カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『愛すべきモノ』

─カナタ─

「だから。どっちにすんだよ」

「……だから。どっちでもいいってば」

「そう云われたって、困るんだよっ。『お前は』、どっちがいいんだよっっ」

「責められたって、困るんだけど。『僕は』、どっちだっていいんだから」

──とある日。

デュナン湖の湖畔に建つ、同盟軍本拠地、その一角で。

誠に不毛な会話を、同盟軍の要人の一人であり、その風貌を、熊のよう、と有り難くない例えで語られることの多いビクトールと。

トラン建国の英雄、カナタ・マクドールの二人は交わしていた。

城の中心に当たる、約束の石版の置かれた一階ロビーにて、昼日中から交わされる、決着の付かなそうなやり取りに、傍で黙って聞いていた……と云うよりは、石版の守人、と云う役割の所為で、彼等の話を聞かざるを得なかったルックが、嫌そうな顔をして、嫌そうな溜息を零すのも、気に止めず。

「俺は、リクエスト、って奴を、聞いてやろうと思ってるんだがなあ……」

「だからー。どうだっていいんだってば。僕にとってはどっちだって一緒なんだって」

呆れ顔のビクトールは、ガシガシと頭を掻きながら。

カナタは、綺麗な顔に、何時も通りの笑みを浮かべて。

彼等は、些細なやり取りを続けていた。

「……判ったよ。お前に、お前の意志を伺おうだなんて考えた俺が悪かったっっ。じゃ、酒場なっ。酒に付き合え、酒にっっ」

が、やがて、このままでは埒があかないと踏んだのだろう。

頭を掻き毟る手を止めて、ビクトールが踏ん切りを付けた。

「ああ、構わないよ。でも、ビクトール? 昼間っから酒漬けってのも、健康に良くないと思うけどね。……もう、決して若くないんだから」

意を決した傭兵の決断に、カナタは一寸した忠告を添えながら頷きを返した。

「余計な世話だっ! 放っとけっっ。どっちでも構わないって云いやがったのは、お前だろうがぁっ!」

「…………ああ、そうだったねえ」

その、余計な忠告に、ガァ、とビクトールは唸り。

まあ、悪いとは云わないけどね、とカナタは首を傾げ。

「本当に、良く判らねえ奴だよ、お前って奴は……」

「そうかい? ビクトールは僕のこと、良く判ってると思うんだけど」

ぶつぶつ、愚痴を零しながらの傭兵と、心外だ、と云わんばかりの英雄は、直ぐそこに見えている、酒場への入り口を目指して、歩き出した。

昨日。

トラン共和国の首都──判り易く云うならば、カナタの故郷の街であり、今現在は大人しく留まっている場所に、同盟軍の盟主である少年、セツナに、一緒に戦って下さいねー、と、何時も通りの台詞と共に訪ねられ、連れて来られたから、カナタはここにいる。

しかし、トランから本拠地までの帰り道、バナーの村に寄り道をして、釣りに勤しんでしまったが為、帰りが遅くなったことと。

「一寸飽きちゃったから、今日はこれでお終いっっ!」

……と、数日前、後もう少しで終わると云うのに、セツナが放り出してしまった書類決済の仕事の二つに関するお説教を、カナタがここに赴く唯一の理由を持っている盟主が、シュウに喰らっている最中なので。

丁度、正午に差し掛かった辺りから、カナタは手持ち無沙汰になってしまった。

故に、さて、セツナがシュウより解放されるまで、如何にして時間を潰そうかと、本拠地一階ロビーにて、彼は思案を始め。

たまたま、そこに通り掛かったビクトールが、彼を捕まえ。

カナタが宛もなく、ぶらぶらしている事情を聞き終えたビクトールが、そうか、だと云うんなら丁度いい、俺も今は暇だから、折角だ、固より深い親交を、より一層深めよう、酒か博打か、好きな方に付き合え、カナタ。……と言い出したものだから。

先程のような会話が、カナタとビクトールの間で、交わされることと相成ったのである。

昼日中から、見た目は十代後半、中身は二十代前半、なカナタを捕まえ、酒か博打かの、二つに一つ、と云う選択肢しか提示しないビクトールもどうかしているとは思うが。

一応でも選択権をカナタに与えたことだけは、傭兵の思い遣りであり、心遣いではあるのだろう。

それを、嫌がりもせず、退けるでもなく、かと云って、積極的な態度をカナタは見せるでもなく、だったから、二人のやり取りは長引き、とうとう、ビクトールがキれ、結局は、レオナの酒場の片隅に、彼等は落ち着いて。