27.決戦 act.1

「……だから、ルカ・ブライト率いる部隊が、この本拠地に侵攻して来る際に取るルートは、湖畔沿いの道筋以外にはないと思われるから。弓矢隊を、先程の説明通りに配置して……こちら側の手勢は……そうだな、三部隊程に分ければいいだろう。盟主殿、ビクトール、フリック、この三人に、それぞれの隊のリーダーを勤めて貰って……」

「一寸待った。相手はあの狂人だぞ? 認めたくはないが、化け物よりも尚強い。そんな相手を叩き潰そうってのに、こっちの戦力、そんなに分散しちまって大丈夫なのか?」

「それなら、問題はない。主な部隊を三隊に分ける理由は、そこで一息に皇王を倒すのが目的ではないからだ」

「…じゃあ、何処で殺るってんだよ」

「中庭から出られる、デュナン湖を臨む丘。あそこだ。場所も広さも適度だしな。周囲には茂みもあるから、伏兵も潜ませ易い」

「……………だがシュウ殿? 伏兵と云う策を用いるのは大いに結構だが……。先程云われたように、今宵、城中の明かりを灯したとしても、あの場所までをも照らし出すことは叶わないと思うが。正面から向き合って戦うなら兎も角、あの様に暗い場所へ、皇王を誘い出しても、伏兵達から的の位置が判別しなければ、意味がない」

「城の明かりを灯すのは、視界を確保する為ではない。…………『的』の位置を知る方法には……考えもある。──今、ビクトールが云った様に、あの男は、化け物よりも、尚強い。あれと戦って勝つ為には……手順がいる」

──レオン・シルバーバーグが、同盟軍の本拠地を訪れてより、丁度一時間後。

シュウが宣言した通り、本拠地ニ階にある広間で、『軍議』が行われていた。

尤も。

それは何時も通り、『軍議』と云えば聴こえはいいが、正軍師・シュウが、脳裏で描いた戦法を皆に伝え、伝えられた皆は、それを確かめ合い、疑問点を明らかにするだけの、連絡の場、とでも云うべきものでしかなかったが。

「……判った。では、手配を」

けれど、人々はもうそれを、当たり前の事と受け入れていたから、あらかたの説明を、シュウが終えてしまったと見るや、次々、己の為すべき事を為す為、広間からは消えた。

キバが消え、リドリーが消え、アップルやフリックが消え。

一人、又一人、と、その場から人間が去って行く中。

書類を纏めていたシュウの背中に、まるで見張っているとでも云う風に、ビクトールとクラウスだけが、眼差しを注いでいた。

「云いたい事があるなら、簡潔に云え。私は忙しい」

他の皆がいなくなって、盟主がいなくなって、そうでなければ恐らく口を開かぬだろう二人の視線にずっと気付いていたから、広場に居残った人間が、彼等二人が望む状態になってやっと、シュウは、冷たい眼差しの二人を振り返る。

「急転直下、事態がこうなっちまったからな。兎や角云ってる暇も、ないんだろうけどよ。………本当に、ルカ・ブライトを倒すつもりが、あるんだろうな?」

漸く向き直ったシュウの瞳を、真正面から捕えて、先ず、ビクトールが口を開いた。

「あれと、馴れ合うつもりが、私にある様に見えるとでも?」

「……『あれ』、ね……」

「『あれ』、では何か不都合があるか?」

気に入らない、と顔全体に書いてあるビクトールへ、淡々とシュウは返す。

「シュウ殿」

シュウのそんな態度に、ケェっ、と、何も彼も気に入らないと、ビクトールが腕を組んで、有らぬ方を向いてしまったから、今度はクラウスが口を挟んだ。

「何だ」

「貴方に、ルカ・ブライトを倒す意思がない、とは云いませんが。先程の軍議の内容には、一つ、納得し兼ねる部分があります。貴方が決戦場に定めた丘に敵を追い込める時刻は恐らく、真夜中近いでしょう。……そうなると、何の明かりも、ありませんね、あそこには」

