「セラ……は……」

人々が見守る中。

フッチとトウタに縋って、意識を取り戻したルックは身を擡げた。

「セラ……」

唯、未だに目覚めぬ彼女を一心に見詰め、又、泣きそうな顔を作って。

「彼女は……。『信じる道なら、進むのでしょう。それが、人の性なのですから』。……そう言って……。僕が奪う、百万の命の中に、自分も加えてくれて構わない、そうも言って。百万の命よりも、僕を選んだのだと……言って…………っ。──セラ…………」

彼女が告げた幾つかの言葉を、ルックはなぞった。

「馬鹿ルック。……今頃、そんなこと気付いて……」

「でも、大丈夫。未だ、やり直せる。彼女は生きているのだから」

なぞった言葉の向こうに、今、ルックが何を感じているのか、如何なる想いを隠したのか、それを察し、セツナとカナタが呟く。

「…………そう…だね……」

笑みの中に、案じている気配を織り交ぜた二人を見上げ、ルックは薄く微笑み返し、

「……あり………がと……」

聞き取れるか否か際どい小さな声で、彼等から目線を逸らしつつ告げると。

「……僕に、何が出来るか判らないけれど……。生きていれば償うことが出来ると、そう言うなら……。それが、本当なら……。もう一度、セラが微笑んでくれるのを、待って。何時まででも、待って……それから、僕に出来ることを探してみるとするよ。生まれた時から、真の紋章を宿していた僕にしか……あの寒々しい風景を、良く知っている僕にしか、出来ないことを、ね……」

フッチやトウタの手を離れ、彼は、セラへと近付きその手を握った。

「カナタ? セツナ? ……僕は、忘れないよ。『夢』を見せてくれると、そう言った君達の台詞。忘れないからね。嘘になんて、するんじゃないよ? ──ビッキー、フッチ。天気のいい日に、ピクニックに誘ってくれたら。付き合ってあげても、いいよ」

そうして、彼は。

セラの手を強く強く握り締めたまま、『言葉』を残して、すっ……と半眼になると、瞬きの呪文を唱え始めた。

「『帰る』のかい?」

何処いずこへと消え去ろうとするルックに、カナタが言った。

「又ね、ルック。皆でピクニック行こうね。セラさんに、お弁当作ってって言っておいてね」

カナタの問いへ頷きだけを返したルックに、セツナはそう告げた。

セラの作るお弁当を、と言った彼へも、ルックは唯、頷き。

「何時か『一緒』に、『償い』をしよう」

「『その時』が来たら、会おうね、ルック」

「その頃にはいい加減、けじめの一つでも付けとくんだね、二人共」

──何時の日にか、きっとやって来るだろう『償い』を行う日に。

再び会おうね、とカナタとセツナは語って。

再会の誓いを迫る二人に、意地の悪い笑みをルックは送った。

「又ね、ルック君っ」

「ピクニックの日には、迎えに行くから」

フ…………と、異空間にルックが消える寸前、ビッキーは明るく手を振り、フッチは明日の約束をするような口調で語り、人々の集った草原より『破壊者』は消えて、グラスランドだけに吹く風が、そこには戻った。

