『決戦! ネクロード』と銘打たれた芝居の山場に差し掛かった所で、観客席より爆笑が沸き起こったが為。
そして、その爆笑の声の主に心当たりがあったナッシュが叫んで、芝居をぶち壊してしまったが為。
結局、その日の舞台は御破算になってしまった。
その後。
見物客達は、訳も判らず芝居が中断されたことに、ぶつぶつ文句を言いながら、三々五々、酒場より消え、娯楽を台なしにした当事者である二人の少年は、やはり、芝居を駄目にした当事者であるナッシュに引っ張られて、軍師達の集う部屋に、引き摺って行かれ、数人の人々にぐるっと、少年達は取り囲まれた。
「あんたら……何者だい? ……ああ、俺は、シーザー・シルバーバーグって者だ」
──先程、酒場で起こった騒ぎを、耳聡く聞いたのだろう。
代々軍師を輩出する名門、シルバーバーグ家に名を列ね、此度の戦いの正軍師を務めているシーザー・シルバーバーグが、己達の部屋へと、ナッシュの手により放り込まれた少年達を、腕組みして見下ろした。
「初めましてー」
「シルバーバーグ? ……ひょっとして君、レオンの孫?」
が、少年達は、とっとと逃げ出して行ったナッシュの後ろ姿に、一瞬だけ恨みがましい眼差しを送ると、ころっと表情を変え、シーザーに向き直り、脳天気な台詞を、それぞれ、吐いた。
「……そうじゃなくってだな……」
「──大丈夫よ。私が知ってるから。それに……ルシアさんも」
けろっと、悪びれもせず、にこにこと自分を見詰めて来る少年達に、シーザーは渋い顔をしたけれど。
少年達と彼の間に、さっとアップルが割って入った。
「…………アップル?」
自分達を知っている、と言いシーザーを止め、大人の女の笑みを浮かべるアップルに、少年達は二人揃って、首を傾げ、
「そうですよ。セツナさん、カナタさん。お久し振りです」
浮かべた微笑みを崩さず、アップルは、二人の名を呼んだ。
「うわーーー。アップルさんだ。本当にアップルさんだ。久し振りーーーっ」
「……大人になっちゃったねえ、アップルも……」
名を呼ばれた、年下の方の少年、セツナは、眼前の女性と、己が記憶を結び付け、破顔し。
年上の方の少年、カナタは、或る意味、失礼な感想を洩らす。
「お二人共、お変わりないですねえ」
「当たり前ー。……処でアップルさん? シーナは?」
「結婚したんじゃなかったっけ?」
そうして、『あの頃』と変わらない姿、変わらない仕種、変わらない態度で、口々に言う少年達に苦笑を洩らしたアップルに、セツナとカナタの二人は、突っ込んだ質問をぶつけた。
「………………私にも、色々と事情があるんですっ。そう言う自分達はどうなんですかっ! 怪しい噂が流れる程、仲が宜しかったでしょうっ。──それよりもっっ」
「……あれ、僕達、まずいこと聞いちゃいました……? でも、何でここに、僕達の噂がどうのこうのって出て来るんです?」
「さあねえ。どうだろうね。──僕達は、清い仲だよねえ? ま、僕達が出逢って丁度五十年目になったら、キスくらいしてもいいかなって僕は思ってるけど」
「…………カナタさん……??」
「まあまあ、冗談だから。……多分」
不躾な質問に、さっと顔色を変え。一応の意趣返しもし、こそこそ語り続ける二人の襟首を引っ付かんでアップルは、シーザー達へと向き直り。
「私から紹介します。──こちらの、棍を持ってらっしゃる方が、カナタ・マクドールさんです。で、こちらの、トンファーを下げてる方が、セツナさん。ルシアさん以外の皆さんには、トランの英雄と、デュナンの英雄、と言った方が通りが良いかしら」
一同を見渡し彼女は、今だけは何処となく情けない風に映る、どう見ても、単なる悪ガキの二人を、今の仲間達に紹介した。
「………本当なのか? ルシア」
アップルに引き立てられている二人が、ここグラスランドやゼクセンの地でも有名な伝説の英雄であると聞かされ、リザートクランのデュパが、カラヤクランの女長ルシアへ視線を送った。
「ああ。……正直、再会したくはなかったがな」
自分に向けて、やっほー、と小さく手を振って来るカナタとセツナを腕組みしつつ眺め、嫌そうに、ルシアは事実を認める。
「へぇ……。じゃあ、あんたらが、かつての天魁星コンビで、むかーし、ルシアに命を狙われた同盟軍のリーダーさんと、トランの英雄殿、か。話は良く、アップルさんから聞かされたよ」
むすっと答えたルシアの様子に、くすり、シーザーが笑った。
「うるさいっ、シーザーっ!」
昔の出来事をちらりと語られ、バツが悪そうにルシアが叫ぶ。
「初めまして。お噂は予々。……私はゼクセン騎士団の、サロメと申します」
そんなシーザーとルシアのやり取りを横目で見遣りつつ、サロメと名乗る騎士が、二人に挨拶をした。
「……それで? 二人の素性は判ったが。どうして、この城に?」
その部屋に居合わせた者達が、一通り声を発した処で、シーザーは、カナタとセツナに向き直る。
「んー……。通りすがり、って言えば、通りすがり?」
「噂聞いてねえ。色々、と。この辺りで戦いが起こってて、どうやら懐かしい面子も、又巻き込まれてるらしいって聞いたから。ま、顔見せって奴だね」
すれば二人は顔を見合わせ、一寸した興味だよね、と仲良く頷き合った。
「顔見せ……って……」
その説明に、アップルは、納得いかなそうだったが。
「平気、平気。気にしなくってもいいよ、アップル。明日には、出てくから」
「そうそう。僕達、旅の途中だしっ」
懸念に満ちたアップルに笑顔を向けて彼等は、自己紹介終わったんだから、少し彷徨かせて貰うよと、とっとと軍師達の集った部屋を出て行く。
「…………何だ? ありゃ。真の紋章持ちな天魁星ってのは、あんなに食えない性格なのかい? アップルさん?」
僕達は我が道を行く、と言わんばかりの彼等の背を見送って、呆気に取られたような声をシーザーが出した。
「……ええ、そうよ。ま、あの二人は、特別かも知れないけどね」
彼等があんな風なのは昔からなのよ、とアップルは頷く。
「懐かしげに、手を振られるとは思わなかった……」
少年達が去った扉を何時までも見遣って、ルシアはがっくりと肩を落とし。
「あれが、伝説の英雄か」
「……そうみたいですね……」
デュパとサロメは、複雑そうな面持ちで、顔を見合わせた。