カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『宿り木』

荒削りの、一応はスプーンに見える木で出来た粗雑なそれを片手に、野営の火に掛けた鍋の中身を掬って口に運んでみたら。

「……………うっ……」

素晴らしく『芸術的』な味が口一杯に広がって、セツナは思わず顔を顰めた。

「やっちゃった……。そうじゃないかなー、とは思ったんだけど……」

煮込み料理のスープの、舌先が痺れたんじゃないかと思える程に『芸術的』な味わいを、近くの小川から汲んで来た水で漱ぎ落としながら独り言を呟き、さて、どうしよう、と彼は腕組みをした。

────旅の空の下、野宿をやり過ごす為の簡素な料理を、日中の内に捕らえた獲物を使って、今、セツナは作っている最中だけれど。

彼等の旅は、当てがある、とは言えぬ旅だから、些細な勘違いで歪んでしまった鍋の味を変えられるだけの調味料なんて、早々、持ち合わせている訳はない。

通り過ぎる街々の交易所や道具屋を覗けば、塩でも砂糖でも買い求めることは出来るけれど、荷物が重たくなるのを判っていて、必要以上に買い込む訳にはいかない。

だから、要するに。

この、芸術的な味わいの鍋の中身を劇的に変化させる術を、料理の才能には恵まれたらしいセツナでも、簡単には捻り出すことが出来ず。

端から見れば、夕餉が煮上がるのを楽しみに待ち侘びているような風情で、彼は打開策を探し出した。

────デュナン統一戦争が、同盟軍側の勝利を以て終結した後。

三年の時を経てより新国の国王としての地位より降り、デュナンの大地より出奔したセツナが、トラン建国の英雄カナタ・マクドールとの旅に出て、そろそろ二十年になろうとしている。

その間には、懐かしい人々との再会だったり、友である魔法使いにお節介を焼いてみたりと云った数々の出来事があったけれど、数年に一度、ふらーり且つこっそり、遠くから見守り続けているデュナンの国に姿見せつつも、彼は放浪を止めていない。

それは、己が望んだことであり、共に在るカナタが望んだことでもあるから。

何時の日か『その時』が来るまで、セツナにもカナタにも、この旅を止めるつもりなどない。

──だから。

そんな彼等だから。

外見だけは少年のままある二人は、随分と年季の入った旅人と相成っていて、旅慣れているが故に、今宵のように、街道より少し外れた森や林や洞窟の中で、野宿をしてやり過ごすなど、有り余る程の経験があり。

常ならば、目を瞑っていても、野営料理の失敗などする筈もないセツナなのに。

何故か、その日に限って、彼は残り少なくなった調味料の袋と、別の袋を取り間違えた。

お陰で鍋の中身は『芸術的』な味と化し、セツナは腕組みして悩む羽目に陥り。

どうしようかなー、と悩んで悩んで悩みまくって、挙げ句。

大して悲しかった訳でもないし、ポーズ程に困っていた訳でもないのに。

ぽろっと。

彼は、その双眸の片側のみより、一粒、涙を零した。

………………例えるなら。

それは、生きている人間ならば生涯に幾度かは経験するだろう、瞬間だった。

意味もなく泣きたくなるような。

どうして涙なんて出るんだろうと、思わず考えずにはいられないような、ふとした『瞬間』。

──今、鍋の中身を睨みながら悩んでいたセツナが迎えた『間』は、そのような瞬間で。

故に、余り意味などない風に彼は涙を一滴零して……が、運の悪いことに、その間は、片方の瞳から流れた雫をセツナが拭い取る前に、辺りの見回りから戻って来たカナタに目撃された。

「…………セツナ?」

疾っくに日が沈み、夜の闇を迎え入れているその場所でも、赤々と燃える野営の火があるが故に、くっきりと浮かび上がったセツナの涙に、ガサリと茂みの中から姿現したばかりのカナタは、怪訝な顔をする。

「あ、お帰りなさい、カナタさん」

訝しげに声を掛けて来た相手に、ゴシっと涙を吹きながら、セツナは微笑み掛けた。

「どうしたの?」

「何でもないですよ。ゴミ入っただけで」

「……そう?」

火の傍へと寄りながら、何か? と問うたカナタに、意味もなく泣きました、とは言えず。

未だ完全に失敗した訳ではない料理の不出来さを、認めたくもなければ告げたくもなく。

爆ぜる薪が舞い上げたゴミが目に入っただけだ、とセツナは誤魔化した。

「なら、いいけど」

泣いたのではない、と告げるセツナを、顔を近付けたカナタは、まじまじと覗き込んだが、一滴しか流れなかった涙は、セツナの嘘をカナタに疑わさせる程、迫力を持ったものではなかったから、そう云うことなら、とカナタは肩を竦めた。

「過保護ですねえ、カナタさん」

「せめて、心配性って云ってくれない?」

「あは。……そですね。愛情、感じますぅ」

「……どーだか」

ゴミが、と云う説明に一応の納得は示したものの、何処か不満げなカナタの態度をセツナは茶化し、『溺愛』なのには自覚がある、とカナタはもう一度肩を竦め。

彼等は何時も通り、じゃれ合いのような会話を始めた。