『起きんか、ヒヨっ子共』

さわさわと草原を渡る風に頬を撫ぜられ、その風に乗る少しばかりドスの利いた声に耳朶打たれ。

「……朝ぁ……?」

「ヒヨっ子って、誰のことかな……?」

伏していた緑の大地より、セツナとカナタが身を擡げた。

「えっと……?」

「あれ?」

一瞬、何故自分達がそうしているのかの判断が付かなかった二人はキョロキョロと辺りを見回したが、眼前に、何者かの手に掲げられた星辰剣があるのに気付いて、どうして? と首を傾げ、

「気付かれました? 良かった……」

世話しなく周囲に気を配り始めた二人に、安堵の声が聞こえた。

「……え? トウタ? どうして?」

星辰剣より声の主へと視線を移して、そこにいるのはトウタだと知り、セツナは、きょとんとする。

「はーい、呼んで来ましたっっ。魔法でっっ」

と、不思議そうな顔をした彼の隣に、ぽすんとビッキーが座り込み、

「頼んだんですよ。皆さん、急に倒れられちゃったから。トウタ連れて来てくれって。序でに、エッジから星辰剣も借りて来て欲しいって。紋章絡みの話は、紋章に聞くのが一番だと思ったんで」

トウタと一緒にルックを看ていたらしいフッチが、星辰剣とトウタがここにいる理由を語った。

「ああ、そういうこと」

竜騎士の説明を受け、漸く納得がいった、とカナタは頷き、そのまま、もう一度辺りに彼は気を配り。

「……………星辰剣やトウタがいる理由は判ったけど。どうして、ダックやレオンの孫までいるのかな?」

視界に飛び込んで来た、正しくダック、な姿をした鳥人族の者と、シーザーに向けて眉を顰める。

「付いて来ちゃったんですぅ。トウタ君に事情を説明している所、見られちゃって」

すればビッキーが、この状況に関する補足を、笑みながらした。

「成程」

「うわー……。アヒルさん……」

カナタの納得を他所に、ビュッテヒュッケ城で見掛けなかった訳ではないけれど、ここまで間近で見るのは初めて、とセツナが瞳をキラキラさせながら、鳥人族の男──ジョー軍曹、と呼ばれている彼に抱き着いた。

「俺はアヒルじゃないっ! ダッククランの者だっ! ──そこで未だくたばってる、ヒューゴの保護者みたいな者だから。話聞いて、付いて来たんだ」

フカフカの羽毛に興味を示し、縋って来たセツナを振り払いながら、軍曹は訴える。

「しかし、まあ……やってくれたよ……」

セツナから逃げ回る軍曹を横目でちらりと見遣って、星辰剣を抱えていたシーザーが、セツナとカナタを見比べ、頭を掻いた。

「何を?」

「色々」

「まずいことをした覚えは無いよ」

「……まずい、とは言わないがな」

「本当に。シルバーバーグ家の血を引く者は、持って廻った言い方が好きだね。弟子にも、その傾向があるし」

事の成り行きに納得がいかなそうなシーザーを見詰め返し、カナタは嫌味を吹っ掛ける。

「そういう血筋なんだろ? 仕方ないさ」

が、シーザーは唯、肩を竦めるだけでカナタの嫌味を流し、

「処で、星辰剣?」

カナタはカナタで、ふいっと、意識を夜の紋章の化身に向けた。

『何だ』

シーザーの手の中で、刀身を露にされた剣は答える。

「僕達は、一体?」

『……簡単だ。倒れただけだ。使い方も良く知らぬ、紋章を宿したばかりのヒヨっ子共が集まって、がむしゃらに力を振り絞ったりなぞするから、恐らく負担が掛かり過ぎたのであろう。何処ぞの吸血鬼辺りが聞いたら、鼻で笑いそうな程、不様な様だな、カナタよ』

「うるさいよ。生憎と僕等はとっても若いんでねえ。至りって奴?」

どうやら機嫌が良さそうな化身に疑問を投げ掛けたら、高らかに嘲笑を返されて、カナタはすっと瞳を細めた。

『事実は事実。お主等がヒヨっ子と言うのは、紛うことなく、事実。まあ、未だ起き上がれぬそこの三人よりはマシだが』

「だから、もういいって。……で? ルックは?」

端から見れば、空恐ろしいと映るだろう彼の半眼にも星辰剣は負けず、何時までも言い争っていても仕方ない、とカナタは、ジョー軍曹を追い掛け廻しているセツナの首根っこを掴んで引き寄せ、ルックのことを、剣に尋ねた。

『……生きたい、と言ったのであろう? なら、助かっても何も不思議ではない』

すれば、剣は。

『想いの程』が如何なる物か、訊くことも無かろう? と言って退けた。

「大丈夫ですよ。多分、もう一寸したら目覚めると思います。そちらの女性は……予断を許しませんが……」

星辰剣の言葉を聞いていたトウタも、少なくともルック『は』大丈夫だ、と告げた。

「…………セラさん……大丈夫かな……」

剣と医師の言葉を聞いて、セツナは不安げな顔をする。

「信じよう。ね? セツナ」

そんな彼の髪を、大丈夫、とカナタは撫でた。

「……………………セラ、はね……」

──と。

その時、緑の上に横たわっていたルックの声が、人々の耳を打って。

一同は一斉に、ルックへと眼差しを注いだ。