真の紋章を使ってしまったのだから、今日だけは大目に見て、セツナを休ませてやってくれないか? と云う、トランの英雄直々の『お願い』と。

疲れちゃったから午後のお茶をして来ます。どうしても、それが優先なの。休んだら、お仕事するからね、との盟主の『宣言』に負けて。

予想外の出来事だった、キメラ達との遭遇を乗り切って、本拠地の中へと帰って行くセツナとカナタを、シュウは憮然と、残りの五人はさもありなん、と云う風に、黙って見送った。

実の兄弟以上に仲良く並び、規則正しく遠くなって行く少年達の背中が、全て消えた後。

大人達は皆一様に、複雑そうな顔をして、何かを言いたげに、が、結局、胸にわだかまるものを言葉には出来ぬまま。

──又、後で。

そんな簡単な挨拶の一言も交わさず、騎士達は厩舎へ、傭兵達は酒場へ、軍師とその護衛は城の本棟へ、それぞれ、戻って行った。

────キメラ達との遭遇、それは。

確かに、不測の事態だったけれど。

あの二人が傷付くことなく終わったのだ、所詮はそれだけのこと、で。

暫くの間、城内で、一寸した語り種になるだろう程度の、『穏やか』な、午後の一コマ、でしかなく。

六人の男達が見た物は、あの時吹きゆきた風のように、何時か記憶の中から消えてしまう、些細な出来事、でしかないのだけれど。

穏やかな午後の一コマの中に見た、些細な出来事は。

見る者が見れば気付ける、余りに多くの意味合いを、そっと含んでいて。

些細な出来事に感じさせられてしまったことを、彼等は皆、結局、音には出来なかった。

あの刹那の少年達の『有り様』に。

一瞬の恐怖と、一瞬の憐れみを感じてしまったなどと。

彼等は、吐き出すことが、出来なかった。

────あの時。

迫り来るキメラ達から、少年達を守ろうと、居合わせた大人達が近付いているのに、充分気付いていた筈なのに。

タイミングによっては、戦士達を巻き添えにしてしまうかもと知っていて、微塵の躊躇いも見せることなく、ソウルイーターを翳してみせた、カナタの『有り様』に。

彼等は恐怖に近い、何かを覚えた。

この世の何も彼もがどうでもいい、と。

聡い者には時折だけ気付くことが出来る、そんな雰囲気を、カナタは纏っているのに。

セツナの為になら、あっさりと、呪いの紋章と忌み嫌われる、魂喰らいをも彼は呼び出してみせる。

魂喰らいが『魂喰らい』であることなど、カナタは気にするような質ではないが、それでも、その扱いの難しさくらい、重々承知しているだろうに。

カナタは、セツナに関わることであるなら、ソウルイーターを輝かすことも含め、何一つ、躊躇おうとはしない。

先程の、『些細な出来事』の中で、知らしめたように。

──この世界の何も彼も、どうでもいいと思っているのだろう少年の、『唯一』。

その唯一との少年の接し方に、大人達は恐怖に近い何かを覚えて。

彼の中に、数多あるzeroの中の、たった一つの『one』.

その存在に対する少年の心の有り様に、大人達は憐れみに近い何かを覚えた。

そうして。

自身の宿した紋章を使えば、己が命を削り取られて行くだけと、その事実を充分に知っているのに。

カナタを守る為だけなら、それで事足りただろうに、左手に宿している流水の紋章ではなく、輝く盾の紋章を閃かせたセツナの『有り様』に。

人々はやはり、憐れみに近い、何かを覚えた。

世界中の全てが愛しい、と。

セツナはそう云って憚らない。

自分の周囲を取り巻く全てを、幸せにしたいのだと、常に口にする。

自分が幸せになりたいからだ……と。

だから、己が紋章に命を削り取られること、それを、潔しとはセツナは思っていないだろうに。

大好きな世界の中の『一等』であるカナタの為になら、セツナは全てを投げ出してみせる。

先程のような、『些細な出来事』、の中でさえ。

──この世の全てが愛しい、と云う少年の、『一等』。

その一等へ向ける、少年の思いに、大人達は憐れみに近い何かを覚えて。

彼の中に、数多ある全ての中の、『全て』。

その存在に対する少年の心の有り様に、大人達は恐怖に近い何かを覚えた。

何も彼もが、どうでもいい世界の中の、『唯一』。

何も彼もが、愛しく映る世界の中の、『全て』。

愛すべきモノへ対する、彼等二人の接し方。

それは、正反対である癖に、背中合わせで。

恐怖に近い何かを思い起こさせる、憐れみに近い何かを思い起こさせる、少年達にのみ、真実理解出来るだろう、何か、で。

End

後書きに代えて

一言で云うならば、そうですねえ……私の書くこのお子様ずは、結構『怖い』、と云うお話でしょうか。

これで、真剣に、素で、正気なんですよ、この子達。何処も、何一つ、壊れてないんです。

でも、素面でこれ……って云うのは、かなり怖いことなんじゃないかなー……とね、思う訳でして。

個人的にカナタとセツナ、どっちが怖いか、と云われれば、セツナの方が怖いです(一寸天然だけどね、この子(笑))。より根性曲がってるのは、カナタの方でしょうけども。

何れにせよ、このお子様ず、二人共、性格複雑骨折なんでしょう。

でも、可愛いんですよねー、この子達。この複雑怪奇さが(←あっ)。

ずーっと、じゃれ合ってて欲しいです、この二人には。

ベタベタにセツナ(二主)を甘やかすカナタ(坊ちゃん)って図式、好き……。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。