カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『盤上の星』
生来の顔立ちが、穏やかな方だし。
男の子、に添えるには相応しくないかも知れない、可愛らしい、と云う言い回しすら似合うくらい、面差しは、幼いから。
精一杯頑張って、厳めしい顔をしてみても、どうしたって迫力に欠ける面の、眉間辺りに目一杯、これでもかっ! と皺を寄せ。
「駄目ったら駄目ったら駄目ったら駄目ーーーーーーーっ!」
大抵は、この城に『居座って』いる筈の、トラン共和国建国の英雄、カナタ・マクドールが、故郷の街、グレッグミンスターへと戻っていたその日、デュナンの地の覇権を、ハイランド皇国と争っている、同盟軍の盟主であるセツナは、本拠地本棟の二階──丁度、目安箱が置かれている場所で自分のことを捕まえた、義姉のナナミへ向けて、思いきり叫んだ。
「…………お静かに、盟主殿」
握り締めた両手を、胸許で翳す風にして、彼がナナミへと『訴え』れば。
つい先程まで、ニ階の議場で、あーでもないの、こーでもないのと、同盟軍が送る営みに関して、事細かに語っていた、同盟軍正軍師のシュウが、議場の扉をガタンと開き、さも、うるさい、と言わんばかりにボソッと嗜め、又、バタンと扉を閉め。
「そうだよ、うるさいよ、セツナ。黙ってよ、少し」
シュウより解放されて、議場より出て来たセツナを待ち構え、見事捕まえたナナミは、正軍師殿の威を借りるように、うんうん、と頷いた。
「ナナミの所為っ! 僕が喚くのは、ナナミの所為っ! 駄目ったら駄目ったら駄目っっ! レストランの厨房借りて、お菓子作りたいなんて、ナナミの頼みでも、ぜっっっっ……たい、駄目っ! 僕そんなこと、ハイ・ヨーさんに頼めないっっ」
だがセツナは、シュウの嗜めも、ナナミの言い分も、フンッッ、と無視し。
先程、自分を捕まえるや否や、義姉がねだって来た頼み事を、大声で再び、一蹴した。
「えーーーーっ。何でよーーーっ。いーーじゃない、お菓子の一つや二つ、作ったってっ! お姉ちゃんがお料理得意なの、セツナだって知ってるでしょ? たまにはいいじゃない。何が気に入らないんだか知らないけど、ここの処ずーーーーっと、セツナ、私にお料理、させてくれてないんだしっっ」
しかし、ナナミは、ムッと口を尖らせながら食い下がり。
「……ナナミ。お料理が得意な人はね、ケーキの中に、袋一杯のお塩を入れたりしないし、色見が足りないからってだけの理由で、トマト潰して入れたりもしないんだよ? …………判ってる? ──僕は絶対に嫌だからね、あんなケーキ食べさせられるのっ!」
ナナミ以上に口を尖らせて、現実を引き合いに出しつつ、セツナは拒否を続けた。
「………………何よぅ。この間の失敗、未だ根に持ってるの? セツナ。ちょーーーっと、間違えちゃっただけじゃない。一寸、お塩とお砂糖間違えて入れちゃって、野菜ケーキっぽくなるかなってトマト入れてみたら、一寸水っぽくなっちゃっただけじゃない。──いいじゃないのーーっ。誰にだって、失敗はあるんだからーーーっっ」
「…………そうだよね。誰にだって、間違いはあるよね」
「ねっっ? そうでしょうっっ?」
「でも、ナナミの場合は、それが一寸盛大だよね。お塩とお砂糖間違えて、トマト入れてみたらきっと綺麗ってだけで『実験』して、挙げ句、お粉の配分間違えて、ぜんっっっっっ……ぜん膨らまなかった、お煎餅よりも固いスポンジに、中途半端に立てただけの生クリーム、デロッって『掛けた』よね。…………僕、お腹壊したんだよ、あれ食べた後……」
「でも、食べられたんでしょ? ならいいじゃない」
「そーゆー問題じゃないよ……。──だから今日は、駄目ったら駄目。ナナミが、お料理の本とかレシピとか、ちゃんと見てお料理するようになるまで、駄目ったら駄目っっ」
……己が、料理は得意だ、と言い張るナナミに。
セツナは何処までも、現実を突き付け。
「……だって。お料理の本見て作ったって、思った通りの物にならないんだもん。役に立たないわよ、本なんて。ホントにもう、最近のセツナってばしつこいんだからっっ。たまにの失敗くらい、いい加減忘れてよ。……仕方ないなあ、もうーーっっ」
ナナミはぶちぶちと、文句を呟き続け。
だがそれでも、今、弟の意志は固い、と踏んだのか。
「なら、セツナ作ってよ、お菓子。ケーキでもクッキーでも、何でもいいから。あ、チョコレートのクッキーと、紅茶のクッキーがいいかなあ」
ならば、と彼女は、自分の代わりにお菓子を作れ、と義弟に迫った。
「…………どうして?」
「今晩、女の子達でお茶会する約束してるの。だから、お菓子が欲しくって。最近セツナ、お姉ちゃんにあんまりお料理させてくれないから、最初はハイ・ヨーさんに、お菓子作って、ってお願いしようと思ったんだけど。ハイ・ヨーさん、今日忙しいらしいの。何かね、特別なケーキ作らなきゃならないんだって。……だから。私が作るの駄目って言うなら、セツナ作って?」
「ん、もう……。勝手なんだからーーーっ……。──まあ、いいけど…………」
──ナナミに迫られたセツナは。
一瞬、何で僕が……と、思わない訳ではなかったけれど。
頑に、義姉の楽しみの一つである、料理をすること、と云うのを奪ったことに対する、若干の引け目でもあったのか、悩みながらも、いいよ、と答え。
「そう? アリガト、セツナ。──今度は、トマトとか入れないでケーキ作るからっっ。今日は、お願いねっっ」
どうやら、セツナに何を喚かれても、馬耳東風だったらしいナナミは、ぱっと笑顔を作って、一階へと続く階段へ、駆け出して行った。
「……クッキーかぁ……。クッキー…………。──どうせ作るなら、あんまり甘くないのも作って、マクドールさんとかビクトールさん達にもあげよっかな。ゲオルグさん達には、うんと甘いのあげよっと」
何処かで落ち合って、お喋りでもするのだろう誰かとの約束の為に、急いで走っていくような、ナナミの後ろ姿に、我が義姉ながら……とセツナは苦笑を拵えつつも。
クッキー、クッキー、と、これから制作に挑む菓子のことを考えながら、真直ぐ、ハイ・ヨーのいるレストラン目指して、廊下を歩き始めた。