カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『命の運ばれる先へ』
諸注意
この作品は、個人的『幻想水滸伝3 補完小説』です。
ご了承下さい。
又、私は幻水3よりも、幻水2の方に愛が寄っていますので、3に登場するキャラに対する愛情が希薄かも知れません。
その件に関しましても、御容赦及びご了承下さい。
その大陸の西、ゼクセン地方とグラスランドの境界線に位置する、ビュッテヒュッケ城。
のどかなその城の、立派とは言えない城門の前で、常のように城を守っていた、小さな守備隊長の少女、セシルは。
「すみませーん、ビュッテヒュッケ城って、ここですか?」
自分と大して変わらないと窺える年頃の少年に、声を掛けられた。
「はい、そうですよ。ここが、トーマス様のビュッテヒュッケ城です。何か、御用ですか?」
問われたことに、誇らしげに胸を張って答えながら、セシルは少年を見遣った。
声を掛けて来た、確実に男であるのに、やけに可愛らしい少年と、その少年の連れらしい、推測出来る年齢よりも少しばかり大人びた風な、綺麗な顔立ちの少年の二人を。
同じような赤い色の、この辺りでは余り見掛けない服を纏った、顔の造作は似ていないが兄弟のように見えるその二人は、セシルの頷きに、良かった、と顔を綻ばせ。
「僕達、旅の途中なんです。この城は自由商業地で、宿屋もあるって聞いたんで……休ませて貰おうかなって思って」
じーっと見詰めて来るセシルに、にこにこと、弟らしい少年の方が訪問の理由を告げた。
「ああ、そういうことなら、どうぞ。ゆっくりとされてって下さいねっ」
春の日溜まりのように微笑みながら喋る少年につられて、セシルもにこっと笑む。
「……だって。良かったね」
「はいっ」
すっと道を開けてくれたセシルに軽く礼をしながら、兄らしい少年が、弟らしい少年を促して、それじゃあ、と二人は、城……と言うよりは、少し大きめな館、と言った方が相応しいだろう城内に、消えて行った。
何処からどう見ても、仲睦まじい兄弟か従兄弟にしか見えない旅の少年達が、或る意味、この城に踏み入る際の最大の難関と言えるだろうセシルに阻まれもせず、あっさりと、ビュッテヒュッケ城の門を潜ったその日。
城の酒場では、娯楽の一つである芝居が催されていた。
──それぞれの理由とそれぞれの思いの為に、誰からともなく『破壊者』と呼ぶようになった、このゼクセンとグラスランドに災い齎す者達と戦おうと、沢山の人々が、この城には集っている。
今を遡ること十八年前のトラン、やはり、今を遡ること十五年前のデュナン、そのそれぞれの大地で起こった戦いに決着を付けるべく、人々が集った、あの頃に『似て』。
だから、時折この城では、娯楽が催される。
戦いに明け暮れる人々を、一時でも慰める、という意味もそれにはあるが、最大の理由は、この城が、慢性的な財政難に陥っているからだ。
溢れんばかりの人々を食べさせ住まわせ、戦いに送り出す為にはどうしたって軍費は必要である。
が、十八年前や十五年前の戦いとは違い、此度グラスランドに起こったこの戦いは、星々に導かれて集った者達の間にさえも、相容れぬ確執が存在していたり、一軍を率いる者と城主が同一人物ではない、という少々複雑な事情も介在しているので、資金集めも簡単には行えず……言わば、苦肉の策の一つ、と言ったノリで、この城には幾つかの娯楽があるのだ。
城と軍を保たせる資金を集める場、としての娯楽が。
だが、舞台裏の事情がどうであれ、娯楽は娯楽であるが故に楽しいものでもあるから。