「そうだな。今夜は月もある筈だから、真の闇と云う訳ではないだろうが。だがそれは……」

「……ええ、それは、先程お聞きしました。伏兵に的を知らせる方法に関しては、考えがある、と。他の皆さんは、それで納得された様ですが……どう考えても、こちらの戦力を分散して事に当たる以上、あの場所に潜ませる伏兵達は重要な役割を果す事になる筈です。ならば、貴方のその『考え』とやらが上手くいかなかった場合、我々が不利な状況に追い込まれる可能性は、高い筈です」

「正論、だな。で? だから?」

「いや……だから、ではなくてですね……。──こんな事、貴方に云うまでもない事ですけど。同盟軍は、盟主殿の細腕に、皆がぶら下がっている様な状態で成り立っています。ですから、ルカ・ブライトは、我々全員を相手にする必要なんて、ないんです。盟主殿の首を打たれて、消えられでもしたら、誰が生き残ろうとも、明日の朝には我々の軍など、瓦解してしまうんですよ? 充分、お判りでしょう? なのに、今宵の作戦に於ける最も重要な部分の一つを、貴方は、考えがある、の一言で流してしまわれた」

「………クラウス。私は、云いたい事は簡潔に云えと、そう云った筈だ」

「簡潔に述べてますよ、これでもね。……先日までの私でしたら、それで納得もしたでしょう。貴方には貴方の、考えがあるから、と。今までの戦いを乗り切るだけの策を立てて来られた貴方の事ですし。…………でも。今は。それだけではもう、信用に足りません」

──やはり。

何時も通り、表情一つ変えず、こちらの言い出した事に、茶々を入れる様な返答を返すシュウに、クラウスは、最後に重く、告げた。

「どう云う意味だ? ……ああ、ビクトールとリッチモンドに、何か云われたのか、お前も。……そうだな。何の不思議もないか。『あの時』の出来事を、お前だけは知っているのだから……。────成程。あれと私の関係を気にし出したのは、クラウスに話を聴いたからか? ビクトール。…だがそれでも。お前達が知り得ている事の断片を繋ぎ合わせた結果がその結論、と云うのは、私には理解出来ない」

信頼出来ない、と云うクラウスの発言に、シュウは不思議そうに、僅かだけ首を傾げた。

「……あのなあ。──クラウスから聴いた例の話は、不幸な出来事だった、とは…あー……思う、よ。そう云ってもいいのかどうかなんて、俺には判らないけどな。……だけどよ。現実に『そう云う事』があって、それでもあんたはルカ・ブライトと密会を重ねているらしい……とくればな。そんな軍師様、信じられねえぞ、普通は」

そこで何故、不思議がるのか、その方が不思議だよ、とビクトールは乱暴に、己が頭を掻く。

「そうか? 個人的な事と、戦争に於ける役割と、切り離して考えらぬ方が、私には不思議だが。──信じられぬなら、それでも構わない、が。お前達も、あれに殺されたくはなかろう? ならばとっとと、支度をしろ」

けれどシュウは、何処までも、淡々とした姿勢を崩さず。

「シュウっ!」

「シュウ殿っ」

「………死にたいのか?」

未だ、様々な事を云い足りないのだろう二人に、ちらりと一瞥をくれて、纏め終えた書類を抱えると、議場を出て行った。

「…………どうする、クラウス?」

「どう……と云われましても。負けるつもりは……ないみたいですね……。裏切るつもりも…ない……様子ではありますけど」

シュウに置き去りにされ、広い議場にぽつりと残った二人は、困惑に満たされたまま、顔を見合わせ。

「よーく、あの鉄仮面から、そんな事判断出来んな、お前」

「シュウ殿のアレには、慣れましたから。……まあ……今、敵の大将と家の正軍師は密会する仲です、なんて公言したら、パニックになりますからねえ。彼を糺弾してみても、裏切られても、結果は同じなら、ここは大人しくシュウ殿に従って戦ってみた方が、未だマシなんじゃないでしょうか」

「……すっげえ、ヤな選択だがな……。仕方ねえか……。まあ……最悪の事態になっても、家のリーダーが生き残れば、明日からも何とかなる、か……」

「ですね」

──ルカ・ブライトと云う驚異が目前に迫っている今、今一つ信用の置けぬ正軍師殿に従うより他、道はないのだろうと、ヤレヤレ……そんな感じで、彼等は肩を落とした。