「はいはい、頑張る。僕が動くまで止めないんだろう?」
「くっ……こんの……。棍使いなのにっっ。どうして、踏み込みの動作もしないでーーーっ! 腕と上体だけでー、僕を弾き飛ばせるんですかぁぁっ! 普通踏み出すでしょ、普通はーーーっ!」
「……だって、必要がないんだもの」
「……くぅぅぅぅやしいぃぃぃぃぃぃっ!」
ビクトールとルカの言い合いを、シュウが一言で遮って。
六人の大人達が沈黙を迎えた間も。
少年達の戦いは続いていた。
この模擬を止める条件とカナタが言い出した、一歩でもセツナが自分を動かせたら、と云うそれは、未だに満たされていない。
セツナが、上下左右、何処から攻めようと、カナタは動じない。
ならば後ろから、とセツナが思っても。
カナタが棍で作り上げる結界が、それをさせない。
セツナが叫んだように。
通常は、棍使いが取るだろう踏み込みの予備動作すら取らず、腕の力と上体の動きだけで、コロン、コロン、コロン、と、カナタは、セツナを弾き返していた。
だから。
未だに、カナタが言い出した、この勝負を止める条件は満たされていないが、いい加減セツナも根を上げるだろう、とギャラリー達が思い始めた時。
のどか、とも言える時間を断ち切るように。
ザ…………っと、自然が巻き起こした風には有らぬ風が、辺りに巻き起こり。
「………キメラ……?」
「まさか。どうして? このノースウィンドゥ辺りに、あの魔物は出ないだろうっ!」
「だが、現実だなっっ」
風景を見遣っていた視界の端を、風と共にさっと掠めた何かに目を奪われた後。
徐に現れた、この地方には存在し得る筈ない魔物の姿を見付けた、カミュー、マイクロトフ、フリックの三人が、ばっと立ち上がった。
「現実だろうが夢だろうが、んなこたぁどうだっていいんだよっ!」
三人同様、降って湧いた魔物──しかも、どう云う訳か、少々尋常でない数の魔物達──の登場に、ビクトールは星辰剣を抜きながら、低い姿勢のまま走り出す。
「盟主と……──」
「──お前が寄っても、邪魔になるだけだ。フォローはしてやる。下がれ」
何故、そこに現れたのか判らない、複数の魔物達の向かう先が、盟主とトランの英雄の立つ場所と知って、思わずシュウも、腰を上げたが。
ぐっと、ルカはその肩を掴み、己が背後へ廻した。
……一方。
大人達が魔物の出現を察して、慌ただしくなった時。
「……おや」
「…あっ」
カナタとセツナの二人も、ここが己の通り道だと云わんばかりに沸き上がった風の中から出現した、魔物達の気配を感じ取っていた。
「珍しいことも有るものだ。世界と云うものは、魅力的だねえ」
この辺りに生息域を持たない魔物達が、複数登場したのを視界に確かめ、す……とカナタは横に動いた。
幾ら、ノースウィンドゥ地方では珍しい、レベルの高い魔物が、片手の指では足りぬ程姿見せたとしても、カナタにとっては物の数ではなかったから。
幾度か、手の中の己が武器を閃かせれば、簡単に退けさせられる筈だった。
「わっととと……」
しかし。
魔物達の出現を感じ取った瞬間、半ばカナタに弾き飛ばされるのを計算して、突っ込んで行く最中だったセツナが、カナタが移動したことによって、バランスを崩し。
ザ……と、擦り音を立てながら、彼は大地に膝を付いた。
「セツナっ」
魔物達に背を向け、姿勢を乱した彼に、くっ……とカナタの声が飛ぶ。
幾らカナタが強かろうとも。
無防備になったセツナの背に迫った魔物達を、一瞬にして抹殺するのには、無理があった。
早い速度で流れる風に乗った、魔物達の手は。
今にも、セツナに触れようとしている。
──棍では、間に合わない。
