしていたい、と云う思いが何処かにあって。
酒の瓶と小さなグラス、それだけを抱え、誰にも気付かれぬ様に、彼は会場を後にした。
今日くらいは、既に己が身に襲い掛かっている莫大な量の執務は忘れて、腰を据えて飲もうかと思ったのだが、窓の無いその部屋は、どうにも息が詰まった。
だから彼は。
自分だけの酒席の為の道具を再び手に、そっと、扉を開ける。
途端、ニャ……と、小さな声と共に、足許に何かがまとわりついた。
「猫……?」
何処かから、紛れ込んで来たのだろう。
人恋しかったのだろうか、猫は、気持ち良さそうに喉を鳴らして、額を足に擦り付けて来る。
「迷い猫か?」
小さな体を片手でひょいと持ち上げて、彼は胸許に抱え込んだ。
未だ、母猫が恋しいであろう、子猫。
彼──若しくは彼女は、シュウの体の温もりが嬉しいのか、又、小さく、ニャァ…と鳴いた。
そう言えば、この城の周りには、やけに小動物が多かった気がする。
我が物顔で城内を彷徨く動物達の、一匹なのだろう。
「……付き合え」
『相手』の出自をそう値踏みし。
人間には決して見せない、掛け値なしの穏やかな笑みを、腕に抱いた子猫に見せて。
シュウは、廊下を歩いた。
珍客を、静かな酒宴の連れにするつもりだった。
変わらない歩調で廊下を進めば、広間から洩れ聞こえる喧騒は見る見る遠くなって、階下に降りたら、もう耳に届かなくなった。
城門を抜け、夜道を少し歩き、城の明かりが目に届く処で、彼は岩場に腰を降ろした。
腕を解かれても逃げようとせず、膝の上で丸まった子猫の柔らかい背を撫でつつ、固い岩の上に置いた杯に、酒を満たした。
空を見上げれば。
湖畔を背にする土地柄の所為なのだろう、未だ、季節は夏なのだと主張せんばかりに、淡い光を放ちつつ、沢山の蛍が闇夜を舞うのが見えた。
水門のある街ラダトでも、良く見掛ける事の出来る、眩い昆虫。
──あの街で、一人過ごす静けさを愛していたのに、何故、今自分は、ここでこうしているのだろう。
幾ら、その手に紋章を宿すとは言え、人々の希望に成り得るとは言え、未だ、あどけない面差しの十五の少年を、同盟軍の盟主に担ぎ上げた。
戸惑いながらも、それを受け入れた彼に、有らん限りの才で支えると、誓いまで立てた。
酷な事だと、判っていて。
自分が、何も彼もに、嫌気がさしているのを知っていて。
「馬鹿だな……」
シュウは空を舞い続ける蛍の光に、そんな呟きを洩らした。
判っていた。
アップルの申し出を受け入れた時に。
こうなる事は、判っていた。
児戯。
所詮は、ゲーム。
……そんな言葉が、重く脳裏にのしかかる事も。
なのに、引き受けてしまった。
捨てきれない、自負があったから。
己の立てた、戦の為の策で、どれ程の人命が奪われたとしても、失われた生命を嘆き、それを恨む者が生まれても。
それが、アップルには耐えられなくとも、自分の良心に、幾許の呵責も生まない自負があった。
ゲーム……なのだ。
所詮は。
操れる。
何も彼も。
自分には、それが出来る。
出来てしまう。
失われていく生命も、生み出される怨嗟も、利用する事すら出来る。
だから……ゲーム。
戦いなど、盤上のゲーム。
生命を持った、駒を操る。
この掌の上のゲーム。
操られるだけの駒からしてみれば、『神』の掌の上で行われる、それ。
嘆かわしい事だと判っていて。
自分には、策を違える事すらなく、それを行える自負がある。
それを……………捨てきれない。