「あ……れ……? 軍曹?」

「あの魔導師は……?」

「消えたか? それとも逝ったのか……?」

──ルックが消えた直後。

漸く、この地の三人の英雄が目覚め、身を起こした彼等は風使いの姿を視線で追ったが、もうそこには草原しか有り得ず。

「さあ、どうだろうね」

「僕は知りません」

よろりと起き上がったヒューゴ、クリス、ゲドの三人へ、カナタとセツナは笑みを向けた。

「知らない……って、あんた達……」

「さて、と。僕達の用事は済んだし。行こうか、セツナ」

「そですね。僕達、旅の途中に寄り道しただけですしね」

白々しい嘘を吐く二人に、ヒューゴが呆れた眼差しを向けるも、もう二人は取り合おうとせず。

「じゃ、又ねー、ビッキー、フッチ、トウタ。それに、星辰剣も。元気でね」

「序でに、そこの三人の英雄さんも。レオンの孫に、えーと? アヒルさん、だっけ? アヒルさんも、元気で」

「アヒルじゃないっ!」

ケラケラと笑いながら、人々に、それは軽やかな別れを告げ、

「けじめかー。付けなきゃねえ、その内に」

「……けじめって、ルックが言ってた奴ですか? それ、どういう意味です?」

「……内緒」

呑気な会話を交わしながら、カナタとセツナは、ヤザ平原を歩き出した。

「何か……」

足取りも軽く、平原を渡って行く二人の背を送り、ぽつり、ヒューゴが呟いた。

「ん? 何だ、ヒューゴ」

ぼんやりとした眼差しで、遠く霞んで行く少年達を見詰めているヒューゴを、ジョー軍曹は見下ろす。

「…………何か、さ。余りにも、俺とは生き方の違う二人だなあ……って思ってさ」

「別に、それはそれで、いいんじゃないか? お前はあいつらとは違う人間なんだし」

「そりゃ、そうだけど……」

「あの二人が垂れた能書きのことは、ルシア族長に俺も聞いたが。連中には連中の事情があるように、俺達には俺達の事情があるんだ。それでいいじゃないか。あいつらだって、そう言ってたんだろう? 例え、誰と相容れなくても、自分が正しいと思うことを俺達だって為したんだ。それでいいじゃないか、ヒューゴ」

「……そうだね……」

訥々と、まるで一陣の風のように己達の前を吹き抜けた、伝説の『英雄』達に思い馳せるヒューゴを軍曹は諭し、諭されるままに頷いて、ヒューゴは立ち上がった。

「……うん、結局。あの二人が何を知っていようとも、運命なんてこの世にあるって、俺には思えないし。運命なんて、運命だよな。俺は運命なんて、甘受も受け止めることも、出来ないや」

ビュッテヒュッケ城に戻るべく軍曹と共に歩き出しながらも、最後に一度だけ、カラヤの少年は振り返って。

もう、影さえも見えぬ二人に向けて語り。

「帰りましょうか、クリスさん、ゲドさん」

にこっと彼は、『大切』な人達に向けて、笑みを送った。

────その日。

『破壊者』が、グラスランドの地より消えた、その日。

緑の大地にて繰り広げられた、百万の命とこの大陸の、未来と運命を懸けた戦いは、静かに幕を閉じた。

勝利の余韻のどよめきにビュッテヒュッケ城が包まれた、丁度同じ頃。

その地より遠く離れた一つの島にて。

「…………お帰りなさい、ルック」

盲た女魔導師の、静かな声が零れたことも知らぬまま。

グラスランドを後にして、再び、『世界』を目指して歩きながら。

「何時の日か。共に、『何も彼も』を、『償おう』ね、ルック」

「命の運ばれる先で、待っているよ」

二人の少年が、そう呟いたことも、知らぬまま。

その日。

一つの歴史が、静かに終わった。

End

後書きに代えて

お楽しみ頂けましたら幸いです。

…………どーーーっしても、納得いかなかったんです。幻水3の終わり方が。

なので、こういう小説を書くのはどうだろう、と内心では思いつつも、書いてしまいました。

どうしても、彼が死んだことが納得いかなかったんです。

ルックが死ぬストーリーに納得出来なかった訳ではなく、ラストバトル終了後、炎の紋章の継承者が彼に止めを刺さなかった事実があるのに、ルックがあっさりと死んだことが。

……何で、彼は、あんなにもあっさりと死んでしまうの。

この小説を書く時に、私は二つだけ、真剣に悩んだことがあります。

それは、この話の中で、最終的にルックを殺すか生かすか。

ルックを救うならば、それに、ヒューゴ達三人が、手を貸すか否か。

どっちにしようか散々悩みましたが。結果は、ああなりました。

こんな話の一つくらい、同人の中にあったっていいじゃない? と思いましたので。

『螢の水』の中で書いたように、生きて償うって選択肢があったって、いいと私は思ったんです。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。

最後まで、お付き合い、どうも有り難う。

2003.01.07 自室にて

海野 懐奈 拝