30.決戦 act.4

その歩みを止めようとも、返そうともせず。

「舐めた真似をと云うべきか……小癪な真似を、と云うべきか……。しかし、何故……」

ルカは、常の早さで足を進めながら、何故、この夜襲が同盟軍側に知れたのかを、考えていた。

しかし。

謎を解く為のそれが纏まりを見せる前に、一握りの人間達が眼前に立ちはだかり、彼の思考は止まる。

「ルカ・ブライト! お前の首を貰うぞ!!」

茂みの中より姿現し、そう叫んだ青年達を、ルカはじっと見遣った。

青い衣装と、やはり青いマントを纏い、すらりとした剣を携えた彼を筆頭とした一団。

隊のリーダーらしきその青年を、戦場で見掛けた事がある気もしたが、そんな事は、ルカにとってはどうでもいい事で。

「馬鹿な事を云うな。貴様達の様なクズ共が……」

漸く、後方から追い付いた己が部隊の兵士と共に、青年達の直中へと、ルカは斬り込んだ。

彼にしてみれば、僅か、と例える以外に他ない『手間』を要し、青年達の部隊を退け。

「ルカ・ブライトっ!」

が、それが最初からの手筈だったのか、さっと身を引いた青年達と入れ替わりに、粗野な風貌の男を筆頭とする、新たな手勢に行く手を阻まれ。

「……無駄だ」

苛立ちも露にルカは、同盟軍の者達に、化け物よりも尚強い、と例えられた戦場での才を如何なく発揮して、更に歩みを進めた。

「おいっ! そっちに行ったぞっ!」

実力の差の所為か、それともやはり、手筈だったのか。

中央から割れる様に、左右へと引いた部隊を率いていた粗野な男の声が上がる。

「どう云うつもりか…知らんが……」

弓矢に負わされた傷と、二度の戦いで負わされた傷に、若干、忌々しげな顔をして、ルカは、声が放たれた方角……則ち、己が進もうとしていた暗い夜道の先へと、瞳を凝らした。

「…ルカ・ブライト。お前の命運は尽きた」

────向き直った先、そこで。

抑揚なく告げながら、静かに立つ一人の男を、ルカは見付ける。

彼と共に居並ぶ、幼い面差しの少年と、数人の兵士も。

「………………お前、か。…久しいな……」

長い黒髪の男──シュウの姿を見付けて、ルカは。

誰にも聞こえぬ程細やかな声音で呟き。

誰かが誰かの愛しい者へと、微笑みを送る様なタイミングで、残酷な嗤いを浮かべた。

弓矢隊の猛攻を退け、フリックやビクトールの隊をも退けたらしい、甲冑を着込んだ者の立てる重たい足音を、闇の向こうに聞きながら、シュウは唯、静かに時を待っていた。

「後方支援の者達はどうした? 戦闘を終えた隊から順次、回復魔法を……──

付き従っていたクラウスとアップルへと出す支持も、淡々としていた。

「……ねえ、シュウさん」

と。

眉一筋も動かさず、決戦場に立つ彼を、隣に並んだ盟主が呼んだ。

「…何か?」

「…………本当に、これで、いいの?」

ゆるりとしたテンポで見下ろして来たシュウを、少年は、何処か困った風に見上げる。

「この後に及んで、何を躊躇われているのですか」

吐き出された盟主の呟きに、シュウは嗜めをくれたが。

「シュウさんが構わないのなら、それでいいんだけど。……判ってる? シュウさん。さっきから、一寸だけ、自分が泣きそうな顔してるって自覚、ある?」

戦災孤児だったらしい、と云う境遇の為、本当の年齢も判らない、十五を越えたのか、越えているのかも判らない年の少年が続けた言葉は、他の誰もが……シュウ自身すら気付かなかった、指摘、で。

「御冗談を」

軽い作り笑いを湛え、シュウは盟主に答えた。

「私の顔が泣きそうに見えると云うなら……柄にもなく、緊張でもしているのでしょう」

「……そうかもね」

作られた笑みをじっと見詰め、曖昧な同意を示すと、少年は眼差しを大地へ落とす。

「そうだと……いいね…」

曖昧であろうとも、少なくとも、同意、ではあった呟きを、希望へと変えた彼に、シュウはもう、何も云わず。

「…ルカ・ブライト。お前の命運は尽きた」

覚束ない星明かりと、糸の様な形の月に照らし出される、暗い視界の向こうに、白金の甲冑が形作られ始めたのを見取り。

シュウは、ルカへと向き直った。

抑揚なく告げた己の声と姿に、彼が立ち止まり、久しいな……と読み取れる動きを唇に与え、そして、残酷に嗤うのを。

立ち尽くしたその場にて、シュウは唯、見ていた。

今にも人を喰い殺しそうな程、凄まじく嗤った癖に。

手負いで、返り血でなく自らの血で白金の甲冑を汚していて、傷付いた体での連戦に体力を奪われたのか、若干、肩で息をする感じのルカ・ブライトへ。

何処までも静かな眼差しを与えながら、シュウは。

「最早、従える兵も数少ない。手負いでもある。……この囲みを破る事は、叶うまい。大人しく……──

淡々、と勧告を告げた。

──ふははははははは! 囲みだと?」

けれど、皇王は。

恐らくは、この軍師の口にする事が正しいのだろう、と、ハイランドの兵でさえ思わずにいられぬ勧告を、大声で嘲笑った。

「囲み? 何を以て、囲みと云うんだ? 貴様等は。この様なもの、俺には無人の野にしか見えんっ」

チャリ……っと、剣を握り直し。

「その首。残らず叩き落としてくれる」

ルカは、盟主の少年定め、片手を振り上げた。

途端、闇夜を劫火が照らし出す。

「盟主殿っっ」

「行くぞっ!」

目標となった少年を気遣う声と、戦いを促す声とが入り交じり。

人々が、散り。

……ガキっと。

ルカの剣と、少年のトンファーがぶつかる、鈍い音が響いた。