パン、と視界の中に、その状況が飛び込んで来た途端。
そう判断したカナタは、キメラ達とセツナの間に、立ち塞がった。
「え、マクドールさんっ!?」
キメラ達へと振り返りながら立ち上がろうとした瞬間──そう、一連のカナタの動きは、ほんの数瞬の間になされたことだった──、そこに、カナタの背があるのを知って、セツナが驚きの声を放った。
だが、カナタはそれには答えず。
立ち上がり掛けの、半端な体勢でいるセツナの二の腕を、左手で掴み引き寄せると、口の中にて、小声で詠唱を呟きながら、右手を掲げた。
「……っ、マクドールさ……──」
カナタがしようとしていることを察し、自分達とキメラ達の間にある、僅かな距離を計り。
キメラ達が振るおうとしている一撃目と、カナタが詠唱を唱え終えるのと、どちらが早いかは、賭けだ、と判断して。
納められたカナタの腕の中で、セツナも又、詠唱を呟き始めた。
しかし、二人がそうしている間にも、ヒタヒタと、魔物の手は距離を縮め。
駆け寄ろうとしている大人達の願いも空しく、彼等は切り裂かれそうになったが。
「……ソウルイーターっっ」
キメラ達の翳した爪が、二人の少年に届くよりも一瞬だけ、早く。
カナタの詠唱が終わった。
唱えられたのは、『冥府』の詠唱。
彼が、甲高く呼んだ紋章の名と共に、魔法は放たれ、宙に浮かんだ死神達は、魔物達の命を狩り取って行く。
「紋章よっ!」
冥府を唱えたカナタに遅れること、数拍。
今度はセツナが、詠唱を唱え終わった。
セツナが唱えたのは、『戦いの誓い』。
漂う死神達も、狩られる魔物達も包むように、淡い光が辺りを満たす。
己を庇ったカナタが、傷付くことのないようにと、セツナが出現させた光が。
────ソウルイーターの放つ、冥く、重く、鈍い色の『霧』と。
輝く盾の紋章の放つ、明るく、暖かく、淡い色の光とが。
中空でぶつかり、四散し、魔物達を、カナタとセツナを、染め上げた。
「セツナっ! カナタっ!」
「盟主殿っっ。マクドール殿っっ」
少年達に駆け寄ろうとしていた大人達の目には、一瞬の内に流れ、映ったその様に。
二人を呼ぶ、声が飛んだ。
…………だが。
大人達が、彼等の元へ辿り着く為の足を、一層速めようとした時。
ふわ……と、霧も光も、風に流れて、晴れて。
見慣れた風景へと戻った辺りに、キメラ達の姿は、影もなく。
「セツナ? 怪我ない?」
「マクドールさんこそ。怪我、ありません?」
セツナを抱き締めたまま、ほっと息を付くカナタと。
カナタに抱き締められたまま、真剣な眼差しで相手の顔を覗き込むセツナの姿は、そこにあった。
「……良かったぁ……」
「…そうだね。良かった……」
ふ、と見詰め合い、少年達は互いの無事に安堵し。
「……でも。さっきのは、減点対象」
「うー……。御免なさい……」
「程々にしておこうね、って云ったのに。ムキになるから……。いい加減、機械的になってたね? 一歩も動かないって云った以上、跳ね返すしか僕がしない、なんて思うから、咄嗟の時にバランス崩すんだよ?」
「はぁい……。学習します……」
「悔しい気持ちは良く判るけど。無理は駄目だよ。無理だけはね。大丈夫。お茶菓子と一緒で、僕は逃げないから。僕は君の傍にいるのだから。……焦らなくともいいよ。共に、ゆくのだからね」
「……はい」
唖然、と見守る大人達の視線の中で、時間にして計れば、瞬きの間に等しかったろう『出来事』など、なかったかのように、何時も通りの表情で、何時も通りのことを語り。
「あれ? 皆?」
「──いたんだ」
魔物の代わりに近付いて来た大人達の気配に顔を上げ、どうしちゃったの? と、二人は揃って、首を傾げた。