カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『雨上がりの夜空に』

数ヶ月前からデュナン地方北部を領土とするハイランド皇国と交戦中の、同盟軍盟主はセツナなる少年は、ジョウストン都市同盟の跡を継いだ同盟軍の盟主となるまで、少なくとも、彼が育ったハイランドでは『正規』とされている機関よりの教育を、殆ど受けたことがなかったから、王族、貴族、豪商、豪農と言った、裕福で、子供の教育に幾らでも金を掛けられる家庭に育った、同い年の子女達と比べると、やはり何処か、世を満たす様々なことに対する知識は乏しいと、そう言わざるを得ない。

とは言っても、決してセツナは、無教養、という訳ではなく。

聡くもあるし、飲み込みも、要領という奴も、とても良い方ではあり、大人になって世に出た時、決して困らぬ程度以上の読み書き算術は、彼の養祖父だったゲンカク老師に教えられて育ったから、所謂『馬鹿』でもない。

が、学校や学園に通ったことがある訳でもなければ、誠に優秀ではあるけれどもその分法外な報酬も必要な、家庭教師がいた訳でもないので、どうしても、その方面より教育を受けた者達と『競争』をすれば、「難しいことは、一寸……」、と相成ることも多い。

だから、多分彼は。

盟主となってより久しく、同盟軍正軍師のシュウや、副軍師達や、以前、ひょんなことで知り合ってより、何くれとなくセツナの世話を焼くのが趣味になったらしい、トラン建国の英雄カナタ・マクドール手ずから、数多のことを教わるようになった今でも、女性尊重主義、又は女性賛美主義、との言葉を、知らぬやも、だが。

『それ』を、生涯の旨としているのではないか、と、他人の目には映る程、彼は、女性という存在を気遣い、優しく接する。

……まあ、この彼は、女性尊重主義、と言うよりは、博愛主義、と言った方が相応しかろうくらい、誰に対しても優しいが、それでも稀に、「男の人は放っといても逞しく生きるでしょうけど、女の人は、ちょーーーっとそういう訳には」、などと口にはする程度の、『男女区別』はあるらしく。

だから、同盟軍本拠地内部で、彼が率先して言葉を掛けて歩く対象は、一〇八星達を抜かせば、の話ではあるが、どちらかと言えば、女子供が優先される。

なので、その日も。

デュナン湖の畔に建つ、古びた城にて生活を送る人々が、そろそろ、年越しの支度のことを考えないと、と思い始めた、冬が深さを増してきたその日も。

お城の見回り、と称しての、彷徨い歩きの最中、あちらこちらで女性達を構って歩いて──正確には、彼が構っているのではなく、彼が『構われている』のだが──、その途中。

酷く浮かない顔色をした一人の女の話に、熱心に耳を傾けた。

勿論、隣国トランの、建国の英雄殿と共に、だ。

自他共に認める程、カナタはセツナのことを、『溺愛まっしぐら』、としているし、セツナはセツナで、カナタに『懐きまっしぐら』、だから。

二人が知り合ってより、数ヶ月が経った今日では、毎日毎日毎日毎日、来る日も来る日も来る日も来る日も、何時でも何処でも、年がら年中、べーーーーーーーーー………っとり、二人は時間を過ごしていて。

それは、その日も例外ではなかった。

『溺愛まっしぐら』な英雄殿と、『懐きまっしぐら』な盟主殿の組み合せ、それなりに、釣り合いは取れているのだろう。

「………………そうですかー。それは、一寸心配ですね…………」

「でも……。おかしいな、グリンヒルの奪還に成功したのは、もう数週間前の話なのだから……、幾ら何でも……」

──釣り合いが取れている所為か。

『思考』と書いて、『処世術』と読むそれの流れ方がそっくりなのか。

本拠地の、本棟と西棟の前に広がる中庭の片隅で、揃って、件の女性の話に耳を貸し、二人は。

共に、真摯な声を絞った。

「ええ……。幾ら何でも年が明ける頃には、あの人も、戻って来ると思うんですけれども……。何の知らせもないから……。一寸、心配なんです。知らせが送れない程の怪我をしてしまっているのか、それとも……って…………」

すれば、二人に某かを語っていた女性は、それまで以上に俯いて、一層、浮かない表情になった。

「…………元気、出して下さいね。きっと、無事ですよ」

「悲観的なことは、考えない方がいい。この数ヶ月、戦続きだから、配達物の事情だって、決して良くないのだし」

故に、俯くより他術がないのだろう彼女に、励ます為の言葉を掛けて。

「僕、色んな所、出歩いてますから。誰か、その人のことを知ってるかどうか、訊いたりしてみますね」

「うん。僕達も気に掛けておくし。上の方にも、それとなく言ってみるから。元気出して」

じゃあ、又……、と。

セツナとカナタの二人は、彼女の傍より離れた。

カナタとセツナの二人と話をしていた、浮かない顔の女性は。

サウスウィンドゥからラダトに掛けて広がる草原に幾つか点在する、小さな村々の一つが出身だった。

当時は未だ健在だった、ハイランドの将軍ソロン・ジーが、己が軍団を率いてサウスウィンドゥを占領したり、今は同盟軍の一員だが、やはり当時はハイランド軍の武将だった、キバ・ウィンダミアやクラウス親子が、ラダトを占領したり、としていた頃、彼女の故郷の村は、ハイランドの侵略を受け、焼き討ちされ、難民となった彼女は、戦火に巻き込まれ、明日の暮らしに困った人々へ、広く門戸を開いていた同盟軍本拠地にて暮らすようになった。

そうして、そのデュナン城で日々を送る内、よくある話ではあるが、彼女は、一般兵士の一人と、恋に落ちた。

…………だが。

晩秋の頃、同盟軍が仕掛け、そして成功した、学園都市グリンヒルの奪還作戦と、結局上手くはいかなかった、グリンヒル奪還作戦直後のミューズ市奪還作戦が終わって、それより暫くが過ぎたと言うのに、将来をも誓った彼女の恋人は、未だに、本拠地への帰還を果たさず。

「どうしたんですか? 顔色悪いですけど、何かありました?」

……と声を掛けてきてくれた、セツナとカナタの二人に、彼女はぽつりぽつり、悲しみに暮れている理由を語ったのだ。