素人芝居が掛かる日、劇場と化す酒場は、それはそれは盛況で、五十年前の伝説の一団『炎の運び手』を率いていた『炎の英雄』の後継者や、それに関わる者達も舞台に立つ芝居を一目見ようと、近隣の住人も沢山見物に訪れていた。
そしてその盛況振りは、その日の芝居に於いても例外ではなく。
「あははは。面白そうですねー」
「そうだねえ。僕達の時には、こんなのなかったからね。…………あったら、楽しかったろうなあ。誰も彼も、無理矢理舞台に立たせてやったのに」
「あ、いいですねえ。僕もやりたかったな。ビクトールさんに女装させてみたかったー」
「……。それは僕は、一寸……」
溢れんばかりの人々に混ざって酒場に潜り込んだ、今日ビュッテヒュッケ城を訪れたばかりの二人の少年も、芝居見物を決め込んでいた。
「えっと……パンフレット、って……。──へー、今日の演目は『決戦! ネクロード』ですって。……わー、原作書いたの、マルロなんだー。元気にしてるかなあ、マルロ……」
「ティントが舞台の芝居か……。懐かしいね。そう言えば、あの時は未だ小さかったリリィも、ここにいるらしいけど」
酒場の片隅のテーブル席の一角に、ちんまりと陣取って、近くにあった手書きのパンフレットを引き寄せ、少年達は楽しそうに回想を始める。
芝居の題材である、十五年前のデュナン統一戦争当時のエピソードの一つを、その目で見て来たかのように。
そうして彼等は暫し、懐かしい話を語り合って。
「あ、始まりますよ」
「そうだね。楽しませて貰おうか」
さあっと舞台の幕が上がった気配に、口を閉ざした。
──少年達の視界の中で。
デュナン国の最初で最後の王となった少年が、未だ同盟軍盟主だった頃、ネクロードという吸血鬼を倒す為に訪れた、ティント市の坑道を模した舞台装置が露になる。
と同時に、舞台の裾から、一人の金髪の男性が姿を現して、語りを始めた。
彼の役所は、ナレーションのようだった。
語りが終わり、役者が登場し、劇は進んで行く。
……そんな舞台を、見物人達も、そこに混ざった少年達も、囃し立てながら見ていた。
…………が。
劇が進み、当時の計算にして四百年間ネクロードを追っていた、吸血鬼の始祖シエラ役の女性が登場した時。
「……蒼き月の村の長老にして、吸血鬼の始祖。性格は尊大で人使いが荒く、重い荷物は人に担がせ、散々こきつかった挙げ句、人の血を吸いトンズラをかます!! 電撃妖怪オババ、シエラ!!」
シエラ、という人物を語る男のナレーションに、どう聞いても恨みの籠った即興としか思えぬ台詞が折り混ざり。
そんな語りが終わるや否や。
「…………あははははははははははは!! ──き………聞きました? 聞きました? 聞きましたっ!? 今のあれっ!」
周囲の者達が、何事、と舞台から視線を逸らしてしまう程の高らかな笑い声と、
「よっぽど、恨みがましく思ってたんだねえ……彼……」
……と言う、しみじみとした同情の声音が沸き上がって。
笑い転げた少年が、バシバシ、テーブルを叩く音も響き。
「ひーー。もう駄目ーー。お腹痛いーー。おっかしいーーー。シエラ様に聞かせたいーーーっ。告げ口したいーーーーっ」
「彼女に密告したら、洒落にならないってば……」
静かにしろ、との周囲の咎めも無視した、少年達二人だけの騒ぎが、酒場の一角では沸き起こった。
「……え?」
──周囲にも止めようのなくなったその騒ぎは、舞台の上にまで届いた。
故に、問題のナレーションを語ったばかりの男は、今、己が芝居の最中だということも忘れ、騒ぎの方向を見てしまう。
「……あああああっ!!」
そうして。
舞台より遠目に観客席の一角を見詰めた、その日のナレーション担当だった男、ナッシュ・ラトキエは。
笑い転げている二人の少年達の顔に、『当時』の記憶が甦ってしまったが為、甲高い叫び声を上げた。